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閑話 6-3.地獄

 ――ゴールデンウィーク4週目(グラブルのアレと同じ理論で


 あ、これ書き忘れてましたけど、9月頃の話です。

 響は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の服飾部長を止めねばならぬと決意した。響にはドレスがわからぬ。響は、高校生の女子である。ゲームをし、アーケードで遊んで暮らして来た。当然ながら根性は、人一倍軟弱であった。







 お風呂から上がるとパジャマに着替え、オレは自分の部屋の扉を勢いよく開け放った。


「ちょっと聞いてよ和人!」

「お帰り。ってうわ、水滴落ちてる。ちゃんと拭いて来いって」

「いいじゃん。どうせ乾かすんだし」

「俺がな」


 呆れたように言いながらも、ドライヤーを持ってスタンバイしてるのがコイツの良いところだろう。


 ベッドに腰掛ける和人の前に、後ろ向きでぺたりと座ると、すぐにドライヤーのモーター音が聞こえてきた。頭頂部のあたりに小刻みに揺れる温風を感じる。髪を梳く手がくすぐったいのに心地よい。


「そんで、何があったんだ?」

「今日は仮装リレーの衣装の試着があったんだ」

「まあ、良く知ってる」


 俺も走者だし。と続けるのを聞き流し、前髪を引っ張って長さを見る。


「なんか服飾部の部室に連れてかれてさ」

「ファイヤーマンズキャリーみたいに運ばれてたな」

「単純に試着して終わりだと思うじゃん」


 普通なら。


「……あー、なんだ。つまり、そうじゃなかったと」


 戸惑うような和人の言葉に重々しく頷いて、あれからのことを思い出す。


 苦痛、悲鳴、喉元にこみ上げる何か。そして――。


 遠い目になった。


「…………地獄を見たんだ」


 小刻みに揺れていたドライヤーがぴたりと止まった。


「…………響さん?」

「ドライヤーちょっと熱い」


 和人が慌てて送風口を遠ざける。


「ああ。すまんすまん。それで、衣装の試着の話だったよな?」

「うん」

「……どこに地獄要素が?」


 ごもっともな話である。


 とはいえ、どこから説明したものだろう。運営委員さんの武勇伝や、ドレスの説明は飛ばしても良さそうだ。


「……えっと、コルセットって知ってる?」

「なんか腹巻みたいなやつ」

「……だよねえ。間違ってはないんだけど、コルセットって、腰を細く見せるために締め付けるものでさ」


 意味もなく弄っていた前髪から手を離し、ため息混じりに口を開く。


「……それを着けることになって、でも最初は良かったんだ。ちょっとキツイなってくらいで」

「ふむ」

「着るのを手伝ってくれてる子たちも、こんなもんかなって空気で。じゃあ次行こうかって時に」


 和人がオレの髪を一房づつ手に取って温風を当てる。やりやすくなるように頭を少し傾けると、余計なことをするなとばかりに押さえられた。最近扱いが雑だと思います。


 抗議の意味を込め、無意味に首と腕の力比べをしてから会話に戻る。首が二階級特進しそうだった。


「……まあいいけど。ええと、おかっぱの……福池さん。あ、服飾部の部長さんね。彼女がこう言ったんだ」


 たぶん、悪気は無かったんだと思う。


 その中足ガードしてからスパコンで反確なのにやらないの? くらいのつもりだったのだ。きっと。


「こういう子を、針金みたいに絞るのがいいんじゃないって」

「……針金」

「謎のスイッチが入った女の子たちに凄い力で絞られて。痛いって言ってるのに大丈夫の一言で。おなかに肋骨は無いから安心ねとか言われても内臓があるんだよ。だから、こう、お昼に食べた海苔巻きチキンが」

「…………出ちゃったのか」

「…………うん」


 部屋の中がお通夜になった。


 ぎゅっと、膝の上で握る手に力がこもる。


 あのおかっぱは絶対に許さない。メロスだって激おこである。とはいえアイツは常に怒ってるか走ってる印象がある。


 それからしばらく、髪の毛が乾き切るまで二人とも無言だった。ドライヤーとエアコンの音が、ただ耳に痛かった。


 死んだのは女の子としての尊厳だ。男の子としては4年前に物理的に死んだ。女の子としては今日、社会的に死んだ。享年16歳。喪主を務めるのは、恋人の結城 和人さん――。


「……だから地獄だって言ったじゃん」

「……どうして、そうなっちまったんだろうな」


 優しく頭を撫でられて、涙が溢れそうだった。


 背中を預け、甘えるように親友に寄り掛かる。温もりが欲しかった。見上げると、和人は天を仰いでいた。


「ついにゲロイン属性まで獲得か……」


 ほんとに泣くぞこんちくしょう!






 コルセットはトラウマになった。


 当然である。仕方ないのでよりマイルドなものを求めてしまむらへ。店員さんと相談の結果、ウエストニッパーなるものを購入し、無事にドレスの試着を終えることが出来た。しまむらほんと何でも揃う。


 それにしても、ウェディングドレスのスカートは長すぎやしないだろうか。特に後ろ側。引きずることに意味があるかは不明だが、どう考えても走れない。


 あと重い。本当に重い。全ての重量が腰にくる。本体とインナー、それにヴェールとブーケで5キロを超える地獄の女子力養成ギブス。白鳥は水面の下で必死に足を動かしているのだ。


「……着替えるか」


 朝のアラームが鳴る前にベッドから抜け出して、レモンイエローのパジャマを蝉の抜け殻のように床に落とすと、クローゼットから着替え一式を取り出した。


 薄くて頼りないスリップ。少し袖の長いブラウス。逆合わせのボタンも、スカートのホックも、意識せずとも留められるようになってきた。


 リボンタイを結ぶのは、まだちょっと不得意だけど。


 寝ている間にぼさぼさになった髪にブラシを通していると、誰かが階段を登る音が聞こえてきた。


「起きてるか?」

「うん。着替え終わってるし、入っていいよ」


 起こしに来た幼馴染にドア越しで返事をする。お互い油断してるとたまに事故るのはご愛嬌。


「いや、朝メシ食べてからまた来るわ」

「それもそっか」


 和人が起こしに来て、お互いの家で朝ごはんを食べてから再合流するのがいつものパターン。家が近いとこいうとき便利である。ほんとお世話になっております。


「それにしても、普段なら爆睡してるのに珍しい」

「……正直ちょっと気が重くって」

「……リレーは、まあ、そうだよなあ」


 あまり良く眠れなかったのだ。


 いろいろと話を聞く限りこの仮装リレー、男子はタキシード、女子はウェディングドレスを着るらしい。


 もともと生贄を選ぶ時点でカップルが望ましいという通達があったとか。欠席裁判どころの話じゃなかった。リア充死すべし慈悲は無い。いっそのことハイクを詠めばカイシャクして貰えたりしないだろうか。


 だってこれ、考えてみるとめちゃくちゃ恥ずかしい――。


 今日は土曜日。体育祭当日。ぶっつけ本番の仮装リレーが待っている。

 女子力(物理

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