バレンタイン
この世には、記念日がある。
節分、ひな祭り、クリスマス…他にも色々あるけれど、皆で同じ日に、好きな人や、大切な人と、幸せな時間を過ごす。
でも、そういう記念日とは別に、人によって日付が違う物があるよね。
ぼくは、きねん日があまり好きじゃない。特にバレンタインデーは、もやもやした気もちになる。
そんな今日は、2月14日。バレンダインデーだ。
「はいどうぞ。今年も蓮君は特別に、良いチョコレートにしたからね。味わって食べて」
「…ありがとう。おばさん」
ぼくはお礼を言って、親せきのおばさんからチョコを受け取る。よく分からないけど、とても高い物らしい。
でも、ぼくは別にうれしくない。
特別にって言うけれど、ぼくは普通の子どもだし、だがしの5円チョコだって、十分おいしいと思う。
それに、実は特別なわけでも無い。
「今日でいくつになったんだっけ? 9歳? 大きくなったわねー」
ぼくは、にっこりと笑顔で、おばさんとお話をする。
そう。今日は、ぼくのたん生日でもある。
他の親せきの子よりも、良い物をもらっていると言っても、それはきねん日2つ分だからだ。
お父さんやお母さんは、たん生日プレゼントと、チョコレートを両方くれるけど、ときどき会う親せきの人達からは、よく、すごいらしいチョコをもらう。
いとこの子たちは、今日チョコをもらって、たん生日には、プレゼントをもらってる。
ぼくは、それがとってもうらやましかった。
みんなだけ、ぼくより色々もらえて、いいなあ。
だからぼくは、きらい…では無いけれど、バレンタインがあまり好きじゃない。
ぼくだけそんをして、みんなずるいなって思うから。
今日は教室が、いつにも増して騒がしい。
「ずるいよなあ蓮は!」
「そんな事無いよ」
僕…いや、俺は、今でもバレンタインが好きじゃない。
「ねえねえ!」
友人と話している横から、クラスの女子に声を掛けられた。
「なに?」
「今日誕生日なんだって? おめでと~。義理チョコ、余ってるからあげる!」
「ありがとう」
「じゃね」
そんな一瞬のやり取りのうちに、俺の手元には、一つの10円チョコが増えていた。
「こ、この…やっぱりズルすぎるだろ! いいよなあお前はチョコ貰えてさあ…」
「いや、本当そんな事無いからさ。義理チョコだし」
「それでも貰えるなら幸せだろぉ…」
皆、イベント事が好きだなあ。
友人はこう言うけど、そんなに良いものじゃない。
毎年、こうしてチョコを貰ったりするけど、当然義理な上、その中でも余り物だ。
クラスの一番大きなグループで、ワイワイ騒いだ後のおまけに過ぎない。どうしようかとなった時、理由のある俺に、気まぐれで回ってくるだけだ。
俺としては、お返しを考えないといけないし、何より小さい頃の、もやもやした気持ちが蘇ってしまう。
羨ましく思われるのも、わからないでは無い。でも俺にとっては、ただただ困るばかりだ。
最近はもう慣れてきたけど、誕生日に物を貰って、お返しをするって言うのは、やっぱりなあ…。
少しだけ、残念な気持ちになってしまう。
「はあ…ここにも無しか…。畜生! じゃあな蓮! 爆発しろ!」
「しないよ。また明日」
周りでは、最後の希望とばかりに下駄箱を覗き、一喜一憂する人がちらほら居る。
実際、イベントにあやかって、チョコと一緒に告白したり、それで付き合い始める人はいる。
まあ、俺にはそんなアテなんて無いし、関係ない…。
「…まじか」
俺の下駄箱には、手紙が一つ。
そして、“二つ”の包みが入っていた。
―――あの…ずっと……ずっと好き…でした! 私と、お付き合いして下さい!
2月14日。
この日付に、俺にとって、3つ目の意味が加わった。
娘を膝に乗せ、僕はゆっくり、自宅のリビングでくつろいでいる。
今日はクリスマス、世界中の人が楽しみにしている記念日だ。
そして、僕の家族にとっては、もう一つ意味を持つ日でもある。
「わたし…おたんじょうびがちがえばよかった」
「うん?」
娘が、まだまだ舌足らずな声で、ぼそりと呟く。
他の人なら、何が言いたいのか、わからなかったかもしれない。
でも、僕には想像が付いた。
「どうしてお誕生日、違う日が良かったの?」
「ようちえんのみんな、くりすますと、にかいおいわいしてるから…」
どうやら、理由まで僕と同じだ。
うちの親戚にも、二つの記念日を合わせて、少し高価な物を下さった方が居た。
もちろん、娘の事は、心からお祝いしてくれている。
でも、子供には少し、伝わりにくいんだ。
「そうか…。わかるよー僕も、おんなじだからね」
「ばれんたいん!」
「そう。えらいなー嬉しいよ。僕の誕生日はバレンタインデーだ」
「ぱぱも、ぷれぜんともらえなかったの? やーだね…」
「そうだなあ。確かに小さい頃は…でも僕は、誕生日がバレンタインで、良かったと思ってるよ」
「えー! なんでぇ?」
「うーん…まだ難しい気もするけど…聞きたい?」
「きく!」
「わかった」
僕は、自分にとっての、幸せな記憶を辿る。
ママは、とてもとても恥ずかしがり屋だった。
それでも、勇気を振り絞って、僕に大好きだって伝えてくれたんだ。
僕は驚いたけど、それから仲良くなっていったんだよ。
今はとってもとっても幸せだから、ママが僕を好きって言ってくれて、本当に良かったと思う。
でも後で聞いたんだけどね。
ママ本当は、もっともっと前から、好きですって言いたかったんだって。
でも勇気が足りなくて、どうしても言えなくて、頑張って頑張って…。
何回目かのバレンタインデーに、やっと好きだって言えたんだって。
もし、イベントの後押しや、誕生日をお祝いしたいって気持ち、他にもたくさん、全部全部一緒にならなかったら、一生言えなかったかもしれないんだって。
本当にギリギリで、好きって言う事が出来たんだよ。
それにね…。
はて、なんだかやけに静かだな。
「…」
「あらら」
どうやら、寝てしまったみたいだ。
それにやっぱり、まだ難しすぎただろう。
…。
「ちょっとした事なんだけどね…」
あの時、下駄箱に入っていた物。
校舎裏を指定した手紙と、バレンタインデーのチョコレート。
それから、僕への誕生日プレゼントが入った包み。
あれを受け取った時、思ってしまったんだ。
ああ…彼女は、とても素敵な人かもしれないって。
僕はそれからずっと、彼女の事を好きでいる。
もしもこの事が無かったら。
僕がただ、普通にチョコレートを貰っただけだったら。
果たして僕は、ちゃんと彼女と付き合っていただろうか。
想像するだけで、少し怖くなってしまう。
「パパ―? 少し手伝って貰えますかー?」
おっと、ママが呼んでる。
「今行くよー」
僕は娘を寝かせて、布団を掛ける。
そして、最愛の人の元へ向かった。
二人で並んで作業をしながら、年明けに行く旅行の話で盛り上がる。
我が家では毎年恒例の、記念日に合わせて行く旅行だ。
そうそう、実は僕にとって2月14日は、あれからもう一つ意味が増えてる。
自分の誕生日で。
彼女と付き合い始めた記念の日で。
僕たちが…家族になった記念日でもある。
そして、この日がこんなにも、僕にとって幸せな日になったのは、きっと誰もが知ってる、もう一つの意味のおかげだった。
記念日が重なると、損した気分になる事もあるけど…でも、こういう事もある。
昔は、あまり好きでは無かったこの日。
今では、一年で一番大好きな日だ。