13話 没データ
水使いを選択した場合の悲しき運命がどれほどのものかを今一度確認して、【水使い】クラスをそっと閉じた。
この水使いクラスという部分さえ変更できれば、炎使いクラスにさえ変更できれば春鷹は最強のキャラになり得たのだ。
だから俺は拡張パッチに1500円も支払って、敵キャラ水琴春鷹を購入したというのに。
しかし、結果は当然システムから告げられるクラス変更できませんの一点張り。
ブブー。
『一度決められた魔法クラスは変更できません』というセリフを何度聞かされたことか。
そして、その後に水琴春鷹の返品を試みたりもしたのだが、全部失敗した。
その後、無事水琴春鷹はパーティーボックスの肥やしと化した。
あれほど無駄にした1500円もなかなかない。
絶対にミスのできない選択。
時間は1週間もある。最悪もっと引き伸ばしてもいい。先生方に少し迷惑がかかるくらいだ。
なんたってこっちは人生がかかっているんだからな。
理性的に考えるんだぞ、俺。自分の人生にとって最も良い選択を。
俺が取りうる選択肢は6つ。
魔法攻撃に分類される、炎使い、光使い、闇使い。
この三つが最善。
妨害魔法に分類される、音使い、糸使い、毒使い。
この選択肢も場合によってはあり。
この6つのどれかさえ選んでいれば間違いはない。
俺は無事天より与えられた天才的能力を存分に発揮できるというわけだ。
【炎使い】
分類:魔法攻撃タイプ
能力反映率
HP 120%
MP 160%
物理攻撃 130%
物理耐久 60%
攻撃魔法 220%
支援魔法 30%
魔法耐久 20%
妨害魔法 60%
ゲームプレイ時に俺が何度も想定した炎使いクラスの能力反映率がこれだ。
カスみたいな物理攻撃が少し上がるところや、カスみたいな物理耐久が少し下がるところは見ていただかなくて結構。
上位の能力値を誇る妨害魔法値が6割に下がるのは正直痛い。
しかし、炎使い自体に妨害魔法が少ないこともあり、そこまでの痛手ではない。
何より肝心なのが、作中最高性能を誇る春鷹の攻撃魔法値の能力反映率が220%になるところ!
見て欲しい、何度も見て欲しい。何度も見たい。何度見てもあきない。
少し過激すぎてモザイクが必要かもしれない。
水魔法を選択した場合35になる能力値が、たった一つ間違えずに炎使いを選んだだけで785という化け物染みた能力値になってしまう。
思わず手が震えてしまう。やはりモザイクを入れても貰った方がいいかもしれない。
再度湧き上がるあの感情。
春鷹!! どうしてこれをミスった!!
もうこの場で【炎使い】クラスを皆の前で宣誓しようかしら。間違っても気持ちが変わらないうちに。
実は明日起きたら、やっぱり水使いがいいかも、なんて気持ちになるかもしれない。
そんなことはあり得ないのだが、俺はそこまで臆病になってしまっていた。
ふーと今一度大きく息を吐き出して、冷静さを取り戻すために他の魔法クラスも確認することにした。
炎使いが最高の選択だと思われるが、一応ね。一応。
魔法クラスの欄をフリックしながら種類を確認していく。
俺の知っている15種と同じかどうかの確認だ。
うむ、上から全部同じだな……。
あれ? ちょっと待ってくれ。
15種類じゃないぞ。
16種類あるじゃないか。
なんだこの、【黒炎使い】って。
水琴家の商品にバグが!?
これは黙っている方がいいのだろうか。我が家のためにも……。
ちょっと首を伸ばして隣の女子の端末を覗き込んでみた。
こういう時に高身長は役に立つな。
……うむ、のぞき見した結果、隣の女子には【黒炎使い】の項目がないことが分かった。
この座っている机と椅子は、個人の生命データを読み込んで解析した結果をスクリーンに反映させているはずである。
隣の名もなき女子になくて、俺にあるということは、違いは端末側ではなく生命データを読み込まれた生徒側。
つまりバグは俺の体ということになる。
……なんで!?
チーズバーガーを食べ過ぎたからか?
それとも悪いことしすぎたからか?
いいや、そんなわけないよな。
教室内でわからないことが生じた場合、正しい判断を下せず困っているなら、それは教師に聞いて解決するべきだろう。
皆が黙って端末操作をしている中で発言するのはなかなか高いハードルなのだが、ここは頑張るとしよう。
手をまっすぐ上にあげて、気持ちのいい挙手をして見せた。
「はーい、なんですかー水琴くん」
「先生、魔法クラス一覧の16番目にある黒炎使いってなんでしょうか? 」
「えー、先生も知らないですー。水琴君のために御父上がサプライズでも仕掛けたのかもしれませんねー」
クリスティン先生の緩い受け答えに、何人かがくすりと笑った声が聞こえた。
ちょっと待て。
なんか冗談として受け止められたんだが。
コミュ障卒業1年生の俺が勇気を振り絞って発言をしたのに、お調子者だと思われてしまった。
隣の名もなき女子が、「大丈夫、おもしろかったよ」とか言って来たんだけど。
「あ、そう? よかったー」
とか返してしまったじゃないか。
純粋な質問を、渾身のギャグだと思われた今日この頃。
もう私は挙手する勇気がないでございます。
この世界の魔法クラスは間違いなく15種類だ。
それは俺が誰よりも知っているし、先生も当然それを心得ているからこその先ほどの対応なのだろう。
しかし、俺の端末には間違いなく【黒炎使い】の項目があるんだよ。
なんだこれ。
ともかく開いてみるか。バグならバグで、ひっそりと田辺らへんにでも報告しよう。
確認が先だな。
【黒炎使い】の項目をタップしてみた。
【黒炎使い】
分類:覚醒魔法攻撃タイプ
能力反映率
HP 130%
MP 200%
物理攻撃 150%
物理耐久 30%
攻撃魔法 300%
支援魔法 20%
魔法耐久 10%
妨害魔法 160%
うわっ、なんだこれ。
すっごい尖った能力反映率を持った魔法クラスなんだけど。
ちょっと待て、能力反映率が合計1000%じゃないか。
この魔法クラスを選択するだけで能力のベースアップに繋がってしまうな。
みんな大好きベースアップ。ベア、ベア、ベアー!
ていうか、ぶっ壊れていないか?
攻撃魔法値の反映率が300%だと!?
おいおいおいおい……。
もう一度言っておこう。
おいおいおいおい。
特に意味はない。
無駄なことわざわざする、それくらい驚いているっていうことだ。
ゲームプレイ時にこんな魔法クラスの選択は絶対に出てこない。
絶対にだ。
となると、バグか?
という考えに至るのだが、ふと【黒炎使い】の黒という点で気が付いたことある。
このファンキャンにはトーワ魔法学園にて主人公が倒すべきボスが5人いるのだ。
春鷹のような、なんちゃって中ボスじゃない。
きちんとストーリーがあって、演出があって、公式PVに登場するようなちゃんとしたボスが5名。
当然だが、とても強い。
春鷹同様、長い演出でセーブさせないたちの悪いやつもいる。
本気で可愛いやつもいるし、人気投票でダントツ一位に輝くやつもいる。
まさにカリスマ的存在。人気作には何よりも魅力的な敵が必要という要所をしっかり押さえてくれている。
彼らを抜きにファンキャンは語れない。
主人公の選択によって誰かが最初のボスとなり、誰かがラスボスとなる彼ら。
ファンキャンの高い自由度がなしえる変化のあるストーリー構成。
そのゲームの中核を為す5名、彼らは共通して黒いエフェクト効果を伴う魔法を使用する!
ダークを除いて、戦闘は全て15種の魔法クラスのシステムに則って行われる。
ただし、上記のボス5名はその限りでない。
そうだ、そうだった。
しかもあの5人の能力説明は公式から発表されていない。
ダメージ量と対策はプレイヤー側が勝手に調べ上げてまとめただけなのだ。
どうやったってボス5名の魔法クラスの選択は成し得なかったはず。
だからファンキャンは魔法クラスが15種類と俺の中で堅く信じ切っていたのだ。
なのに、今目の前には【黒炎使い】の項目があり、詳細が表示されている。
考えられるのは……。
没データ!
この世界はやはりファンキャンの中なのだ。
システムが忠実に再現されている。
おそらくだが、俺は何かの条件を満たした。意図せず。
そうして【黒炎使い】を習得するに至った。
これもまた推測なのだが、【黒炎使い】は当初は主人公たちも条件を満たしたら選択できるはずだったのではないか。しかし、開発側の都合でそれは中止となった。
せっかく作ったデータを消すのももったいないと、達成不可能だと知りながらもデータだけは残しておいた。
達成不可能な条件とはおそらくかなりの手順を踏む必要があるのだろう。
ファンキャンの膨大なストーリーの中にそれらを組み入れることができなかったのだろう。
全ては推測に過ぎない。
しかし、なぜかとても納得がいく。
隠し条件、それが何かははっきりしないが、とにかく没データが残ってしまった。
主人公たちの行動では取りえない何かを満たすことで得た魔法クラス。
例えば、人の命を助けるとか……。
例えば、魔法の使えない身でダークを倒すとか……。
少しぞくりとしたのを感じた。
もう一つの仮説を思いついたからだ。
もしもそれが真実なら、あまりに残酷だ。