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閑話 4-2.待ち合わせ

 実際のところ、デートとは何なのだろう。


 国語辞典によれば、男女が時間や場所を決めて会うことを呼ぶようだ。


 でもそれだと、友達として遊びに行く場合もデートになってしまう。厳密には恋愛目的のもののみをデートと呼ぶことが多いとのこと。


 とはいえ今回のお出かけが恋愛目的かと言われると、非常に疑問が残るのも確かである。


 だって、秋葉原でゲーセン巡りをする以外の予定は、何も無かったりするのだから。





 夏の日差しに少しだけうんざりしつつ、駅前にある広場のベンチに腰を下ろす。


 空を見上げれば文句の付けようが無い晴天で。これなら一日中雨の心配は要らないだろうと無理矢理プラスに考えてみても、やっぱり暑いものは暑いのだ。


「失敗したかなあ……」


 デザインはかわいいんだけど、ちょっと生地が厚いんだよねこのブラウス。


 そのぶん透ける心配は無い。キャミソールやらスリップやらシュミーズなどのインナーの類も必要ない。あとは通気性さえどうにかなれば。


 第一ボタンを外してパタパタと風を送りたくなるが、人目が気になるお年頃。女の子は不便な生き物なのである。


「ふあ……」


 生あくびが漏れた。


 あのあと眠りについたのは、一体いつ頃だったのか。デートという言葉から連想されるアレコレを、和人とのトークにだらだらと書き連ね。当然ながら既読になるわけもなく、未読が十件を超えたあたりで記憶がぷっつりと途切れている。


 起きたとき、希望の花が咲きそうな格好をしていたあたり、やはり寝落ちなのだろう。止まるんじゃねぇぞ……。


 それはさておき、トークで送った内容に待ち合わせ場所についての話がある。いつもなら和人がウチに起こしに来て、それから着替えていざ出発。しかしデートと言えば、待ち合わせの儀式を忘れてはならないのだ。


 ごめん待った? からの今来たところ。古の昔から受け継がれてきた伝統であり様式美と言ってもいい。お約束は押さえておきたいお年頃。


 バッグからスマホを取り出して、時計をちらりと確認する。


 現在九時十分。


 ちなみに待ち合わせは九時である。


「あれー?」


 予定では、ごめん待った? は自分の役割だったはず。どこをほっつき歩いてるんだあのバカは。


 一旦ベンチに座ったものの、ぼーっとしてるとすぐに眠気がやって来る。睡魔はともかくせめて日差しを避けようと、屋根を求めて立ち上がったところで。


「やっぱりこっちか」


 背後から、世界で一番聞き慣れた声がした。


「ううん。今来たところ」

「話が通じねえ!」


 振り返りつつ、テンプレ通りに返してみたら頭を抱えられてしまった。多少無理があったような気がしなくもない。


 遅れて来た幼馴染はため息をつくと、渋いお茶でも飲んだかのような顔をした。


「お前、待ち合わせは駅って送ってきてたよな?」

「……たぶん?」


 そんな記憶もあるような?


「ここはどこだ?」

「……駅前?」


 駅からは五十メートルほど離れている。


「惜しいけどちょっと違うんだよな」

「あー。うん。ごめんね」


 なんとなく旗色が悪いので、素直に謝ってしまうことにした。人間は間違える生き物なのだ。


「……まあ、合流出来たしいいか」

「そもそも待ち合わせ自体あまりしないからね」


 普段からいっしょに居るのが普通だし、落ち合うにしろだいたいゲーセンと相場が決まってるのだから仕方ない。慣れないことをやろうとするとボロが出る。


「それにしても、どうして待ち合わせなんてしようと思ったんだ?」


 珍しい。なんて続けながら、和人はベンチの前に回り込んで来た。わかってはいたけど察しが悪い。もっとも、姉に指摘されるまで気付けなかった自分が言えた義理では無いけれど。


 それでもやっぱり、気が付いて欲しかったと思うのは贅沢なのだろうか。


 胸に手を当てて、顔を伏せたまま小さく呟く。


「……初デートだから」

「…………お、おう」


 妙な雰囲気になった。


「……そうか。これ、デートなのか」

「……うん」


 確認されるのは、さすがにちょっとむず痒い。


 そして沈黙。


「…………」

「……ええと」


 ……何を喋ればいいんだろう? 普段どんな話をしていたのか出てこない。すごくとりとめの無い会話をしていたような気もするし、喋らなくてもなんとなく伝わっていたはずなのに、最近はわからなくなることもある。


 上目遣いに和人の様子を伺うと、困ったように頭を掻いているのが見えた。


「……だからそんな気合いの入った格好をしてるんだな」


 目の前の誰かさんは普段着で、自分だけ空回りしてる感はある。やもすれば萎えそうになる気持ちに活を入れ顔を上げる。


 だって、正直に言ってかなり頑張ったと思うのだ。


 昨日試したアイドル風コーデ一式に、レースのあしらわれた白のニーハイでさらにあざとく。髪型もいつものストレートではなくサイドポニーにしてみたり。


 唇は、ピンクのグロスを薄く塗るだけにとどめている。これだけでもぷっくらとした立体感やツヤが出て、全体の印象をあでやかにしてくれるのだからびっくりだ。しばらく姉に足を向けては眠れない。


「どうかな……?」


 スカートの裾を軽くつまんでひらひらと。なんとなく落ち着かなくて、視線はあちこち行ったり来たり。でも肝心のコイツの表情は見れなくて。ちょっとの沈黙ですら不安になる。


 永遠にも似た一瞬ののち。


「……あ、ああ。すげえ似合ってる」

「ほんと!?」

「いいと思うぞ」


 よし! 思わず小さくガッツポーズ。今泣いた烏がもう笑うとはこのことか。


「せっかくだしもう一声!」

「なんだそのセリみたいな台詞は……」


 似合ってるよりも、単純にかわいいと言ってもらえる方が嬉しいものなのだ。もっとサービス精神を発揮してくれてもいいのに。あと一歩残念なヤツである。


「けち」

「ほんとなんなの……?」


 首をひねる和人の腕を抱えるようにして歩き出す。


「あの、響さん? 当たってますよ」

「当ててんのよ」

「うわ。そのセリフほんとに言ってるヤツ初めて見た」


 つい勢いでやってしまったが、いつもより多く盛っているから安心だ。


 抱えた腕をぎゅっと強く抱きしめる。あたふたと和人が妙な声を漏らすのが面白くて面白くて。でも後になって赤面するのは自分のような気もしたり。


「後悔は後ですればいいよね」

「なんだ。いつもの響か……」


 倒れるときは前のめりをモットーに生きてますから。


 ――さあ、デートはまだ始まったばかりだ。





 電車に乗るとまずは端っこの席を確保した。


 左端に和人が座り、その右隣に自分。いつもの定位置である。


「荷物上げとくか?」

「うん。お願い」


 ハンドバッグを和人に渡し、その間に日除けのロールカーテンを下ろしておく。窓から見えた空はどこまでも青く、これからさらに暑くなりそうだと予感させる。


 網棚に荷物を乗せ終えた和人が座るのを見て、自分もその隣に腰掛ける。


 左で結んでいたサイドポニーの先端が、和人の膝に乗っていた。


「あっ。ごめん」

「……いや、ちょっといいか」


 慌てて自分の方に除けようとしたところで待ったが掛かる。


「ポニーテールって、どんな感触なんだ?」

「うわ……」


 変態がいた。


「頼む! 触らせてくれないか? 先っぽだけでいいから!」

「誤解しか招かないようなこと言わないでよ!」


 こっちの返事も聞かないうちに、すでにこのアホはテールの先をぐりぐりと弄りだしていた。なんと言えばいいのか、かすかに伝わる振動と引き攣るような感覚に、とにかく背筋がぞわぞわする。


「……これは……なかなか」


 揉んだり撫でたり、指先に絡ませたり引っ張ったり。


 ご満悦な様子の和人と、スカートの裾を掴んで耐えるオレ。なんなんだこれは。


「……ね、ねえ。そんなに楽しい?」


 無言で親指を立てられた。


「…………左様でございますか」


 喜んでもらえてるなら、いいのだろうか……? 予定とはちょっと、いや大分違うのは気のせいか。


 しっぽをモフられているわんこの気持ちが、少しだけわかったような気がした、九重 響、十六歳の夏であった。


「いいけど、乗り換えまでだからね」

「助かる」


 不意打ちの杉田声真似やめてくれませんかね。


「……やっぱり次の駅までで」

「なんだって!?」


 ローウェン声真似だけで会話すんな。





 ほんとはちゃんと説明書かないとダメだよね。

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