14話 もう一つの真実
端末操作をする音だけがする落ち着いた教室内で、俺は一人背筋が凍るのを感じた。
もう一つの仮説が俺にとってあまりに残酷すぎる内容だったからだ。
ファンキャンが爆発的売上を記録したのには、いくつか理由がある。
今までのゲームにはない綺麗なグラフィック。
それに負けないキャラたちのあふれ出る隠し切れない魅力(春鷹を除く)。
思考をくすぐる多面的機能の戦闘システム。
隠し要素でやり込みも充分。
発売前、後に投入された膨大な広告費。
もちろんこれらが名作を作り上げる大事な要因であることは否定できない。
しかし、ファンキャンには何よりもこれがある。
AI、人工知能をキャラにインストールした先鋭的試みが。
そう、ファンキャンの膨大で可変のストーリーはこのAIシステムをもとに動いていた。
プレイするたびに細かく変わるストーリーと会話内容。
同じキャラでも毎回話すセリフが変わるのだ。
ファンキャンは常時オンライン接続しているため、常に最新の話題にも事欠かない。
アホなことばかり言っている大臣の話題が出たり、日本代表サッカー試合の感想を言ってくれる人もいる。
そういったものはSNSから拾ったデータをまとめあげて、思考しているように見せているだけなのだが、メインキャラともなるとそんなチープなAIは組み込まれていない。
まさしく思考しているとしか思えないような完璧に近いAIが組み込まれている。
もちろんそれを支えるために、そのキャラの特徴はあらかじめプログラムされている。
例えば、5人のボスのうちの一人、三瀬先店子はその持ち前の明るさが前面に押し出されたキャラだ。
持ち前の明るさと商売根性で学園都市で商売をしている彼女。
彼女には間違いなく、その”明るい性格”と”商売根性旺盛な性格”がプログラムされている。そこを基幹として、細かい部分の行動をAIにゆだねているのだ。
それ故にキャラがぶれることなく、それでいて話すたびに細かく変化していくセリフや行動。
大筋のストーリーに忠実でありながらも、そこには無限の変化があるのだ。
別に俺は今急にファンキャンを褒めちぎりたい気分になった訳じゃない。
このAIシステムが意味するところ、黒炎使い、春鷹の存在。
今まで得た情報をまとめることで、俺の中で全てがつながってしまったのだ。
先ほどの仮説よりももっと核心に迫った、もう一つの真実に。
俺はファンキャンが大好きだった。
それはもうゲームをプレイする前からずっと。
ファンキャンの会社の前作も凄く楽しかったので、発売半年前からずっとファンキャンの情報を追っていたのだ。
情報が更新されるたびに俺のスマホにプッシュ通知が来るように設定していた。
AIシステムが発表され、キャラデザインが発表されてワクワクしたあの日々。
主人公の文月大夜、早瀬あやのビジュアルも発売前から見ていた。
そして、何度目かの通知でボスキャラも概要が発表された。
『君は彼らに勝てるか? 』
と銘打って発表されたボスキャラはシルエットだけだったが、なんで俺は今になるまで忘れていたのだろうか。
そのシルエットは6つあった。
今思うと、5人のボスと5つのシルエットの特徴がそれぞれ一致する。
しかし、それだと一人余る。
余ったシルエットは、細身で高身長、少し癖のある髪の毛……。
春鷹じゃねーか!!
しかし、作中で春鷹はボス扱いだが、ネタボスキャラだ。
間違ってもカリスマ性溢れる他の5人と一緒にはできない。
チーズバーガーを持って、ヒャッハー! と叫びながら登場するやつだぞ。
君は彼らに勝てるかだと?
2ターンで勝てるわ!!
あの時でこそ、春鷹には不快な感情しか湧かなかったのだが、今思うと春鷹のポジションは本当に中途半端なのものだった。
ボスなのに弱く、雑魚キャラにしてはやたらと高度なAIがインストールされていたりと、謎の点が多かった。だからゾンビとか呼ばれていたわけで……。
しかし、今だからこそわかることがある。
春鷹はもしかしたら6番目のボスだったのではないか。
水琴春鷹という男は、大企業の御曹司で、イケメン高身長、ゲームの花形と言える高火力性能。
魅力的な敵キャラとして文句のつけようがない。
普通ならこんなキャラをネタキャラにするはずがない。
実はファンキャンは、発売を1か月延期させていた経緯がある。
開発側の説明では、主要キャラが想定通りの行動をとってくれなくて一部ストーリーを大幅に変更したためと述べていた。
噓つけ、間に合わなかっただけだろうというのが大方の見方だったが、それって春鷹のことじゃないのか?
春鷹に組み込まれたAIは高度なものだ。
付与された属性は、”エリート”、”高プライド”、”コミュ障“といったところか。
キャラの差別化を図りたかった運営としては少し尖った性格設定の方がいい。
しかし、このプログラムをした春鷹が想定通りの行動をとってくれなかった。
具体的にいうと、魔法クラス選択で【黒炎使い】を選択してくれないAIのエラー。
主人公と同時間帯で進む他のキャラたちは、魔法クラス選択も同時に行なっている。
与えられた選択肢は、【黒炎使い】を追加した16種。
そう、これは条件を満たしたから与えられた魔法クラスではない。
水琴春鷹に与えられた本来の仕様。
ユニーク魔法クラスとでもいうべきか。
圧倒的な攻撃魔法値。それを補佐する優秀な妨害魔法値。
その二つの能力を高く反映するのが【黒炎使い】である。
高度なAIを組み込まれた春鷹は、間違いなく【黒炎使い】を選択するはずだった。
開発側はそう想定していたはず。
しかし、春鷹が選択したのは【水使い】。
何度試行錯誤しても春鷹が選択するのは【水使い】。
致命的なエラーがここに誕生した。
強制的にシステムを書き換えるにも膨大な時間が必要だったのだろう。
それならばと、ストーリーを強制的に変えて、ボスを一人削った。
5人の真のボスには、黒いエフェクトを放つ共通点があるのだが、それぞれに個別の特徴もある。
物理攻撃が高いキャラ。
物理防御が高いキャラ。
支援魔法が高いキャラ。
魔法耐久が高いキャラ。
妨害魔法が高いキャラ。
そして、ストーリーの順番次第で、ラスボスとなったキャラはその強さを演出するために、魔法攻撃も高くなる追加要素がある。
如何にもラスボスっぽくていいと思っていたが、ちょっと待てよと。
本来、攻撃魔法の高いボスキャラ、そのボスポジションは春鷹だったろと。
間違いなく語り継がれるような魅力あふれるボスキャラになり得た。
しかし、春鷹は【水使い】を選ぶ。
AIもプログラムの枠をも超えて、なんの意地かわからないが彼は【水使い】を選んだのだ。
これが俺の導き出した真実だ。
春鷹の選択はプレイヤーだけでなく、開発者も苦しめていた。
これから導き出される結論、水琴春鷹自体が没データであるという残酷すぎる真実。
存在を否定された気がして、俺は少しだけ涙が出た。
辛すぎるだろ、春鷹の人生。
でもな、この悲劇すぎる、みんなを不幸せにする道を回避する道はあるんだ。
唯一にして最大の効果を発揮し、皆が望んだ本来の幸せな道に戻る方法が一つの光明となっている。
そう、【水使い】を選ばなければいいという、たった一つのシンプルな答えが俺には与えられている。
実に簡単だろう?
でも春鷹は選べなかったんだぜ。
やはり、水琴春鷹はある意味ゲーム史に残るキャラである。
その春鷹に今は俺が乗り移っている。
戻してやろう! 彼が歩むべきだった華々しい道に!
キャラ名変更
針金店子→ 三瀬先店子