1話 目覚め
幸か不幸か、俺はふと気が付いてしまったのだ。
3月、桜が咲き乱れる中、俺はもうすぐ12歳を迎えようとしていた。
俺たちは今、広大な土地を借り切って桜の木の下で花見をしている。
集まっている人物は政界や財界の大物たちばかり。
大人たちは酒を嗜みながら会話に花を咲かせている。
子供たちは、財界の中心人物の水琴家の威光もあって、俺を中心に集まって遊んでいた。
空には俺の名前の由来ともなった鷹が春の暖かさを感じながら気持ちよさそうに飛んでいる。
そう、俺の名前は水琴春鷹。
えっ、俺って水琴春鷹なの……?
急に記憶が飛んだわけじゃない。むしろその逆だ。
昨日まで我儘言いたい放題の水琴春鷹だったのだが、どうやら俺は自分がファンキャンの水琴春鷹だということになぜか突然気が付いた。
額に手を当てたままショックで固まってしまい、なにかカッコイイポーズをとっている感じになってしまっていた。
超大作RPG、学園都市をテーマにした青春魔法バトルもの。あの売れに売れたファンタジーキャンパス、通称ファンキャンである。
俺はそこに出てくるキャラなのだ。
名前もそうだ。父親も母親も、そして周りにいる子供たちも一緒に学園に通う子が何人かいる。
間違いない、どうやら俺は本物の水琴春鷹になってしまったようだ。
風が吹くと桜が綺麗に舞い散る桜の木の下で、俺はショックで気を失い倒れた。風の吹く方向へ、桜の様に儚く倒れていったのだ。
そのまま散っていたほうが幸せだったかもしれない。
しかし、俺はしっかりと目を覚ました。広い部屋にベッドだけが置かれた穏やかな寝室にいる。
日差しのいい部屋を選んでくれたようだ。
花見会場の近くにあった誰かの家の屋敷に運び入れられたらしい。
水琴家の長男が体調を崩したとあって、起きてからも散々丁寧に対応された。
医者が3人も集まり、頭から足の先まで丁寧に診察していく。
正直戸惑っている。
さっきまでの俺なら、きっと当たり前の様にこの施しを受けれていただろう。
むしろ手際が悪いと苦情を入れる神経の太さもあったかもしれない。とくに左の爺医者。
しかし、今の俺の頭の中は、前世の平凡な大学生の記憶と、水琴春鷹の記憶が入り混じってしまっている。
どうしたらいいのか、どう振る舞えばいいのか、かなり混乱している。
だから黙ってされるがままにした。
ペタペタと触診をしていく医者たち。どこか顔に緊張感を漂わせている。
間違っても誤診がないように、最善の注意を払っているのだろう。
もしも間違って診察し、その後に悪い影響でも残れば彼らは葬り去れることだろう。言葉の意味通りに。
水琴家というのはそれほどまでに権力と財力のある家なのだ。
俺はくすぐったいのを我慢してされるがままにした。
足も丁寧に触られたときは、なぞの背徳感を覚えた。
触診を終えて、目、口、耳を一通り覗かれたあと、軽く質問に答えて、彼らは3人で協議に入った。
その結果、問題なしと判断する。
「まあ軽い貧血か、過労の類でしょう」
いつも完璧な食事メニューを摂り、過労のかの字も無理していないこの体でその診察をして大丈夫か? とは思ったが、原因は俺自身が一番知っているのでそういうことでいいだろう。
「そんな曖昧さでは困りますな。先生方」
寝室の扉が開き、一人のメガネ紳士が入って来た。
いつも父親の側で秘書としてサポートしている田辺有志というおじさんだ。
今日も花見だというのに、ずっと車の中で待機していたみたいだし、すごく真面目で優秀な人だ。
「田辺様!? は、春鷹坊ちゃんの容態ですが、見たところ悪いところは見当たりません。とりあえず様子を見ていただければと思うのですが」
「本当にそれでよいのか? 」
「え、ええと。ではヒールの魔法をお掛けしましょうか」
「ええ、できればエクスヒールの方も」
「は、はい……」
彼らのしている会話の通り、この世界には魔法が存在する。
医者が使う魔法は当然回復魔法だ。
ヒールは切り傷や骨折でさえも治してしまう。
エクスヒールともなれば、俺の元いた日本で不治の病とされるものも治ってしまうほどの凄い魔法だ。
しかし、エクスヒールは使い手にかなりの負担をきたす。
使用したら、一か月はまともに魔法が使用できなくなる。
その間本当に回復魔法が必要な人がいても、その医者は無力になるのだ。
そんなものを、ただショックを受けて倒れただけの俺にかけようとしているのだ。
馬鹿ですか、と言いたい。
しかし、それが水琴家の当たり前なのだ。
でも、俺は今やただの水琴春鷹ではない。
このゲームのプレイヤーだった元大学生だ。
この世界でのエクスヒールの大切さも、医者にかかる負担も知っている。後、高額請求も。
だから簡単には受け入れられないのだよ。
「田辺さん、別にいい。大したことじゃないと自分でわかるから」
「田辺さん? 」
あ、まずい。
田辺さんのいぶかしむ顔で気が付いた。春鷹は本来父親と母親以外には基本的に横暴な態度しかとらない。
人を豚呼ばわりすることはあれど、さん付けなんてありえないのだ。
俺がエクスヒールを断ったのには、医者たちも驚いていたようだった。
それもそうだ。春鷹はこの世界で一番エクスヒールを受けている男と揶揄されるような男だった。
というのも、ファンキャンでは主人公の過去編で、大切な人が病気で病院に運び込まれたとき、医者がエクスヒールを使用していたため治療ができなかったのだ。
そのとき、その医者からエクスヒールを受けた男が、この俺。水琴春鷹なのだ。
そのせいで主人公の大切な人は死んだ。
ちなみに、春鷹はその時、ゲームのやりすぎで疲れた目を癒してもらうためにエクスヒールを使って貰っていたのだ。かなりクズなエピソードとして語り継がれている。それくらいアホな頻度で春鷹はエクスヒールを受けているのである。
俺自身、何度春鷹を殺そうと思ったことか。春鷹は本編ではしつこく主人公に絡むキャラであり、何度倒しても復帰して再戦してくることから、学園都市のゾンビとも呼ばれていた。攻略サイトにそう書いてあった。
実際ゾンビらしさはある。春鷹は倒しても倒しても復活してくるんだよな。そのくせ経験値全然くれないし。セリフがやたら長いし。なぜか会話スキップができないバグ付きと、いいことがない。
更に裏でのエクスヒール乱用である。
有力な医者とのこねも、高額請求を支払える財力も、水琴家には有り余るほどあるのだ。きっと主人公以外にも被害者はたくさんいることだろう。これ以上被害者を増やすわけにはいかない。
「田辺、俺は花見会場に戻って遊びたいんだ。こんな医者たちに構っている時間は一秒たりともない」
「しかし、春鷹様の身に何かあったら大変でございます。あなた様は水琴家の跡継ぎですので」
「いらん。じゃあ俺は行くぞ」
引き留められないうちに、俺はさっさと寝室を飛び出した。
いいことを一つもした覚えはないのに、3人の医者は俺に頭を下げている。
不思議だ。悪いことばっかりしているから、普通のことが良く見えてしまうんだね。どこかのガキ大将みたいだよ。
その後、田辺さんの車に乗せて貰い、俺は早めに帰ることを条件に花見会場へと戻った。
知り合いの子供たちと遊ぶふりをして、俺は頭の中で対策を考え続けた。
なんで俺が春鷹なの!?
しかし、なったからには仕方ない。春鷹が不遇なポジションになったのにはいくつかの心当たりがある。
不遇なポジションにはなりたくないし、春鷹の最後もゲーム通り辿りたくない。
だって、最後は雑に階段から落ちて死ぬんだよ!?
散々使いまわしたキャラのくせに!! 雑過ぎる切り方は如何にも春鷹っぽいけれども。
けれど、今や可愛い我が身だ。
とりあえず、不遇ルートを辿ることになる分岐点、その地雷を避けねばな!!
ルビがずっと間違ってました。
みこと → みずこと
エクスヒールの間隔を一か月に変更