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閑話 4-5.半歩近い距離

 お腹が膨れたので、少し散歩をしてみようという話になった。


 こうして歩いてみると、秋葉原というのは本当にカオスな街だと思うのだ。


 元々は電気部品の街として始まって、その痕跡はガード下のラジオセンターに残っている。


 家電の街を経てパソコンの街になり、そこからゲームやアニメに繋がったのか、現在ではサブカルチャーの街としての姿が優勢であるようだ。


 そこら中でメイドさんがビラ配りをやってるし、ちょっと視線を動かせばエロゲの広告が目に入る。思わず理恵ちゃん向けなゲームの広告を探してしまうも、見つからないのは市場規模の違いだろうか。


 というかそれは、池袋方面に固まっている可能性が高そうだ。最近は乙女ロードよりも中池袋エリアが熱いらしい。


 ……そっちも行ってみたいんだよね。


 きっかけはほんの少しの好奇心。理恵ちゃんの策略でBLゲームに手を出して、今ではすっかり腐女子に片足を突っ込んでいるのだから、つくづく周りの影響の大きさに驚かされる。


 本当に変わったと思う。スカートなんか着てられるかと、わめいていたのも昔の話。今ではフリフリの服だって立派に着こなす女の子。


 さらに言えば、まさか隣を歩くコイツとこんな関係になるなんて、誰も予想出来なかったはずである。


 母さんと姉と、和人のお母さんの生暖かい顔が脳裏をよぎるのは何故なのか。


 ……予想、してたのかな。もしかして。


 むしろ手のひらの上で転がされていたような……? 外堀とかどこにも見当たらなかったし。


 ダメだ。考えると頭が痛くなってくる。


「やべえ。持ち切れないかもしれん」

「……何やってんの?」


 いつの間にやら和人の両手には、溢れるほどのチラシやティッシュが載せられていた。


「せっかくだから、来たやつ全部貰ってみたらこの通り」

「とか言いながらメイドさんに鼻の下伸ばしてたんでしょ?」

「マサカ。響サン一筋デスヨ」


 そうやってすぐに誤魔化そうとするのは、コイツの悪いクセだと思うのだ。


「マイナス1、と」

「……参考までに、何が引かれたんだ?」


 一転して真面目な声色で聞いてくる。


「好感度?」

「そんな簡単に減るのかよ!?」


 選択肢数回で攻略される、そんじょそこいらのチョロインと一緒にしないで頂きたい。


「放置しておくと爆弾が出ます」

「ときメモとか古いな!」


 なんであのゲームの女どもは、一度でも話し掛けられたら彼女面して、勝手にストレス溜め始めるのだろう。サイコさんじゃん。


「とりあえずそれ、鞄に入れるなりしちゃいなよ」

「無駄な荷物が増えてしまった……」


 ほんとだよ。それに手が塞がってるのは、困るというか何というか。そもそも手が空いていても難しいくらいなのに。恋愛初心者相手に難易度を上げないで欲しいものである。


 などとブラついてるうちに万世橋が見えてきた。歩いてみると意外に狭い電気街。


「どうしようか?」

「信号渡って真っ直ぐ行けば神田明神らしいぞ」


 日本三大祭りに数えられる神田祭で有名な神社で、最近はラブライブなどでも知名度を上げているようだ。


 なお、祀られているのは平 将門だったりする。


「ねえ和人。初詣ってどこに行ったっけ?」

「成田山」

「よし。将門公にケンカ売りに行こう!」


 神社仏閣数あれど、これほど解りやすい混ぜるな危険はあまり無い。


 というのも、朝廷に対して叛乱を起こした将門の討伐に、成田山新勝寺が関わっておりまして。


 もう1000年も前の話なのだから、いちいち対立を煽られるのは神様だっていい迷惑だと思うと同時に、そこに対立があれば煽らずにはいられないのも格ゲーマーの性である。


 和人の手を引いて歩き出す。今のは自然に握れた気がする。いざとなるときっかけが掴めなくて、手を出したり引っ込めたりしてたけど。こうやって前に出てしまえば赤くなった顔も見られずに済むし、ぎこちなさを隠すことも出来て一石二鳥と言えるだろう。


「そんなに急がなくても大丈夫だって」

「いいから。ほら」


 少し早くなった鼓動を隠すように、手を強く握り早足で、横断歩道を渡って行く。





 連敗だった。連戦連敗だった。


「なんでええええ!?」


 オレの手には、今しがた引いたおみくじが4つ握られていた。


 引いたおみくじの恋愛運……というか神田明神では縁談運なのだけど、それが『実らず』やら『まとまらず』やら、ことごとくネガティブという有様で。


 そのくせ和人が引いたおみくじでは、『大願成就するでしょう』なんて書かれているのだから落ち着いてはいられない。


「もうやめとけって!」

「男には譲れない戦いがあるんだ!」


 和人の制止を振り切って、再度おみくじに戦いを挑んでゆく。売り場の巫女さんの苦笑いは見なかったことにした。笑いたければ笑うがいい。


 差し出されたおみくじを、半ばひったくるようにして受け取りながら、胸に手を置き深呼吸。


「……来いっ!」


 もはや全体運や他の欄は無視である。おみくじ下部の縁談運に全てを賭けて、いざ尋常に。勝負!


「……相手の心変わりやすし、よく注意せよ」

「なんで俺睨まれてるんですかねえ……」


 告白の前に一週間以上ガン無視してくれたこと、まだ許したわけじゃないからな!


「というか、そもそも何が気にくわないんだ?」


 腕を組んで思案顔をする幼馴染。おみくじを見せ合うや否や、深刻な顔で引き直しを繰り返している様を見れば、疑問に思うのも当然の話だ。


「…………恋愛、ていうか縁談のところがさ」


 バカなことをしている自覚があるせいか、我ながらどうも歯切れが悪い。


「……なんだか上手く行かない内容ばっかりで」

「……そうだな。確かに、あまり良くは無かったな」

「でも和人のは違ったでしょ? すごくいいこと書いてあった」

「あー、まあ。たしかに」


 手の中のおみくじを畳んだり開いたり。


 下らないことのはずなのに、言い様も無く不安になる。未来のことなんて誰にもわからない。だからこそ、見えてる何かに縋りたくなるのだろう。


「……だから和人が、自分以外の誰かと一緒になっちゃうような気がして」


 誤解。勘違い。ちょっとしたボタンの掛け違い。


 佐藤先輩との一件を思い出す度に、遠火でジリジリと炙られているような気持ちになる。先輩が和人に告白してからの10日間。終わってみれば奇跡的に良い方向に転がったと言えるけど、全く別の結末に向かう可能性もあったのだ。


 同じことを思い出したのか、和人がバツの悪そうな顔をする。


 とはいえあの出来事が、オレたちの時計の針を進めたことに変わりはない。


 許してはいないけど、恨んでるわけでもない。滑稽なまでの遠回りとすれ違い。ただちょっと、二人とも不器用だっただけ――。


「あのー。盛り上がってるところにすいません」

「うひゃあっ!」「うおっ!?」


 二人の世界に入り込みそうになったところで、おみくじ売り場の巫女さんに現実へと引き戻された。


「他のお客様のご迷惑となりますので、売り場の前は空けておいてくださいね」


 至極ごもっともな話である。


「和人のせいで怒られちゃったじゃん」

「ええ? 俺のせい……なのか?」


 和人だけいい結果を引いてるんだから、間違いではないはずだ。たぶん。


 後ろに並んでいたお爺さんに頭を下げて、そそくさとその場から離れようとする。しかし、巫女さんにはまだ伝えたいことがあるようだ。


「それともう一つだけ」


 差し出がましいかもしれませんが、と前置きした上で彼女は続けて。


「望む結果が得られなかったときは、おみくじを結んで帰ることで、悪い運を神社に留めておけると言われてますよ」


 …………そうですね。


「だってさ」

「しししししし、知ってたし!」





 そうしてオレたちは、JR神田駅のホームに並んで立って、帰りの電車を待っているのだ。


 友達よりも半歩近い距離が、まだちょっとくすぐったい。


 あの後、おみくじを専用の場所に結んでから拝殿へ向かったはいいものの、もうすっかり将門を煽る気分ではなくなっていて。むしろ先におみくじでNDKされる側になっていたのが誤算だった。


「ちくしょう。覚えてろよ将門……」

「最速でバチが当たる様を見たわ」


 和人を肘で小突きつつ、おみくじ1枚分だけ重くなったバッグを肩に掛けなおす。


『今はまだ時ではない。周囲の理解が必要』


 ムキになっていると気付かないもので、実は悪くない内容が書かれているおみくじが1枚だけあったのだ。


「……急がば回れ、ってところかな」


 まずは、既に埋まっている外堀をバリアフリー化するところから始めよう。胃袋を掴みに行くのも良さそうだ。


「そういやさっきは何をお願いしてたんだ?」

「神さまへのお願いは、他の人に教えちゃいけないんだってさ」


 とりあえず、理恵ちゃんからの受け売りで返しておく。


「ほうほう? まあそもそも、ケンカ売りに来たヤツの願いを聞いてくれるかは疑問だが」

「……将門サンの器のデカさディスってんの?」

「声震えてんぞ」


 大丈夫だよね?


 ちょっと心配になるが、自分のはお願いというよりも誓いのようなもの。たぶんきっと、おそらく問題ないと信じたい。


『素敵な女の子になれますように』


 思えば遠くに来たもんだ。4年前の自分が聞いたら卒倒しそうな願いごとを、本気でしているのだから。


「そういう和人はどうなの?」

「他の人に教えちゃいけないんだろ?」


 特に大きな出来事があったわけでは無いけれど、たくさんの思い出を抱えて帰路に着く。


 デートなんて言われて、身構えていたのも来るまでだった。気が付いてみればそんなの忘れて全力で楽しんでいた有様で。


「ふあ……」


 不意にあくびが漏れた。


「疲れたか?」

「ちょっと寝不足なんだよね」

「ずいぶん遅くまで起きてたもんな」

「うん。だから」


 サイドポニーが重たいせいにして、コテンと左に寄りかかる。


「少し、肩借りるね」


 友達よりも、半歩近い距離だから出来ること。


 線路のずっと向こうから、帰りの電車が見えてくる。

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