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閑話 6-2.予想外

 自分の中ではまだゴールデンウィークなのでセーフ!

 丸く、床に広げられたドレスは、浜辺に打ち上げられたクラゲのように見えた。


「今回は貸衣装屋さんのご厚意で、処分予定のウェディングドレスを回して頂きました。どれだけ汚しても問題無いそうです」


 ドレスを囲む数名の少女たちに混ざり、説明を続ける体育祭運営委員の女子生徒。どうやらこのドレスは彼女の交渉の成果であるようだ。


 ちょっとした武勇伝を右から左に聞き流し、あらためてドレスに目を向ける。


 ――失意の採寸から一週間が過ぎた。


 何を着せられるのかも知らぬまま、後は体育祭を待つばかり。かと思っていたら、衣装のサイズ確認と、必要であれば直しが行われるとのこと。放課後になった途端、気が付けば服飾部室へ拉致されて、クラゲさんとご対面。


「クラゲさん……」

「なにか?」

「あ、いえ。なんでもないです」


 クラゲさんの正体はウェディングドレスでした。なんて、さすがにこれは予想外。


「でも、結構高いんじゃないですか? ウェディングドレスって」

「処分予定となると、売っても5000円くらいにしかならないみたいで、それなら体育祭で使って宣伝して貰えた方が、という話のようです」


 ゲームソフト1本より安いとは。


 光沢のあるその生地は、本来よりもくすんでいるのかも知れない。精巧なレースには、どこかほつれがあるのかも知れない。じっと目を凝らしてみるものの。


 素人目には全くわからないんですが。


 とにかく、走りにくそうという感想だけは正解な気がして、それはそれで難儀な話だった。


「……これを着て走れと?」

「他にもヴィクトリア王朝風のドレスやボンテージなどがありますが、ボンテージをご希望ですか?」

「三度のメシよりウェディングドレスが大好きです!」

「そうですか。それは良かったです」


 良かったかなあ……?


 首を傾げてしまうものの、考えてみれば露出度の高いものや着ぐるみなんかより、だいぶマシなのではなかろうか。


 それどころか、なかなか得難い機会にも思えてきた。


 正直なところ仮装リレー自体あまり乗り気では無かったのだけど、予想外を目の前に興味を惹かれている自分が居て。


 女の子なら誰もが憧れる、かどうかはわからないが、機会があっても一生に数回、大抵は1回が良いところなレア衣装。


 どうせなら前向きに。きっとその方が面白い。


「それで、どうやって着るんですか?」

「……そうですね。あまり時間もありませんし、あとは服飾部のみなさんと進めて頂ければと思います」


 突然雰囲気が変わったこちらに、少し困惑した様子の運営委員さんだったが、やる気になる分には問題無いと判断したのだろう。


 彼女に促され、一人の女子生徒が前に出る。


 顎のラインで切り揃えた黒髪がふわりと揺れた。


「改めまして、部長の福池です」

「九重です。よろしくお願いします」


 本日二度目の自己紹介。ついでにもう一度頭をぺこり。


 いまいち顔と名前が一致しなかったので助かった。名前を間違えたときの空気は、コミュ障に死をもたらすのだ。


 そんなこちらの事情はさておき。彼女は顎に手を当て少し考えると、ドレスを囲んでいた部員たちに指示を出す。それからこちらに向き直った。


「まずは服を脱いで貰える? 脱いだ服はそこのカゴに入れて貰えばいいから」

「スリップは?」

「脱いで。恥ずかしいかもしれないけど下着だけで」

「わかりました」


 異性の目があるわけでも無いし、制服の上からドレスを着るのも何か違う。大人しく専門家の意見に従うのが良さそうだ。


 リボンタイとブローチをカゴの中へ追いやって、袖のボタンを外してから襟元へと手を伸ばす。


 放課後の部活の掛け声や、誰かが何かを運ぶ音に混ざり、自分が服を脱ぐ衣擦れがやけに大きく聞こえた。今までのやり取りにおかしなところは無い筈なのに、一人だけ下着姿という非日常になんだか喉が渇いてくる。というかこれ、えっちな本の導入で見たことがあるような無いような。


 和人は隠せているつもりでも、アイツのPCのそういう本の保存場所はあらかた発見済みである。全てを知った上で、見て見ぬふりをしてあげるのも優しさだと思うのだ。


 なんて。


 馬鹿な考えを頭を振って追い払う。ブラウス、スカート、スリップの夏服3点セットを収めたカゴに別れを告げて、乱れた髪を手櫛で軽く整えてから声をかける。


「終わりました」

「ではこちらに。それと、当日のブラはストラップのないものでお願いします」


 一つ頷いて、あとは促されるまま服飾部の少女たちのもとへ。見知った顔が無いせいか変に緊張してしまう。やる気はあっても借りてきた猫は借りてきた猫なのだ。


「よろしくお願いします。その、ドレスを着るのは初めてなので……」

「そのために私たちが居るんです。それに、このタイプのドレスを一人で着るのは難しいんですよ。コルセットを絞めるにしても他人の手が必要になりますし」

「コルセット?」

「これです」


 机の上に置かれたプロテクターのようなものがそうらしい。


 ロールプレイングゲームの防具として登場しているのを見たことはあるけれど、なるほどたしかに防御力は高そうだ。


「もっとも、私は普通のブライダルインナーでいいと思うのですが……」

「もともとが信じられないくらい細いからね」

「記入ミスかと思ったくらい」

「プリンセスラインのドレスでは、腰は絞れるだけ絞った方が綺麗ですよ!」

「えっと……?」


 何のスイッチに触れてしまったのだろう。一度喋り始めると女の子たちは止まらなかった。


 ブライダルインナー? プリンセスライン? コネクトじゃないことだけは確かだ。


「とりあえず絞りますか」

「パニエのリング、付けておきますね」


 知らない単語にオプション装備。パニエはわかるけどリングとは? イオンリングとモアイの関係は? 考えがまとまらないうちにどんどん話は進んでゆく。


 ……どうしよう。


 気が付けば、あっという間に置き去りだった。


 目が回って、驚いて。なんだか勢いに飲まれてしまったのだ。


「大丈夫! 任せてください! 私たちが九重さんを完璧な花嫁に仕上げて見せます!」

「……………………よ、よろしくお願いします」


 この両手は、いつの間に握られていたのでしょうか……?


 かろうじて頷くことだけは、出来た気がした。

 3リングパニエは椅子に座るのも大変です!(座れると言われたけどワイヤーを歪めそうで怖い


 次ほんと未定で申し訳ない。

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