閑話 6-4.オンユアマーク
ええと、ゴールデンウィーク……何週目?
プレハブの更衣室は、思っていたよりも快適だった。
まだまだ暑さが残る9月の半ば。天気も良いし、ある程度覚悟完了していたのだけど、学校としてもさすがに熱中症は怖いらしい。唸りを上げるエアコンに感謝を捧げる現実逃避をしていると、いつのまにか着替え終わっているのだから楽なもの。
……着替えを手伝ってくれた服飾部の方々は、楽じゃなかったと思うけど。とりあえず頭をぺこりと下げておく。
グラウンドに隣接するこの更衣室は、普段は運動部の女子更衣室として使われているようだ。似たようなものとはいえ、今日のお役目は仮装リレーの女子更衣室と待機場所。
ふと、壁の時計を見上げると13時10分を指していた。
「……もうすぐじゃん」
仮装リレーは午後の部最初の競技となっている。
走者の準備に時間がかかるため、まとまった時間が取りやすいお昼休みの後に置かれているようだ。
午前を終えた時点で、赤組274点、白組282点と得点はほぼ互角。各学年4クラスのうち、A、Bクラスが赤組、C、Dクラスが白組となっている。ちなみに、自分も和人も1-Aなので赤組である。
仮装リレーはクラス対抗なので、この更衣室では他3クラスの女子走者も、体操服からウエディングドレスへお色直しの真っ最中。複数人で囲んで、あっと言う間に剥いて、コルセットを締め――。
「やだ。コルセットやだぁ」
「落ち着いて九重さん。あれは貴女のおなかじゃないのよ。ほら、あっちを向いてましょう」
「ひどいことしない?」
「大丈夫。貴女はもう着替え終わってるでしょう?」
「…………うん。えっと、あれ? ここは?」
なんだか一瞬意識が飛んでいたような。
釈然としないまま首を傾げていると、背後から声が聞こえてきた。
「こちらも終わりました」
どうやら全員着替え終わったようだ。それぞれAライン、マーメイドライン、ミニと別々のデザインを身につけている。プリンセスラインの自分を含め、こうして見ると実にバリエーション豊かで面白い。
トップスはどれもオフショルダーではあるけれど、胸元のカットの差に加えて、ビジューやレースのあしらい方でしっかりと差別化を図っている。そういえばちょっと前、日常のコーデとしてオフショルが流行っていたような? 鎖骨と肩を強調するデザインで、デコルテをすごく印象的に見せてくれるのがポイント高い。
二の腕まであるレースの手袋は残念ながら共通アイテム。これ、綺麗だけどチクチクするのはどうなんだろう。
難しい顔で手袋を見ていると、福池さんがブーケをその上に置いてきた。
「試着の時にも言いましたが、ブーケは両手で持ち、おなかの前で支えるようにしてください」
「……こうですか?」
「……誰かを刺しそうな気がするんですが、まあいいでしょう」
グラブルではブーケは剣だから(震え声)。なお、パイナップルは格闘である。グラブルなんもわからん。
「ところで、この格好でどうやって走るんです?」
異様に長いスカートをつまんで言うと、きょとんとした顔で返された。
「走りませんよ?」
「……うん?」
おかしなことをおっしゃる。
「仮装リレーですよね?」
「仮装リレーですね」
おかしいのは自分のような気がしてきて、周りをぐるりと見回せば、ミニのドレスで脚線美を晒す女の子と目が合った。
「あ、どうも」
逸らされた。
「ほら、彼女もミニが有利だと思ってる!」
「無理矢理巻き込むのやめてよ!」
「いや。だから、走りませんよ? 走るのは男子の仕事です」
おかしな情報が飛び出した。思わず福池さんをガン見したのも無理はない。しかし彼女は、こちらがゲロった時にも動じなかった女である。
「ああ、すいません。こちらの話でした」
「…………あの?」
「大丈夫。すぐにわかりますよ」
この人が大丈夫と言う時は、大丈夫では無いことを先日経験したような気がするのだ。科学ノ進歩ニ犠牲ハツキモノデース。サクセスモード失敗確定のヤバいヤツ。
追求するべきか。迷ったのはそれほど長い時間ではない筈だ。もっとも、そんな時間は最初から用意されていなかったわけで。
チャイムが聞こえた。午後の部の始まりを知らせる音だ。
「時間ですね。着いてきてください。部員の皆さんはトレーンの補助をお願いします」
ドアに向かう福池さんに続き、部屋中が慌ただしく動き出す。服飾部の女の子たちも、地べたを這いずるスカートをぐいと持ち上げ、オレの手を引きエスコート。見た目だけは完璧な花嫁たちの出陣だ。
情報不足もなんのその。リハーサル無しの一発勝負。
こうなったらもう、腹を括って楽しんでやろうと思うのだ。
なにせ頑張るのは和人の役目っぽいし。成りゆき任せで強く当たって、後は野となれ山となれ!
……ところで、走らないなら応援でもしてればいいんですかね?
ブッブー。正解はバトンでした。
正しくはバトンの代わりに運ばれる役である。
場内アナウンスによれば、3年生、2年生、1年生とバトンを繋ぎ、1年生男子は途中からペアの女子を抱えて走るとのこと。
「バカなのでは?」
なお、3年生は着ぐるみ、2年生はなんだかよくわからないハロウィンで普通に走るだけらしい。
更衣室を出てグラウンドのトラックへ立ち入ると、周囲のざわめきが明らかに大きくなった。それもそのはず。こちとらヴェールにブーケまで完全装備の花嫁(コスプレ)である。なんというか、1年生だけ気合い入りすぎではなかろうか。
『おっと、これは凄いですね。ウエディングドレスを着ると婚期が遅れると言われてますが、きっと余計なお世話でしょう』
ほんとだよ!
スピーカーからの声に心の中でツッコミつつ、遠く離れた和人の方へ視線を向けるとサムズアップで返された。付き合いが長くてもわからないものはわからない。たぶんアイツ何も考えてないんだけど。
移動の補助をしてくれた服飾部の女の子たちが、トラックの外へ向かう。
――位置について、用意。
スターターが大声を上げ、右腕を高く掲げた。観客や生徒たちの会話はまばらになり、緊張感が高まってゆく。第一走者の着ぐるみたちが思い思いの姿勢でスタートに備える。
やるからには勝ちたいわけで、我らが特攻野郎A(クラス)チームのくまモンには頑張って欲しいところである。他レーンにいるぐてたまやひこにゃん、ミッ……名前を言えない資本主義のネズミよりは走りやすいだろうし。ハハッ。あぶない。
空砲が大気を震わせる。さあスタートだ!
相変わらず次未定です。気長にお待ち下さい。
ここから先のプロットに「なんだかんだで感動的にゴールして大団円」って書いてあるんですけど、はたして2年前の自分は何を考えていたのかなって……。