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16話 ヒーローになりたくて

おかしい。

明らかにおかしいぞ。


みんなで自己紹介をして、俺が春鷹の真実に気が付いた日から実に3日も経っているというのに。


なぜ俺はまだ魔法クラス【黒炎使い】を選択できていないのか。

いいや、これは理由が明白だ。


3種類の攻撃魔法クラスと3種類の妨害魔法タイプの能力反映率を全て確認した俺は、やはり【黒炎使い】の飛びぬけた性能に、もう悩む余地はないと決心してクリスティン先生のもとを訪れたのだ。

「えっ? 【黒炎使い】って本気で言ってたんですかー? でも先生そんな魔石知りませんー」

と緩く突っぱねられてしまった。


本来知られている魔法クラス、15種の魔石は当然学園側がある程度の数を所持している。

魔法クラスを決定した生徒から順次支給される予定だった。

ちなみに魔石は非常に安く購入できる。

魔力のある者は、学園に通わずとも市販品を買って独学で魔法を学べぶことも可能。


魔石のお値段1200。学割を聞かせると800円。安い!


しかし、残念なことに【黒炎使い】の魔石はなかった。

クリスティン先生が他の先生方にも聞いてみたのだが、皆知らないとのことらしい。


ならばあきらめるしかないのか?

いいや、そんなわけないだろう。


水琴春鷹の強みは大きく分けて三つある。

一つ、圧倒的な能力値。

二つ、恵まれた容姿。

三つ、実家が金持ち。


ゲーム内じゃこの3つ全てを無駄にしてしまっていたのだが、俺はその轍を踏むつもりはない。

実家がお金持ちという点を存分に使わせていただこう。

魔石が学園側で所持していないとわかると、俺はすぐさま秘書の田辺に連絡したのだ。

ワンコール鳴って、直後に電話に出る田辺。

彼に【黒炎使い】の詳細は伏せたが、そういった魔石がないかどうか魔石市場で探してみてくれと頼んだ。

了解した、との返答を受けて電話を切った。


それが昨日のことだ。

だからまだ焦ることではない。

では、俺がおかしいと感じている点は何か。


それはもう一つのことである。


……三日経ったというのに、なぜか俺はまだクラスに溶け込んでいなかった。

周りはなんだか自然と打ち解け始めて、気が付くと仲間の輪ができていた。


いつのまに!?


同じ時間を過ごしたはずなのに、まだまだ余裕があると踏んでいたのに!

いつの間にそこまで進軍をしたのか!?

俺が将軍なら場の読み違えで愚将もいいところだ。


くっそー、最初の1週間くらいは皆よそよそしい感じかと思って、俺は焦っていなかったんだよ。

声をかけようとしながらも、まあ明日もあるしなー。

てな感じで、気が付くと戦場はもう取り返しのつかない状態になっていた。

もはや待ち受けるのは、判断を誤った己の腹切りのみ……。


隣の名もなき女子も昨日あたりまではちょくちょく話しかけて来てくれたりもしていた。

だから少しばかり安心していたんだ。

まだコミュ障卒業1年生の俺だが、きっと春鷹のようにはならないと。


しかし、結果はどうだ。

蓋を開ければ春鷹と同じ状況ではないか。

隣の名もなき女子も気が付けば全然話しかけてくれなくなっていた。

なぜだ?

いいや、そんなことを考えていても状況は好転しない。


ならば行動しよう!

欲しければ勝ち取れ!

俺はもうコミュ障を卒業した男なのだから!


休憩中、席を立ち一部男子が固まる集団へと近づいていった。

……素通りした。


ま、まあ、初めはこんなものだから。

トイレにまず行きたかったしー。

はあー、なんでこんな弱気なんだろう俺。


あやとクラスメイトになっていれば、状況は違っていただろうなー。

そういえば、昨日廊下であやを見かけた。

嬉しくて駆け寄ろうとしたのだが、あやの周りには新しいクラスでの友達がそれはそれはたくさんいて、ワイワイとした輪の中心人物と化していた。

「あや……まりに、行かないとなー」

呼びかけた声を他の謎セリフに変換した自分が情けない。


それにしても、なんであやとはあれだけ打ち解けられたのだろう?

あやだからか。

あれは俺のコミュニケーション能力ではなく、あやのコミュニケーション能力だった。

なんだか凄く納得できた。

悲しい。


結局打開策はなく、その日ただただ真面目に授業を受けただけだった。

まあ、学生の本分はここにあるから!


その日の放課後、担任のクリスティン先生からクラス委員長を決めるとの話が持ち出された。

「はーい、じゃあ希望者いますかー? 」

いつもの先生の通り緩い感じで皆に聞くが、そんな者は当然現れない。


クラス委員長とかいう、名ばかりの雑用。

先生にこき使われるたあげく、だれからも顧みられない役割。

貰えるのは、先生からのキャンディーと、少しばかりの成績表への加点。

この学園では魔法の能力が成績の大きな比重を占めるため、お手伝い程度では本当に小さな加点にしかならない。

進んで奴隷になりに行くほど愚かな学生は、そもそもこんなエリート学園には通わない。

そんな時間があれば座学でも魔法の修行にでも、更には部活動に時間を割いたっていい。

ここで喜んで手をあげる者は、この学園に相応しくない。

とっとと荷物をまとめて出ていけ。せいぜい地方でのんびり過ごして、楽しく仲良く自己満足していればいい。



……だが、いい。それがいい!

緩やかな動作で、それでいて芯の通ったような美しい姿勢を保ちながら、俺はぴしりと手をあげた。

「水琴春鷹、クラス委員長をやらせて貰います! 」

「はーい、水琴くん立候補ですねー。他にはいますかー? 」

当然黙り込むクラス内。

「じゃあ水琴くんにお願いするねー」

「わかりました」

先生は自分のデスクに埋め込まれた記録端末を起動させて、浮かび上がったホログラに俺の名前インプットしていた。

こうして俺はまんまと自分からクラスの雑用係になったのだ。


あれだけ自分で侮辱しておいて、敢えて手をあげたのには理由がある。

一つは償いだ。

やはり春鷹、つまり俺がやってきた今までの罪があまりにも大きい。

その一つ一つを償っていくには長い年月が必要になる。


だから、目の前のことから俺は一つ一つ消化していくことにしたのだ。

小さな善行を積み重ねいこう。

皆がやりたがらない仕事をやっていこう。

クラス委員長は皆やりたがらない。こういうのを率先してやるのが俺の目標だ。


という美しい肩書があるのだが、実はもう一つ理由がある。

俺はおそらくヒーローになった。

誰もやりたくないクラス委員長をやることで、皆から一瞬ではあるが感謝の目を向けられたことだろう。


そして、この直後は声をかけられる可能性が非常に高い。チャンスタイムだ。

この後は授業もなく、ただ帰宅するばかり。


一人くらい俺をカフェに誘ってくれる人がいるかもしれない!

同じ手を考えていたコミュ障がいたら、それは申し訳なく思う。クラス委員長の重みを背負った分、勘弁して頂きたいところだ。


「すんなり決まって良かったですー。それともう一つあるんですー」

ホログラムを操作していたクリスティン先生の目が俺たちに再び向けられた。

緩い顔のままだが、ちょっとだけ顔に怒気が含まれている気がした。


「教室にあった花瓶がなくなっているんですー。破片が見つかったので、誰かが割ったんじゃないかと思っていますー。犯人は名乗り出てくださいー」

言葉がゆるゆるなので、いまいち怒っている感じが出ないな。

それでもやっていることはちゃんとした犯人捜しだ。


関係ない人も数名顔をしかめていた。

こういうのは空気を悪くしてしまうので犯人は早く名乗り出たほうがいい。


けれど、2,3分しても犯人が名乗り出る様子はなかった。

クリスティン先生の頬が膨れる。


全く、花瓶を割っただけでなく、皆の時間を浪費させてしかも教室内の空気は最悪だ。

犯人は怯えているのかもしれないが、それは情けない行動だ。

そんな情けない人間にこの学園で学ぶ資格なんてない。

せいぜい怯えたまま、隠れ住み、離島で一人孤独に生きていろ。


だが、許そう。それでいい。

俺は先ほどにも負けない美しい所作で手をあげた。


「はい、水琴春鷹がやりました! 」

「へ? 水琴くんですかー? もうー、花瓶割っちゃったんですかー? 」

「今朝割ってしまいました。怖くて黙っていました。破片は燃えるゴミに捨てました」

「クラス委員長が何しているのよー」

そのしかり方は理不尽だと思うぞ。

今なったばかりだ。

「罰として今日から3日間、放課後2時間学園都市内の清掃を命じますー。いいですねー? 」

「やらせていただきます」

こうして無事クラス内犯人捜しを終えることができた。

クラスの空気が弛緩したのを感じ取った。


花瓶なんて今まで何個割ってきたことか。

家にある数千万するツボも割った男だぞ、俺は。

教室内にある花瓶を割ったくらいの罪はいくらでも背負えるさ。

重石を背負っているところに小石を乗せたところで誤差でしかない。


クラスが平和になれるならそれでいい。

こうして、予期せぬことに俺は2度ヒーローになった。


クラス委員長を引き受けたヒーロー。

花瓶を割った罪を引き受けたヒーロー。


ふふ、放課後カフェに誘われないはずはない!


……誘われなかった。


クリスティン先生からゴミ袋と軍手を渡されただけだった。

行ってこい、とのこと。

そうだった。

罪を被ったと認識しているのは俺だけだ。

皆は俺が花瓶を割って3分間黙秘していたクズに見えたのだろう。


……策士策に溺れる!


悲しさと無念の気持ちを背負って、俺は学園都市内を2時間清掃した。

お掃除ロボットが徘徊していることもあり、見えるところにゴミはなかった。

自動販売機の下とか、裏とか、そういうところを念入りに攻めることで僅かばかりのごみを拾っていった。

自販機の下は狭くて暗いから、地面に寝そべる態勢じゃないとキツイ。

「お母さーん、あの人お金でも落としたのかな? 」

「まさ君、見ちゃダメ。行くわよ」

「……」


ゴミを拾い終えた俺は、清々しい気分で寮に戻ることができたと思う……。


俺の部屋に戻ると、扉の取っ手部分にビニール袋が下げられていた。

中をあらためると、焼きそばパンとコーヒー牛乳があった。

真犯人からの謝罪かな?

直接渡してくれれば、友達になれたかもしれないものを。

惜しいことしてくれる。


それと、あれだ。

俺はコーヒーも牛乳も飲めない。

腹を下すからな。




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