15話 償い
何が何でも水使いを選択する春鷹の決断には一種の美学が見て取れる。それは感服するのだが、あいにく俺は美学よりも実益を取る派である。
システムも全面的に【黒炎使い】を推してくれくれているのだ、逆らう必要なんてないんだよ。
まるで悪いフラグの様に見えるかもしれないが、俺は絶対に【水使い】を選択しない! 絶対にだ!
拳を握り閉めて硬く決心する。
そんな俺の動作が気になったのか、隣の名もなき女子がこちらを見ていた。
俺が大粒の涙も流していたため、なんで泣いてんの? 見たいな顔して訝しげに見ている。
春鷹に起きたあまりの悲劇に、つい、ね。
彼女は俺の様子を見て優しさが芽生えたのだろう、ハンカチまで差し出してくれた。
断るのも失礼なので素直に受け取った。
涙を拭いて、鼻もかんでスッキリした。
石鹸のいい香りがするハンカチだったな。
ハンカチをお返しする。
サンキュー、名もなき女子!
ひきつった顔をしているけど、なにかまずかったか?
それにしても、何度見てもホログラムスクリーンに映る【黒炎使い】というのはぶっ壊れた性能をしているな。
俺の作中最高の攻撃魔法値と、300%の能力反映率を持ってすれば、間違いなく史上最強の、攻撃魔法使いの誕生だ。
その点は疑いようもなく強い。
しかし、物理耐久の反映率が30%だ。元の低さもあって、とんでもなく悲惨なことになっているな。
その物理耐久、驚異の5だ。5!信じられないな。
没データがあるなら、もしかしたら物理耐久をグーンと上げてくれるようなぶっ壊れた仕様があったりしないだろうか。
……思いつかないので、無いと見ていいだろう。
このカス物理耐久のままで、もしも水琴春鷹が真のボスの6人目になっていた場合、どうなっていただろうと心配になるが、すぐに問題ないことを思い出す。
そうだ。
5人のボスには、ダークを使役する不思議な力があった。
彼らはダークを人に強制的に憑依させて、戦闘でも使役するし、ダークを使って裏で暗躍したりもする。
普通に考えれば、【黒炎使い】の黒、これがダークたちとの関連性を匂わせる。
俺もこのユニーク魔法クラスを選択すればダークを使役できるのだろうか。
そうすれば、ダークを憑依させた生徒を肉壁にさえしてしまえば、物理攻撃は春鷹に届かなくなる。
コミュ障の春鷹でもダーク相手にコミュニケーションを取る必要もない。
懸念点が解決したな!
それに相手からしたら、物理攻撃を入れさえすれば勝ちなのだ。
なにかむきになって物理攻撃を何度か入れているうちに、ダークの肉壁は突破できず、その間俺の圧倒的なまでの高威力魔法を食らい続けることとなる。
まさに最強最悪の真のカリスマ性を持ったボスの誕生だ!
春鷹かっけえー!!
ただし、これはあくまでゲーム内で想定される戦術だ。
俺はそんなことをするつもりは毛頭ない。
ダークはこの世界で歓迎されていない存在だ。
憑依された者は意思の疎通ができない化け物となる。
俺とあやが倒した奴みたいに、人を見ては襲い掛かるような危険な生物だ。
間違っても好かれることのない存在。
更には5人のボスの自己利益的使役によって、悪い印象ばかりついてしまっている。
主人公の文月大夜は、何も通り魔的に学園生徒たちを殴っていたわけじゃない。
ダークに取りつかれた生徒、5人のボスの手先、悪いことをしたそいつらと戦うために戦闘を行なっていたのである。
主人公は基本的に正義の味方である。
文月大夜も例によって熱くて、優しくて、まっすぐな男だ。
ダークの使役の仕方を俺にも教えてくれという行動は間違ってもとらないないだろう。
正義心の強い文月大夜は、そういった背景からダークを使役して悪いことをする5人のボスと戦うのだ。
いきなり戦っても勝てないから様々なイベントを消化し、野良ダークを倒して経験値を得たりする。
まあ、主人公たちは基本そんな感じの行動理念を持っている。
そこで俺もダークを使ってみろ。
文月大夜VS水琴春鷹の構図ができてしまう。
例えダークを使って悪いことをしなくても、ダークを使っている時点で心象は最悪だ。
バレなきゃいいかもしれないけど、主人公の仲間にはやたらと頭の冴えた連中がいる。
『ダークマスターはここにいたと見ていいでしょう。おや? なんです? これは……。くせ毛のようですね……。くせ毛と言えば、水琴春鷹くんがそうでしたね』
なんて感じでくせ毛で俺まで辿り着くかも!!
え、くせ毛だけで!?
変な例を出したが、実際些細な手掛かりで俺に辿り着くことなんて容易だろう。
最大の地雷である、文月大夜を回避したい俺にとっては、ダークの使役というのは結構危険な選択肢だ。
……いや、ちょっと待てよ。
この世界ではまだダークを使役した事件は起きていない。
まだダークを使役する=悪、の図式は出来上がってはいないじゃないか。
ダーク自体は恐れられているけど、使役者への悪印象はできていない。
ゲーム内じゃ、ダークマスター見つけ次第コロスみたいな雰囲気が出来上がっていたけど……。
特にあやらへんが頻繫に言ってた気がする。
使役者=凄い人、俺の頑張り次第ではこのような図式に変えられる可能性もある気がして来た。
そうだ、【黒炎使い】がダークを使役できるのなら、俺はゲーム本編の3年前からダークを使役できるようになるということ。
他のボスたちが事件を起こすのは、主人公たちが入学して以降だ。
普通に考えれば、そこら辺で使役能力を知ったことになる。
3年も俺が先に手を打てるなら、優位に立てる。
心象を変えられる。
つまり俺が今のうちから使役能力に特化してしまえば、ダークは俺の手のうち……。
俺が全てのダークを取りまとめることができるのではないか?
なんか闇落ちパターンみたいになって来たけど、俺は今本当に欲がない!
それは言い切れる。
むしろ、この世界に償いたい気持ちでいっぱいだ。
12年生きてきただけで、これだけいろいろな人に迷惑をかけられるのかというくらい、春鷹は悪いことをしている。
楽しい雰囲気漂う祭りの屋台に火をつけるような男なのだ、元の春鷹という男は!
あまりに楽しすぎて、テンション上がったんだよね……。
真夏に5歳児の少女のアイスクリームを1万円で買い取る男なのだ、元の春鷹という男は!
お金の概念がある大人なら喜んで譲ってくれただろうね……。
焼き芋を食べたくて人の家を焼く男なのだ、元の春鷹という男は!
だって焼き芋美味しいから……。
それらは俺が償わなければならないだろう。
それに春鷹が迷惑をかけたのはこの世界の人たちだけじゃない。
50回も絡まれるプレイヤーもそうだし、急遽ストーリー変更をした開発者にも迷惑をかけている。
ちゃんとした道を歩んで、全てに償いをしよう!
これは俺の償いの旅なのだ!
俺がやったんじゃないけど、今や俺は水琴春鷹なのだから。
うむ、取り敢えず1週間以内にクリスティン先生に、【黒炎使い】の届け出を出す!
絶対に【水使い】を選択しない!
魔石を舌にはめ込まない!
ダークの使役の仕方を学ぶ!
みんなに迷惑をかけた分、罪を償う!
友達を一人くらいクラス内で作る!
当面の目標はこんなところかな。