25話 先輩の案内
スカイフットボールの練習で、マークあたりに絞られている俺は結構体力もついてきた。
練習中一番体力のない俺がばててくると、マークが声をかけてくるのだ。
「Hey,ボーイ! 頑張っていこうぜ」
同い年なのに、ボーイ呼ばわりだ。
これは頑張らないわけにはいかないだろう。
マーク、マーティン、マーチスは俺と同じくらい身長が高いほうになるのだが、彼らは縦だけでなく横もしっかりとがっしりしている。
その見た目通り体力にも優れていた。
彼らがボスと呼んでいるあやもバリバリに特訓するので、正直この1週間はくたくたである。
学園の授業が休みの土曜日は午前だけの練習、日曜日は完全オフとなっていた。
土曜日、朝の練習を消化して、俺は暇になった。
マーク達にジムに行くかと誘われたが、もちろんお断りだ。
「バッドボーイ」
と言われてしまった。
俺はモヤシボーイである。
あやはクラスの友達とパフェを食べに行くらしい。練習の時からは想像できない女の子っぽさだ。
影薄君と守君はそそくさとどこかへ行ってしまっていた。
そういう訳で、俺は一人きりの休日を過ごすこととなった。
特に用事はなく、買い物など必要なものもない。
ならば、あれをするしかないな。
同志の手伝いをせねば。
この1週間、俺は彫刻クラブやらスカイフットボールのメンバーたちと楽しく過ごさせて貰った。
授業もしっかり真面目に受けて、本当に充実した1週間だった。
しかし、そんな幸せを俺が存分に味わっている間にも、同志たちは学園都市内をくまなく清掃してまわっているのだ。
同志たちは機械のボディで堅いから狭い場所には入れない。狭い場所を清掃する機能も搭載されていない。
それでも何とか清掃しよともがいて、隅っこにでも挟まっていたらどうしよう。
心配で眠れやしない。
クリスティン先生に言い渡された、たった3日の清掃中の付き合いだったが、俺は彼らの学園都市内を絶対に綺麗にしてやるという意気込みに感化されていた。
きっと彼らも今頃俺の話をちらちら充電倉庫内でしているかもしれない。
ピピピ、ピピピ、ピピッ。
見たいな感じで。
あいつ元気かな、見たいな内容だ。
俺は片手にゴミ袋と、ズボンのポケットに強力消火液をさして清掃活動に入った。
路面は同志たちが綺麗にしてくれているので、目立ったゴミはほとんど落ちていない。
俺の担当はやはり、自販機裏だ。
ここは同志たちが届かないんだよなー。
この学園都市内はなかなかモラルがいいらしく、自販機の裏や下にはこの前見たいな量は落ちていなかった。
次はどこを清掃していこうかと思っていると、路地を曲がって来た清掃ロボットを見かけた。
胴体にまるで目の様についた二つのセンサーが俺を識別する。
同志はそのまま清掃のためゴミを探しに行くと思っていたのだが、俺の方に舵を切って近づいてきた。
「ピピピピピピッ」
「お、おう」
何を言っているかはわからないが、なんか歓迎されている気分だ。
本当に俺の帰りを待ってくれていたのかもしれない。
清掃ロボットは俺を確認し終わると、サーっとローラーを転がして進んでいった。
先輩を見送っていると、ぴたりと止まる。
センサーのある方を俺に向けて、こちらを伺う。
あれ? もしかして着いて来いって言ってる?
もしかして新人の歓迎会ですか?
俺が歩き出すと、先輩もサーっと移動しだした。
間違いない。俺を案内してくれているみたいだ。
もしかしたら充電倉庫内で、特注バッテリーを飲まされるかもしれない。
飲めなかったらどうしよう。
ピピピピピ! と叱責を受けるかもしれない。
その時は甘んじて叱責を受け入れよう。
先輩はサーサー移動していく、俺は途中から駆け足でついていくはめになった。
先輩は結構スパルタらしい。
来たことのない区画までやってきて、帰り道を忘れないように周りを見ながら注意して歩いた。
「ピッ」
先輩がようやく止まった。
俺にセンサーを向けてくる。
場所は多くのビルの集まる路地裏だった。
先輩の立つ目の前の一本の通路が狭くて、清掃ロボットが入れない。
もしかして、先輩は俺にここを清掃させたくて連れてきたのか?
歓迎パーティーは?
ないの?
「ピピッ」
「はい! 」
早くやれと言われているような気がして、急いでその細い道に入っていった。
体を横にしないと入れないほどの狭さだ。
きちんと考えて建築して欲しいものだ。
ここには数年分貯まりに溜まったゴミが大量にあった。
一つ一つ拾い上げて、ゴミ袋へと入れていく。
そうして狭い空間で1時間ほども作業をしたのだった。
狭い空間なので非常に労力が必要だった。
ようやく出てきて、汗を拭う。先輩と目があった。
「ピピピッ」
「いえいえ」
ありがとうと言われた気がしたので、こちらも頭を下げた。
プシュー!
突如空気が漏れ出す音がして、俺は驚いた。
先輩の胴体が開いて、更に驚くことにキンキンに冷えたコーラが出てきた。
「ピ」
飲めとのことらしい。
先輩のその機能にも驚きだが、まさかの気遣いの心。
やはり先輩たちには心がある。
俺が感じた心意気は勘違いじゃなかった!
キンキンに冷えたコーラを受け取った。
そうすると、先輩は満足したのか走り去っていった。
……炭酸飲めないんだよなー、俺。
あとでマークにでもあげに行こうか。
「ちくしょう! せっかく究極の味を完成させたってのに! 」
路地裏からでると、小さいビルの1階に入った中華料理屋からおじさんの悔しがる声が漏れてきた。
少し興味が湧いたので、換気扇のあたりで立ち聞きをしてみた。
「うちの味はどこにも負けねー。絶対にだ。けんど、後継者がいないんじゃどうしようもねー」
「あんたぁ、そんな落ち込むことないさー。きっといい人が見つかるよ。真面目にやって来たんだもの、神様が導いてくださるよ」
「そうは言ったって、バイトも集まらねー。たかしのヤツも帰ってこねー。腰でもやってしまったら、この味をもう客に出せねー」
「大丈夫。絶対に大丈夫だから」
ふむ、この世界でも後継者問題か。
究極の味ね。
気にはなるけど、俺は中華がダメだ。
基本春鷹の体は和食しかあわない。
中華の刺激の強い味付けや、脂っこさはこの体にはオーバーエネルギーらしい。
コーラも飲めない俺には関係のない話だな。
立ち去ろうとしたとき、換気扇の隣にあった窓が開いた。
「……」
「……」
店主と視線があった。
奥さんとも視線が合う。
「バイト、してみない? 」
「バイト、ですか? 」
「うちは給料いいわよ。まかないつきよ」
賄いは中華だろうな。食べれないんだよなー。
それにあいにくお金には困っていない。
「いやー、どうかな……。あまり、気は乗らないかな」
バタンと窓がしまった。
「ダメだー! やはり世の中神なんていねー。頑張って味を守っても、客を満足させたところで、最後に待つのがこんな結末じゃ」
「あんたぁ、まだあきらめるには早いよ。腰を痛めたっていいじゃない。頑張りましょうよ、二人で」
「そうだな、でも腰よりも心が先に折れちまいそうだ」
「……」
窓はしまっているが、声は駄々洩れだ。
窓を外から開いた。
店主と奥さんと目が合う。
「なんだい? 学生さん。お客なら正面入り口から頼むよ」
「……バイト、しましょうか? 」
バタンと窓が勢いよくしまった。
激しい駆け足の音が聞こえてきて、二人が店から出てきた。
ガシっと俺の手を握る。
「この店の次の主は君だ! 」
「要望があるなら何でも言ってね。準備するから」
いや、バイトなんだけど!?
ただのバイトなんだけど!?
「あ、ちょっと待ってください。そう言えば、俺まだ中学生です。バイトしていいのか学園に聞かないと」
「身長高いからいいよー。バレないよー」
「そうね。中華屋は中華鍋をふるから高身長歓迎よ」
そういう問題なの!?
「それと平日はクラブ活動とかであまり出れないかもしれないです」
「日曜だけでいいよー。チャーハンだけ作ればいいよー」
「そうね。チャーハンさえマスターすれば、うちの店の8割はマスターしたようなものよ」
そうなの!?
日曜だけでいいなら、やってみるか。
店主も奥さんも困っていることだし。
昔、春鷹がここじゃないけど、中華屋で暴れ回ったことがある。
エビチリがうまくてうまくて、もっと食べ進めたいのに胃が受け付けなくて、それが悔しくて悔しくて、店に火をつける外道をやってしまったのだ。
すぐ火をつけるのが春鷹である。
田辺がきちんと賠償して事を揉み消したのだが、きちんとその償いもしなければな。
店は違うけど、償いはここでやることにしようか。
回り回って、いつか火をつけた店の為になるかもしれない。
「日曜日だけでいいならやります」
「よっ、中華マスター!! 」
「チャーハンみたいな顔してる!! 」
なんの褒め言葉だよ……。
その後すぐに条件の書かれて書類を渡された。
あまりに準備が良すぎて、先輩とグルじゃないかという線まで疑ってしまった。
でも確かに条件はいい。
こうなったら一生懸命やってみるか。
スマホを立ち上げて、スキルボード確認する。
スキル料理を検索っと。
これでランクが低かったらどうしよう。せっかく喜んでくれている旦那さんと奥さんに申し訳ない。
えーと、料理スキルは……、ランクB。
あまりに出来過ぎていて、何から何まで仕組まれている気分になった。
「じゃあ明日からよろしくねー」
店主と奥さんに見送られて、俺は店を後にした。
帰りに焼き餃子を持たされた。
これもマークにあげよう。
ちなみに、マークにコーラと餃子をあげたらめっちゃ喜ばれた。
「ユーはもうブラザーね」
って言われた。
餃子とコーラでブラザーに格上げできるなら、マーティンとマーチスにも今度持っていこう。
俺の手作りのやつを。




