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最強ドМ彼氏  作者: 葉玖ルト
3/3

後編

 俺はベンチで待つ彼女に、声を掛ける。しかしその状況に、思わず絶句せざるを得なかった。


「ミズホさーん、お待たせしま……し、た?」


 ミズホさんは、驚いた表情でこちらを見た。

 彼女を取り巻く、三人の男。そのうち二人は金髪で、ピアスや白銀のネックレス、指輪を着けている。服装も決してオシャレとは言えず、アロハシャツにジーパン。おそらく、こいつらは典型的なチャラ男だろう。そのうちの一人は、モヒカン頭でリーダー的風格を醸し出していた。 

 俺は思わず、そいつを見て目を丸くさせる。


「モひ……げふん。特徴的な髪型ですねぇ」


 あはは、と汗を垂らしながら喋る俺。今時こんな、古臭いファッションがあるだろうか?

 まだリーゼントの方がかっこいいと思う。


「あ? んだてめぇ」


 突っかかる、モヒカン男。俺の発言は、スルーされた。気にしていないのか、コイツ。

 俺が視線を逸らすと、モヒカン男は俺の胸倉を掴んで叫ぶ。耳が痛い。


「あぁ? なんとか言えんのか、コラァ!」

「ぷふっ。いえ、ごめんなさい、すみません。あ、これあげますよ、飲みます?」


 吹き出しながら、先程買った缶ジュースを渡す。しかし、そいつは顔を真っ赤にしてまだ叫ぶ。

 まるで、子犬のようだ。きゃんきゃん喚いて、うるさいなあ。


「バ、バカにしてんのかテメェ」

「ば、ばかになんて。とんでもなーい」


 むしろ、あなたの方がばかにしてますよね、何なんですかその「センスの欠片のないファッション」は……そうぼそりと、呟いた。

 しかし、先程のやんわりとバカにする発言はスルーしたくせに、呟く声に反応する。この地獄耳め。


「お、俺のイカすファッションに文句あんのか! ぜってーバカにしてんだろ、このクソ野郎!」


 モヒカン男の拳が痛々しい音と共に頬に炸裂した。その衝撃で、地面へ倒れ込む。

 カランと音を立てて缶ジュースが転がり、泥まみれになる。

 ミズホさんの、俺の名を叫ぶ声。途端、モヒカン男は声を上げて俺の隣に倒れ込んだ。


「この不良どもがぁ! よくも、私の彼氏を……」


 い、いや、ミズホさん。なんて男らしいセリフなの! 俺に男としての立場は、ないみたいだ。

 あぁ、頬がジンジンする。これは最高に、いい。

 残りのチャラ男達は、ミズホさんを捕らえようと必死だった。しかし、陸上部で鍛えられた足が、彼女の武器となる。不良を蹴り飛ばして、華麗に戦うミズホさん。なんて勇ましいのだろう。

 しかし俺が戦力外なばっかりに、女性一人で体格が全く違う男二人を薙ぎ倒すには無理があった。

 チャラ男は、少しばかり油断したミズホさんの腕を掴んだ。そのまま、チャンスとばかりにもう一人のチャラ男が同様に片方の腕を掴む。完全拘束、これはいけない!


「み、ミズホさ……うぐ」


 俺は無理して、立ち上がった。ミズホさんを、守らねば。

 男として、彼氏として……。


「お兄さんに申し訳が立たないだろうがあああ!」


 俺は、モヒカン男に殴り掛かる。運動音痴の俺は、精一杯の拳を振った。


「うるせぇ、すっこんでろ!」

「うぐふぁっ!?」


 俺の攻撃は見事に防がれ、モヒカン男の拳はみぞおちを的確に抉った。殺す気かコイツ。

 痛みに悶絶して、再びその場にうずくまった。さすがにここまでくると、苦しい。


「なあねえちゃん、こんな弱い奴よりさ、俺達と遊ぼうぜ」


 うっ、まずい、本当にまずい、いろんな意味でまずい!


「おう、ねえちゃんのその威嚇的な目もいいねえ、まるで子猫のよう……んがっ!?」


 ガシッ。俺は、モヒカン男の太い足を掴んだ。足がガクガクして、力が入らない。中々、立ち上がれずによろめいて、最終的にはモヒカン男の腰を掴んだ。


「うぐァ! な、何しとんじゃワレ!」

「あ、はは。あはははは、あっははは」


 突然、高笑いを始めた俺に、不良は口を開く。

 俺は、もう我慢出来ないとばかりにモヒカン男に訴えた。


「い、今のはなんてスイッチですか! あはははは」

「い、ひぃぃっ!?」

「もっと! あとひゃっぱーつぅっ!」

「んだよ、気持ち悪いんだよテメェ!?」


 モヒカン男は、俺を振り払って、崩れ落ちる俺の背中を、何度も、何度も蹴っては踏みつける。


「い、いたたたた。それ、それくらいが気持ちいいです!」

「う、うわ。なんなんだよ、ホントにおま……」

「はあはあ、まっまだですよ。後、八十五回残ってます!」

「かっ、数えてんじゃねえええ!」


 さすがに俺の行動が怖かったのか、モヒカン男はチャラ男二人に『ねえちゃんを連れて引き上げるぞ』と言った。まずい、ミズホさんが!

 それを止めるためなら何でもする。俺はモヒカン男の、腰を掴むついでにベルトを掴んだ。

 モヒカン男も、それには絶叫する。


「うああ、うわわあああ! やめろー!」

「あ、あとぉ八十五かーい」


 じゅるり。あまりの快感に涎が出る。俺は無我夢中で男にしがみついた。

 モヒカン男と、俺の戦い。チャラ男達は、ミズホさんを手離す。


「お、おいテメェら。もうこの際この女はいい! この男をどうにかしろ、諦めるまでボコボコにしろ、いいな!」

「へ、へい兄貴!」


 お、俺を殴ってくれるのか。うわーい。心の中でガッツポーズをした。けど。みぞおちだけは勘弁な。さすがに、痛い。


「この野郎、覚悟しやが――ごふっ!?」


 途端、チャラ男の一人が声を上げて倒れる。


「な、なんだテメェは!」


 モヒカン男が、その主に突っかかっていった。

 俺は目を輝かせる。助けに来てくれたのかと。

 それは紛れもなく、部活帰りの友人、劉一だった。しかし内心、少し残念に思う。今から殴ってもらえるところだったのに。


「おい不良ども、俺のダチを虐めるとは、いい度胸じゃねえか」

「あっ、あぁ!? テメェもボコボコにしてやろうかァ!」

「わりぃ、少し黙れ」


 突っかかるモヒカン男。劉一は袋に入れたままの竹刀で、的確にモヒカン男の後頭部を狙った。

 痛そう。痛みに倒れ込むモヒカン男。途端、劉一は竹刀を袋から取り出して、何故か俺に投げた。

 飛んで来た竹刀を、咄嗟に立ち上がってなんとかキャッチする。え、これで戦えと?


「悠、お前の本当の姿を見せてやれ。これだけじゃない、って事をな」

「本当の、すが、た?」


 その言葉で、俺の脳内の豆電球が明かりを灯す。なるほど、と手を打って、今まで突っ立っていた最後のチャラ男に向けて言葉を発した。チャラ男も驚怖に身をすくめる。


「おい、お前」

「ひっ」

「スーパー帰宅部、最強ドM彼氏をなめんなあああ!」


 チャラ男は、恐怖に目を瞑った。

 パンッ、と乾いた音が夜の空に響き渡った。


「ぶはぁっ!」


 自らの(すね)に竹刀を打ち込んだ俺は、その場で倒れて痛みに感激する。

痛い、痛い、(いた)気持ちいいいっ!


「あ、兄貴ぃ! こいつ、まっ、マゾですぜ、本物の」


 怯えるチャラ男は、モヒカン男に助けを求めるが、その一方でモヒカン男も俺の行動に、まるで石化したように固まっていた。


「あ、これは」


 痛みに快感と悶絶を繰り返しながら俺は一人、盛り上がる。

 すると劉一は、俺の元へ近寄って竹刀を取り上げ――


「とりゃ」

「のはぁっ!」


 あろうことか、乱入してきた。竹刀で俺の背中を打つ。なんて友人だ、俺を分かっている!


「後、八十四回だっけ?」


 なんで知っているんだよ、というかどこまで見ていたんだこいつは。相変わらず謎だ。

 そう発言する間もなく、竹刀で肩や太ももなどを徹底的に殴られる。気持ちは良いが、さすがは剣道部員。自分で叩く力の比じゃない。

 劉一は痛みと快楽に興奮していた俺に言う。


「ほら。もっと声上げろよ」

「いた、いたたたた! さすがに痛いってえ!?」


 どこかの二次元のドS彼氏みたいな発言しやがって、この野郎。


「ん……何を見てるんだよ、お前ら」

「い、いえ。あの……」


 劉一の発言に、ついにモヒカン男が敬語になった。


「そうだ、お前らもやるか? 楽しいぞ」


 モヒカン男の胸元に、竹刀を突き付ける劉一。おい、そんな事をしたら奪われて反撃をくらうぞ!

 そう思ったが、どうやらモヒカン男は完全に劉一に降伏していた。


「後、七十九回だって。ほら、M男が絶賛待機中だぞ」


 不良は腰を抜かしたように、モヒカン男に言う。


「あ、兄貴ぃ、もう俺は無理ですぜ……」

「い、行くぞ。こんな変態と化け物なんて相手してられるか!」


 不良の言葉を一言一句聞き逃さなかった劉一は、更に威圧する。


「あぁ? 誰が化け物だって」

「ひ、ひいぃ! すみませんでしたぁ!」


 モヒカン男は、竹刀で打たれて気絶するもう一人のチャラ男を抱えあげた。

 立ち去ろうとするモヒカン男。しかし振り返って、劉一に訊く。


「あのぅ、よろしければお名前をお伺い……」

「俺の名前、言ったらまた(こいつ)と遊んでくれるの?」

「す、すみませんでした、忘れてください。い、行くぞお前ら」


 そんなに俺が嫌か、失礼なやつだな!

 チャラ男は我先にと早足で立ち去り、モヒカン男は丁寧に劉一にぺこぺこと頭を下げながら去っていく。あいつ、劉一をどこかの不良と勘違いしていないか?

 いや、実際は不良みたいなものだけどさ。


「さて、不良もいなくなったことだし。悠、もうそろそろ」


 俺は、言いかけた劉一の腰に引っ付いて目を輝かせる。


「劉一、あははは、後七十九回だよね……?」

「アホか」


 竹刀で腕を叩かれ、再び痛みと快感に悶絶する。


「ぬああああ! この痛み、実にたまらんっ!」

「スイッチ、切ってやろうか?」

「劉一、やめて。もうみぞおちは嫌!」


 本当に痛いんだぞ、みぞおちはっ! 

 痛みに悶絶する俺にミズホさんは、スッと手を差し伸べた。俺はその手を取って、立ち上がる。


「ごめんなさい。悠君、劉一、ありがとう」

「いえ、大体なんの役にも立てていませんよ俺は」

「そうだな、痛みに悶絶していただけだしな」

「劉一、ちょっと黙れ」


 いちいち、うるさい友人だなあ。


「そうだ、ミズホさん」


 俺は、忘れかけていたことを口にする。


「お兄さんに、会いに行きましょう」

「え?」


 その瞬間、ミズホさんはうつむいて口籠った。しかし逃げたところで何の解決にもならない。でも彼女に泣かれると、もっと困る。すると、まるで俺の心を読み取ったかのように、劉一は口を開いた。


「ミズホ、兄貴から逃げたところで何の解決にもならないぞ」

「わ、わかってるけど」

「安心しろ、こんなバカでも彼女を守ろうという堅い意思くらいはある」


 劉一は俺を指す。俺は劉一の言葉に精一杯頷いた。

 彼女も渋々といった表情で頷く。

 さてと、どうやってあのお兄さんを説得しよう。


 その後、彼女の家へ戻った。きっと、ショックを受けているであろうお兄さんの元へ。

 がちゃり。玄関の扉を開ける。すると、どこにいたのかと疑問を持たせるくらい、一瞬で飛んで来てミズホさんに抱きついた。……恐るべし、シスコン兄貴。


「ミズホー! ごめんな、ごめんな。僕が悪かったよー」


 反省しているのか分からない頬擦りが彼女を襲った。

 しかし彼女も、一時間前に比べると、まったく嫌そうな顔ではなかった。


「リク兄、ごめんね。あんな事言って」

「そう、その事なんだけど。僕は、僕なりに考えてみたんだ」


 今度は、何を考えたのか。

 本当にこれで更生してくれるのか。嫌な予感しかしない。


「僕はミズホが別の男とくっつくより、ミズホに嫌われる事の方が怖い。だから、ミズホの幸せを第一に考える事にしたんだ」

「リク兄、分かってくれたの? 私、嬉しいよ」

「考えた結果、僕は思ったんだ。僕がどこへでもミズホに付いて行けばいいじゃないかと」

「……は?」


 ミズホさんは、唖然とした表情でお兄さんに訊ねた。


「それは、つまり?」

「ミズホが結婚して幸せになったあかつきには、婿取婚むことりこんは絶対だ。しかし、ミズホが婿取婚を否定するのなら、僕が男性宅まで付いて行けばいい!」

「いや、それおかしいでしょ!」

「彼氏とデート中も、ミズホに大事が無いかを常にチェック!」

「いや、チェックという名のストーキングだよね?」

「ミズホを守るためなら、世界でも回ろう。ふっふっふ、我ながら完璧」


 開いた口が塞がらなかった。この人、全く反省してない!

 ミズホさんは、硬直して身を震わせている。俺も、手を額に当ててため息を吐いた。


「リク兄」

「なんだいミズホ、僕の完璧な、ミズホの愛で方に感動したか」

「リク兄の、ばかァ!」


 ミズホさんは、そのまま二階へと上がって行った。


「あれ。何でミズホは怒ったんだろう?」


 この人、まさかとは思うけど。シスコンが嫌われている原因だと自覚していないな。

 ミズホさん、可哀想だ。


「ミズホー、僕の何がいけないんだー、ミぃズホー!」


 お兄さんは、ミズホさんを追いかけて階段を駆け上がる。

 もうだめだ、このお兄さん。


 翌日の昼休憩。

 俺は、屋上でミズホさんと昼飯を食べるようになった。劉一も、彼女の好きな物や嫌いな物を助言してくれる。持つべきものは、友だなあ。


「ねえ、悠君」

「はい?」

「ありがとうね」

「当然ですよ、ミズホさんのために……」


 俺が言いかけると、ミズホさんは俺の言葉を遮るように言った。


「ミズホって呼んで」

「えっ? み、ミ……、ミズ、ホ? そんな、おこがましい!」

「私も、悠って呼ぶ。恋人同士だもん、敬語も無しだよ」

「はいっ! ……じゃなくて。うんっ」


 俺は空を眺めた。

 太陽の光が、さんさんと降り注いだ。二羽のスズメが、俺達の前に降りて来てチュンっと鳴いた。

 まるで祝福するように。

 その時、劉一が笑顔で現れた。なんだ、急に。


 ――ごはっ。

 こいつは何がしたいのか、突然俺の頬を殴る。


「幸せだなぁ、おい。このリア充め、このこのー」


 おそらく、劉一は俺をちゃかしているんだろう。だが、俺にとってはただの暴力。

 い、いえ。気持ちいいですよ!


 あ、そこはダメ、なんか腕が、限界のところまで後ろに引っ張られてるんですけど! 痛い、それ以上は引っ張れないってば、腕がもげるっ!


 二羽のスズメが空を舞う。淡い風は、俺の心をくすぐって吹き抜ける。

 可愛い彼女は、俺と劉一のじゃれ合いに、くすりと微笑んだ。

 



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