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8.告白

「それじゃ気をつけて帰れよ」


 出席簿を手に担任が教室から足早に立ち去ってゆく。


 結局5、6時間目もがっつり寝てしまった。眠気は完全に吹っ飛んだけど、今度は夜眠れるか心配だ。まー明日は土曜日なんで夜更かししても何ら問題は無いんだけどね。


 放課後の喧騒の中、朝よりもだいぶ軽くなった鞄を手に、オレは立ち上がった。今日も和人と叔父の店に顔を出しに行きますかね。


「和人――」

「悪い、今日は用事があって。先帰っててくれ」


 あれ。たまにはそういう日もあるか。


 少し考えれば何の用事かすぐわかったことなのに、オレは何故かそれを考えようとしなかった。


「はい、また明日ね」


 ひらひらと手を振る和人の横を通り過ぎて教室を後にする。


 ……1人で帰るなんて、いつぶりだろう。


 普段なら女子グループにカラオケやスイーツに誘われたりするのだけど、週末だというのにそういうのも無いらしい。理恵ちゃんもテニス部の面々に連れて行かれてしまった。珍しいこともあるものだ。


 昇降口で上履きから靴に履き替える。1人で居るオレが珍しいのか変に視線を感じる。やっぱりセット扱いなんですかね。


 つま先を地面にコンコンと当てて靴を整えていると、横合いから声をかけてくる人影があった。


「あれ、九重さん1人なの? 珍しいね」


 たしか同じクラスの田中だったか。田中 大将(ひろまさ)、ヤンキースの投手のパチモンみたいな名前してるんで覚えてる。わりとチャラい見た目をしていて、いろんな女の子を取っ替え引っ替え遊び回ってる印象がある。そのうち刺されるんじゃないかな。


 無視してしまおうかとも考えたけど、一応クラスメイトだし、それはちょっと感じ悪いか。


「うん、珍しく誰とも予定合わなくて」

「あはは九重さんもぼっちなんだ。俺と同じだね」


 おいお前と同じにすんな。お前が男子からハブられてんのは女遊びばかりしてるからだろ。つうか今思い出した。こいつのあだ名ヤリチン王子だ。王子なのは野球繋がりなのか? さいてょ風評被害じゃん。


 それにしても、距離が近い! なんだこれオレ、ロックオンされてんのか? パーソナルスペースとか完全無視して踏み込んで来てるだろ。馴れ馴れしいにも程がある。


「おっと、ごめんね」


 田中がすっと距離を取った。付かず離れず不快にならないぎりぎりの距離感。一度ぎりぎりまで近づくのはこの距離感を測るためなんだろうか。だとしたらすごい技術だ。


「せっかくだし、ぼっち同士いっしょに帰らない?」


 何かせっかくなのかわからないけど、人懐っこい笑みを浮かべながらそんなこと言ってくる。なるほど悪感情を抱かせない笑みだ。免疫のない女の子には効果的かもしれないな、なんてことをさめた頭で考える。


「どうせ断っても付いてくるでしょ」


 ぶっきらぼうに返して歩き出すと、彼は少しきょとんとした後、慌てて後についてきた。


「待って待って。ついでにどこか寄って行かない? 奢るよ」


 非の打ち所の無いキラキラした笑顔でそんなことを言ってくる。ああ、なんて胡散臭い。


「遠慮しとく。今日は叔父の店に行こうと思ってるから」

「叔父さんのお店? 興味あるね。何をやってるの?」

「駅から5分くらいのところにゲームセンターあるでしょ」

「あるけど、それがどうかしたの?」

「そこ。叔父の店だから」


 何が意外だったのか。ヤリチン王子はしばし立ち止まった後、また慌てて走って横に並んできた。


「あの噂、本当だったんだ」

「噂?」

「九重さんがよくゲーセンで補導されてるって噂」


 あー……。いや、でも噂になるようなことなのかこれ? あと少しだけど間違っているから訂正しておくとしよう。


「生徒指導部にしょっぴかれることは多々あるけど、補導は無いよ」

「それを補導って言うんじゃないの?」

「補導は警察がすることであって、生徒指導部のはあくまで指導だよ」


 捕まると反省文書かされたり、掃除を手伝わされたりするんで避けたいところ。幸いなことに、そんなに見回りの頻度自体が高くないのと、意外と情報が漏れるので回避出来ることが多い。それでも捕まるときは捕まるんだけどさ。


 そんなやり取りをしているうちに叔父の店の前に到着。重たいガラス扉を押し開けて中に入ると、後について入ってくるもう1人。


「店の中まで付いてくるんだ……」

「ちょっと興味がわいちゃった」


 お前が興味あるのは女の子の服の下だろ。帰れ帰れ。


 カウンターには叔父さんではなく若い女性が座っていた。知らない人だ。新しいアルバイトだろうか。店員であることを示す名札には中村と手書きの丸い字で書かれていた。


「今日は店長おやすみですか?」

「あら……? ずいぶんかわいい子が来たわね。店長の知り合い?」

「店長は叔父です。はじめまして九重 響です」

「あなたが響ちゃんね。店長から聞いてますよ。後ろの彼は結城くん……?」


 叔父は一体何を話したんだろう……?


「違います。勝手に着いてきたよく知らない人です」

「うわ、九重さんひどくない?」

「邪魔なんでこの人の面倒見てて貰えますか?」

「そういうサービスはやってないんだけど……」


 苦笑する中村さん。ここのバイトとしては新人だが、接客自体慣れているのだろう。無茶振りにも慌てずに対応している。


 中村さんと連絡先を交換して登録する。叔父はメッセージを送っても2日後に既読になったりとにかく反応が遅い。このお店に関することで連絡を取りたい時、中村さんは頼りになるはず。あと、隣でなんか俺も俺もと騒いでいるのは無視してしまおう。


 オレには相手してもらえないと悟ったのか、中村さんと話はじめたヤリチン王子は放置してレトロゲームコーナーへ。目的は昨日見たグラディウス。隅のほうのトリオザパンチが入っていたアストロシティ筐体がグラディウスに変わっていた。やっぱりゲーム好きとしては実機で一度プレイしておきたいし、出来ればノーコンティニューで1週クリアしたいものだ。


 筐体前の椅子に座り、鞄から薄手の白い手袋を取り出してつける。これからレバーに触れるための儀式のようなもの。テンションが高まる。まぁ実際は手荒れ防止なんだけど。こういうのは気分だから。


 財布から50円を取り出して筐体に投入する。軽快なクレジット投入音を聞いてそのまま1Pボタンを押す。


 広がる宇宙空間にアルペジオを主体としたBGMが流れ出す。このゲームが作られたのは1985年。古いゲームだ。自機の弾が画面に2発しか打てないなんて、最近のシューティングに慣れた人では考えられないだろう。


 出て来る敵の編隊を倒して赤いカプセルを取る。まずスピードを1段階アップ。


 このゲームのパワーアップで独特で、画面下にゲージがあり、赤いカプセルを取るごとに左端から点灯し、パワーアップボタンを押した時に点灯しているパワーアップが行われる。ゲージは左からスピードアップ、ミサイル、ダブル、レーザー、オプション、バリアとなっていて、さっきカプセルを1つとってパワーアップボタンを押したのでスピードが1段階上がったわけだ。


 初期状態の自機はとにかく貧弱で移動も遅い。移動の遅さは絶望したくなるレベルなので最低でもスピードは1段階上げておきたい。


 どんどん敵を倒してカプセルを回収してオプションを取得する。このオプションは自機を追尾して動く赤い玉で、自機と同じ攻撃をしてくれる。つまり攻撃力が倍加するわけだ。


 ここでBGMが変化する。軽快なリズムのステージ1専用BGMに聞き惚れながらレバーを動かしてゆく。


 オプションの次はミサイル、そしてレーザーを取得。途中の山の間にある空間を通って5000点……と思ったけど点が増えない。なんでだろう? スピードをもう1段階アップさせてから、あとはオプションをひたすら増やしてゆく。


 それにしても敵の弾は少ないのにすごく避けづらい気がする。地形があるせいだろうか。弾を多くしすぎると処理落ちが酷くなるからか、少ない弾を効果的に使おうとする知恵を感じる。今のシューティングは処理落ちをわざと発生させているけど、昔は本当の意味での処理落ちだったみたいだし。


 オプションを3つに増やしたところで火山に到着。横一列にオプションを並べて火口から出たばかりの溶岩? を即破壊していく。何故か1発だけ左上に抜けていったけどそういうものらしい。


 火山が終わったらすぐにステージボスのビッグコア。正面にしか弾を撃たないので簡単なボスだ。安全第一で20秒程度で処理完了。この調子でステージ2もさくっといっちゃいましょう。





 実機初プレイは結構いいところまで行けたと思う。具体的にはステージ5、触手ステージの中間地点を超えるところまでノーミスだった。触手ラッシュ地点を抜けて、さぁビッグコアと思ったら、唐突に下からせり上がってきたビッグコアに体当たりされ藻屑になって中間地点へ。は? って声が漏れた。


 1周目だというのにパワーアップ無しからの復活はとても難しく、7機もあった残機もあっという間に消え失せてゲームオーバー。復活パターンは覚えないとどうしようもないかも。それよりノーミスクリアのほうが簡単そうだけど。


 さて、1コイン2クレなのでコンティニューして復活パターンを探ってみるか、それとももう一度頭からやるか、カウントダウンを見ながら考えていたところだった。


「九重、ゲームは終わったか?」

「コンティニューするか頭からやるか、考えて……まし……」


 振り返るとそこには生徒指導部の腕章をつけた先生が居るではないですか。昨日オレの頭を出席簿の角で叩いたヤツが。いつも通りの不機嫌そうな顔で。


「えっと……物理の時間じゃないですよ……?」

「先生も好きで九重に物理攻撃してるわけじゃないんだ。大人しくしてくれるか?」

「……はい」


 ゲームもやってたし、叔父も居ないし、叔父と話に来ただけという屁理屈での回避は通用しなさそうだ。

 周りを見ればすでにヤリチン王子は居ない。気配を察して逃げたか。


 ……仕方ない。大人しく連行されますか……。





 酷い目にあった。反省文からの校長室掃除のコンボ。反省文書かせても反省してないんだから意味無いと思うんだけどなあ。反省することでも無いし。それにしても校長室にこれ見よがしに置かれてるトロフィー。あれ破壊したい。DECOの横スクロールアクションなら壊せばきっとひよこが出てきて画面を走り回るはず。ひよこかわいいよね。まあそれをデリシャスって言いながら食べて体力回復するんだけど。


 ゴミ袋を手に校長室から出てゴミ捨て場に向かう。ネットをかけられたゴミ袋たちが転がっている中に、校長室のゴミ袋をリリースする。きっと明日の朝にでも回収されるだろう。


 あとは教室においてある鞄を回収して帰るだけ。ちょっと埃っぽくなったスカートをはたいてから校舎に戻る。


 それはきっと偶然だったんだと思う。和人の姿を見つけて声をかけようとした時、その手に何かが挟まれていることに気がついた。今日の昼休みに受け取っていたあの手紙。それを持って何処へ向かおうと言うのか。


 興味を持ったオレはこっそりと後をつけることにした。和人は中央階段に出るとどんどん上へ登ってゆく。この階段だけがこの校舎の屋上に通じている。おそらく目的地は屋上だ。時刻は午後5時。何のためにこんな時間に?


 屋上への扉が開く音が聞こえた。扉から入る西日が少しの間階段を明るく照らす。完全に扉が閉まるのを確認してから、オレは扉の前に移動した。


 さてどうするか。見回すと換気扇が見えた。あそこから屋上の様子を見ることができそうだ。少し位置が高いけれど、使われていない机がいくつか積まれているし、それを使わせて貰うとしよう。


 机を1つ換気扇の下に移動させてその上によじ登る。都合のいいことに換気扇が目の高さぴったりだ。回転する羽の隙間から2人の男女の姿が見えた。


 1人はもちろん和人だ。そしてもう1人――。


 夕日が彼女を後ろから照らしていた。長い黒髪が風に舞っている。長身のモデル体型に乗っている小さな顔は、いつもの自信に溢れた様子ではなく不安気に揺れているように見える。


 佐藤 楓。彼女の名前だ。





 以前どこかで見たことがあると感じた理由。それは彼女が生徒会役員だったからだ。書記という目立たないポジションであったせいか、なかなか思い出すことが出来なかった。


 素行よし、成績よし、器量よし、悪い噂も聞かない優等生タイプ。実際はオレにちょっかい出してきたあたり、鬱屈としたものも抱えてるんだろうけど、表には出していないのだろう。評判は良い。


「すいません。生徒会の業務があるのでこんな時間になってしまったことを、まずお詫びさせて頂きます」

「気にしないでください。大変なのはわかりますから」


 彼女と和人の声が聞こえてきた。換気扇の音に遮られるかと思っていたのだけど、意外なことにはっきりとまではいかないものの、きちんと聞き取ることが出来た。


 しばらく続く他愛のない雑談。オレの位置からは和人の顔は見ることが出来ない。でも彼女の顔はよく見えた。


 輝いていた。キラキラと眩いばかりに。彼女は恋をしている。そういうことに疎いオレにだってわかるくらいに。


 西日が夕日に変わり始めたその時、不意に会話が止まった。雰囲気が変わる――。


「……はじめはただの好奇心だったんです。すごい世話焼きの男の子が中等部に居るって聞いて」


 そして彼女は語りだした。


 彼女の口から紡がれてゆく言葉。切々と、縷々と、思いの丈を口にしてゆく。目にしたこと、感じたこと、その一言一言に想いが詰められていた。


 身振り手振りを加え、まるでドラマのような盛り上がりで綴られる告白。


 そう――これは告白だ。


 これはオレが聞いていいものではない。その筈なのに目が離せない。いつの間にか喉はカラカラに乾いていた。


 やがて彼女は押し黙る。世界から音が消えたような気がした。静寂は長かったのか短かったのか。


 彼女は胸に手を当てて深呼吸をした。決意に満ちた表情でまっすぐ前を見据える。そして――。


「……結城 和人さん。あなたが好きです」

「……ありがとう――」


 オレは脱兎のごとく駆け出していた。物音を立てることも厭わずに、机から飛び降り、階段を1段飛ばしで駆け下りる。途中足を踏み外しそうになったがどうにか堪えて、息を切らせながら自分の教室に駆け込んだ。クラスメイトが誰も残っていなかったのは僥倖だ。


 椅子に座って息を整える。心臓がばくばくと嫌な音を立てている。見る人が居れば、顔が真っ青だと指摘されたかもしれない。あいにく誰も居ないし鏡も無いので自分の顔色なんてわからないけれど。


 怖い。何がなんだかわからないけれど怖い。オレは何にこんなに怯えている? オレは一体何を見た? 佐藤 楓が告白して、和人がそれを受けた。受けたように見えた。なんだ、喜ばしいことじゃないか。祝福してあげなきゃ……祝福して……。





 いつの間にか、オレは帰宅していた。帰巣本能というのは馬鹿にできないみたいだ。人間に帰巣本能があるかはさておき。


 玄関で遭遇した姉は、オレの顔を見るなり唖然とした表情になった。相手をする気力が無かったので、何かを言おうとするのを手で制して自分の部屋へ向かう。


 鞄を放り出して、そのままベッドに倒れ込む。制服がシワになろうがどうでもいい。何もする気が起きなかった。

 山の間の空間を通過することで得点が入るのはファミコン版だけだったはずです。

 5面中間地点からの復活は地獄。パワーアップカプセルが出ないんですよ。


 受験は第二志望はすでに合格済なので大丈夫です(?

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