21話 器用さも高い
ダークを吸収して以来、特に変化がない。
それが逆に怖い。
手を振ってみても、呼びかけても、可愛く撫でてやっても一切反応なし。
ダークは倒すことで恐らく配下に加えられることは分かった。
けれども、使えないんじゃ意味ないでしょ。
ねー、ダークさんなんとか答えてよ。
もちろん返答はない。
こんな感じで、教室内で一人体内のダークに呼びかけるほど、俺は今現在暇に陥っている。
真面目に過ごすと決めているから、授業中は真剣に勉強に励んでいる。
しかし、休憩中が辛い。
あまりに辛い。
もう周りは完全に仲間の輪ができている。
見た感じ一人ダークに語りかけている寂しいやつは俺一人である。
最高の性能を誇る攻撃魔法値を得たからどうしたというのだ。
こんな孤独が待っているのならもう少し別の能力が欲しかった。具体的にいうとコミュニケーション能力を!!
ゲーム内の春鷹は、イケメン御曹司でありながらボッチを貫いていた。
というのも、コミュ障とあまりに高すぎるプライドのせいで取り巻きすらいなかったからだ。
金持ちイケメンエリートキャラが大量の取り巻きに囲まれてはいるが、実のところその中に友人が一人もいないという苦悩はありがちなのだが、俺と春鷹に至っては取り巻きすらいない。
悲しすぎるぞ。
しかし、水琴春鷹はイケメンだ。
体のあまりの貧弱さは制服で隠せているし、高身長、お金持ちという特典もついてくる。
なぜ女子まで春鷹を放っておいたかと言うと、それも春鷹の残念過ぎる性格が邪魔していた。
春鷹に声をかける女子は実際多いはずだ。
しかし、春鷹が一番好きなのは自分であって、それ以外の何者でもない。
アイ、ラブ、ミー!
しかし!
俺はそんな男ではない。アイ、ラブ、ユー! の心を持った男である。
一人くらい声をかけてくれてもいいんじゃないかしら!
今ならどこのカフェでも着いていきます。
「あのー、水琴くん……」
机に肘をつき、真剣にそんなことを考え祈っていた俺に神様が微笑んでくれたようだ。
見るとそこには、ウサギの様にこじんまりとした可愛らしい女子がいた。
頬を軽く染めて、うつむき加減で俺の隣に立つ。
声をかけてきたにもかかわらず、視線を合わせようともしない。
ああ、わかる。
この子もコミュニケーション能力値が低い。俺の物理耐久値と同じくらいに。
そんな子が俺にわざわざなんの用か。
クラスの中で勇気を振り絞って、声をかけたその真意とは。
「なに? 宇佐ミミ(うさ みみ)さんだよね」
イメージとぴったりなので、彼女の名前は覚えていた。
俺もコミュ障仲間なのだが、緊張は伝染しやすいからできるだけ自然と振舞うことにした。
「あ、私の名前覚えているんですね……! 水琴くんって特別だから、私のような人のことは覚えていないと思ってたから……」
「そんなことはない。クラスの名前は全員覚えているよ」
大嘘である!
3人くらいしから曖昧に覚えていない!
「すごい。私なんてまだ全然。男子はまだ水琴くんくらいしか知らないの」
なぜに俺を知っている?
やはりあれか。
俺の知らないところで、暇さえあれば春鷹のクズエピソードの花を咲かせて話し合っているのか!
だが許そう。事実だからな。
「そのうち覚えるさ。慌てるようなことじゃない」
「うん、そうだね。水琴君って孤高な人だから話しかけていいのか悩んでたけど、思ってたより話やすくていい人だね」
更に照れながらも宇佐ミミさんは俺を褒めてくれた。
少し引っ掛かる言葉があった。
孤高だと!?
否! 俺は孤独なんだ。
声をかけて欲しくて仕方なかったんだ。
事実、今俺の心は踊りだす2秒前。屋上に走り出して、一曲踊れるくらいのテンションだ。
しかし、感情は伏せている。
感情を伏せるのが意外とうまいのがコミュ障である。
「それより、何か用事でもあったんじゃないの? もしかしてクラス委員長に頼むようなこと? 」
俺は先日クラス委員長に立候補していることもあり、そのことで頼まれごとを持ってに来たのかと考えた。
「ううん……違うの」
言葉に間隔が開く宇佐ミミさん。
頑張って次の言葉をひねり出しているようなので、俺は焦らせずにゆっくりと言葉が出てくるのを待った。
「そのね。水琴君をクラブに誘おうと思って」
「クラブ? 」
「うん、彫刻をしているの。メンバーまだまだあまりいないから、どうかなーって……」
彫刻!?
渋い!
イメージと違って渋い!
あれって結構体力が必要だったよな。俺のひょろい体で大丈夫なの?
それにしてもなんで俺なの?
芸術系には疎いのだけれど。
それに自分で言うのもなんだけど、俺より誘いやすい人ってかなりいると思う。
芸術に詳しい人もいただろう。
もしかして、一人きりの俺を気遣ってくれたのか?
優しい人だ。優しすぎる。
彫刻なんてみじんも興味がない。
しかし、彼女のやさしさ、そして何より希少な友達チャンスを捨てるわけにはいかないだろう。
クラブ活動は、スカイフットボールをやるつもりでいた。
しかし、掛け持ちもありだろう。
後であやと相談しよう。それにそれほど猛特訓しない系のチームかもしれない。
彫刻には全然興味ないが、興味がないのならあるようになればいいだけのこと。
つまり、俺の返事は当然こうなる。
「入ります。入らせていただきます。絶対に入りますけど何か? 」
めちゃくちゃ早口で言った。
宇佐ミミさんは最初何を言われたか理解できていないようだった。
目をパチパチとさせながら驚いた顔をしている。
けど、思考が追いついて、その顔がパーっと晴れる。
「よ、良かったー。誘ってみてよかったよ。水琴君はたぶん来てくれないと思ってたけど、聞いてみるものだね」
「ははは、彫刻は前々からやってみたかったんだよ」
大嘘である!
二回目!
「じゃあまた放課後に声をかけるから。道具とかも揃っているし、水琴君はただ来てくれるだけでいいから」
「うん。楽しみにしている」
宇佐ミミさんは嬉しそうに手を振りながら去っていった。
名残惜しいけど、俺も手を振って見送った。
やったー!!
ボッチ脱出だ!
心の中で盛大に喜んだ。
そして、スマホを手にして確認することがある。
俺はステータス欄を開き、その中にある魔法能力欄とは別の、スキルボードを立ち上げた。
ボードの中には無数の光る点があり、その中から”彫刻”を検索した。
あったな。
”彫刻”スキル。
俺の彫刻スキルランクはD。
うん、あまり優れたスキルランクではない。
敢えて伸ばすようなものでもないけど、絶対に彫刻スキルをランクSまで上げてやる!
友達が欲しいとかそんなことじゃないから……。
スキルの伸び具合は、ステータスの器用さ依存となる。
俺の器用さ能力値は318。
戦闘面以外の数値だからあまり意識していなかったが、この数値も春鷹は驚くほど高い。
器用さが高いとスキルの成長具合が素晴らしい。
彫刻面でも数年頑張れば、ランクSまで上がるだろう。
ランクAまで上げれば、プロとして食っていけると言われている世界だ。
上達させて損はない。
ちなにみ、ゲーム内で全てのスキルをランクSまであげるような猛者もいる。
大夜の器用さは春鷹とは比べ物にならないくらい低い。というより、春鷹が異常に高い。
それで全てのスキルをランクSまで上げてしまうのだから、一体どれほどの時間を費やしたのだろうか。
恐ろしい限りだ。
俺もそこまではやっていなかった。
しかし、ここは俺のとって現実世界。
全てを極めることは、有限な時間が許してはくれないだろう。
大事な時間を有効活用するためにも、興味があって、ランクの高いものをチョイスすべきだ。
ゲーム内の春鷹を操作できたのなら、廃人プレイヤーでなくとも全てのスキルをランクSまで成長させることはできたかもしれない。
それほどに器用さ318というのは高い。
ゲーム内の春鷹は当然この器用さを活かしてはいなかった。
勿体ない。
春鷹はスカイフットボール専念キャラだったな。
フィジカルが必要なポジションに固執して、役立たずになってたけど。
この世界では与えられた時間と、器用さを上手に効率よく使わないとな。
だがしかし!
宇佐ミミさんに誘われた彫刻クラブを断るわけにはいかない!
絶対に入ってやる。そしていいものを作る!
目標は鮭を咥えた木彫りの熊を彫ることだ!




