閑話 4-4.間接キス
お次に向かった先は三階フロア中央部。
レトロゲームと対戦格闘ゲームのフロアど真ん中に位置するそれが稼働し始めたのは、もう25年も前のこと。
そんなゲームが未だに根強く、これだけの人にプレイされ続けているという事実。これはとても凄いことだと思うのだ。
自分たちの前に並んでいた人がSuicaを手に、負けて席を立った人と入れ替わりに着席する。なんと電子マネー専用で、SuicaやPASMOといった交通系のみならず、nanacoなどにも対応している。コインを入れるという儀式が消えるのは寂しいけれど、小銭から解き放たれる利便性も捨てがたい。
Here Comes A New Challenger !
プレイヤーがスタートボタンを押し、軽快なファンファーレとともにキャラセレ画面へと切り替わる。
そう。もはや秋葉原名物にもなりつつある10円スパ2X対戦台。25年を経てなお現役という、バケモノのような対戦格闘ゲームである。
目の前で、ガイルがダルシムの秩序を崩せずに余生を終えるのを見届けたところで、ついに自分の出番がやってきた。
ここまで来たからには一度は対戦しておきたいものである。料金がリーズナブルなのもあって、人も多いしレベルもかなり高そうだ。
「やば……緊張する」
「安定のお手々プルプル勢がおるな」
「繊細なんですー」
和人といつも通りのやり取りをしながら席に着く。旅の恥はかき捨て理論でちょっとだけ顰蹙を買ってみようかと。コイツに見つかる前にやり遂げなければ。
キャラセレ画面で、まずはリュウにカーソルをあわせて1秒待つ。続けてホークで1秒。さらにガイルで1秒。
「どうしようかなー? 迷っちゃうなー」
さすがにわざとらし過ぎるかと思いつつも、キャミィで1秒カーソルを止めてみる。ベガ立ち勢が僅かにざわつくがガン無視し、リュウにカーソルを合わせた時点で肩をがしりと掴まれる。くそっ。気付かれた!
「だがもう遅い――!」
「おっと手が滑ったァ!」
こっちがスタートとパンチ3つ同時押しをする前に、横から適当にボタンを連打する幼馴染。当然ながらコマンドは失敗し、選択されるオレンジ道着に思わず悲鳴をあげてしまう。
「なんてことを!?」
「Xの対戦台で豪鬼は禁止だ!」
ぐうの音も出ない程の正論である。
「……事故を装えば大丈夫かなって」
「お前ってビビりのクセに、そういう思い切りだけはいいよな……」
そんなことは、あるような無いような?
ゲームでも現実でも、迷ってばかりは損をする。ならば即断即決が望ましい。結果に責任が負えるかは別として。
それはともかく。リュウなら普通に使えるし、色をリスペクトして竜巻多めに立ち回ってみるのも良さそうだ。
「ケバブうめー」
大きく口を開け、ピタパンにサンドされた鶏肉と野菜にかぶりつく。ミックスソースの辛さがお肉と野菜の甘みを引き立てて、ジャンクフードはこうでなきゃという気持ちにさせてくる。
んー、と唸りながら思わず足をバタバタと。子供っぽいとは思うけど、動いてしまうのだから仕方ない。とはいえこの仕草は、目の前に座る幼馴染にはお気に召さなかったようだ。
「行儀悪いな!」
「全身で喜びを表現するところが可愛いって褒めるところでしょ?」
お昼からはだいぶ時間が過ぎてしまったが、おかげで上手いことイートインに入り込むことが出来た。結果オーライというヤツである。
和人はビーフケバブのビッグを、オレはチキンケバブのレギュラーを注文した。たしかコイツはホットソースだったはず。ミックスはホットとマイルドのブレンドみたいだ。
「……タダで食べるケバブは美味いか?」
「最高」
ぐっと親指を立ててやる。
「いいんだけどさあ! 元々奢る予定だったし!」
「おばさんのお金だけどね」
茶々を入れると、和人は苦い顔をした。
「あーくそ。馬鹿やらかした。なんでナイストのスコアアタックで先手取ったんだ」
「覚えゲーのスコアアタックで先手とか、正直わざとかなって思いました」
結局勝負は3-1でこちらの勝利。反応速度はいいくせに、経験に無い場面では優柔不断になるところがコイツの欠点と言えるだろう。
つまり、初見でわからん殺しに徹するという、身も蓋も無い人対策が成立してしまうのである。
もっとも、やり過ぎると面白くないので程々に。
負けが先行した結果、最終的にあったまって自滅というのは、ゲーマーあるあるではなかろうか。
「風雲黙示録もカオスブレイカーもやったこと無えよ。なんであんなに動けてんだよ……」
「センスかな?」
カオブレのヴリトラ永久コンボは知ってたけど。簡単だし。
「いやー、それにしてもやっぱ空手とブーメランは頭おかしいね」
「ファミ通の開発者インタビューで、気が狂ってたって書いてあったな……」
やはり風雲黙示録は正気では作れない物であったか。
風雲拳――それは実践空手道とブーメランを組み合わせた全く新しい格闘技。
正直どうでもいいしケバブ美味しい。
「ねえねえ。そっちのビーフはどんな感じ?」
「結構がっつりと肉だな。食べてみるか?」
「じゃあ一口貰っていい? こっちも半分あげるから」
「ほいほい」
和人が手にしたままのケバブに顔を近づけそのままパクり。ホットソースと言うだけあって、後で舌がヒリヒリしそうな辛さがある。これはこれで美味しいけれど、マイルドな方が好みかなあ。
「よく考えるとこれ、間接キスだよね」
「おまっ……げほっ、ごふ」
和人が盛大にむせていた。
「大丈夫? お水いる?」
「あ、ああ。水はあるから大丈夫」
さっきまで飲んでいた水を差し出すと、スススと横に退けてくる。連続間接キストラップ失敗である。
「ちっ」
「……なんだその舌打ちは?」
とはいえ、このくらいならいつものことだし、狼狽えるようなことでも無いと思う。ペットボトルの回し飲みや、学食でのおかずのシェアなんて日常茶飯事。1つのクレープに2人で交互にかじりつくのもよくあることだ。それなのに、この慌て様は。
意外とコイツも、意識していたりするのだろうか。オレが女の子になってから4年間、おくびにも出さなかったようなヤツが? 付き合い始めたことで、何かが変わり始めたと言うのだろうか。
ひょっとすると、自分が考えているよりもずっと。
「けほっ……。お前人がむせてるの見て笑うなよ」
「違う違う。そういうんじゃなくて」
なんだろう。和人には悪いんだけど。
実は結構嬉しいや。
「これ、ピタパン焼けばあとは作れそうな気がする。でもお肉が普通のバラ肉になっちゃうか。あの樽みたいなお肉ってどうやって作ってるんだろ……?」
「……作れるのか?」
「うん。まあ、もどきでいいなら? いっそお店の人に聞いちゃう? それは負けた気がするし……」
「何にせよ、お前が楽しそうで何よりだわ」