5.たったひとつの冴えたやりかた
人をダメにする手に撫でなられながら、意識を手放したのが二時間目だったはず。オレの灰色の脳細胞には、そう刻み込まれている。
それなのに、次気がついたらお昼休みという超常現象が。おかしいなあ、3時間目と4時間目の記憶が無い。首をひねりながらも和人、理恵ちゃんと連れ立って学食へ向かう。
「うわ……今日は珍しく混んでる」
「2年生が4時間目、調理実習だったらしいよ」
あー。調理実習あるときって、実習で作ったものをお昼に食べればいいやってお弁当持ってこない人多いんだよね。でもそれは実習で食べれるものが作れるっていう前提のもとに成り立ってる話であって、自分は作れるつもりでも班員がフリーダムすぎて冒涜的なものが出来上がって途方に暮れるなんてよくある話だ。
そうなるとどうするか。当然学食や購買に人が集まるわけだ。元来の学食利用者にしてみれば大迷惑だ。ちなみにウチの高校の家庭科は男子も参加なので惨事発生率は高いと言える。どんなに目を光らせていても、生き馬の目を抜く勢いでヒャッハーするやつは出てくるものだ。
意外と思われるかもしれないけど、オレはそこそこ料理できたりする。母さんから習ってる最中ではあるけど基本は押さえてるはず。そうなると班の中で自然とリーダーとして動くことになるのだけど、何人かはどうしても戦力外にせざるを得ない人が出てきてしまう。
だがしかし、お前は座ってるだけでいいと言った筈なのに、そいつがカレーに板チョコを1枚全部隠し味と称してぶち込んでくれたり。塩ひとつまみを握りこぶしいっぱいのひとつまみ投入したり。
本人たちに悪気が無いのがまたタチが悪い。なにがいけないの? なんて顔してるし。キレていいのか真剣に悩んだよ。
でも、少々とひとつまみ、小さじと小さじすりきり、それぞれどう違うかなんて料理してない人にはわからないだろうし、分量間違えるのは仕方ないのかなあ。ちなみに、少々とひとつまみは、ひとつまみのほうが多い。意外なことに、小さじと小さじすりきりは同じだったりする。
それはさておき。
「こうしていても仕方ないし、並ぶか」
「あ、わたし席取っておくね。きつねそばでお願い」
ぱたぱたと理恵ちゃんが席の方に走ってゆく。
こうして見ると、食券を買う券売機は長蛇の列だけど、料理を渡すカウンターの方はすいてるんだな。とりあえず大人しく2人とも券売機に並んでおこう。
「これだけ居ると売り切れが怖いね」
「そんときはコンビニまでダッシュしてパンでも買うか」
隣の購買のパンが残ってるとも思えないから、それが妥当なところかな。
それにしても列がぜんぜんはけない。券売機が2つしかないってのはやっぱりダメな気がする。
「券売機新しくして増やせばいいのに」
「普段こんなに来ないから必要無いんだろ」
全くもってその通りで。しかし券売機の前まで来てから悩んでる人が多いな。あらかじめ注文を決めておけばもっとさくさく進むだろうに。
「なんで目の前まで行ってからメニュー見てるの……?」
「普段使ってないからだろ……」
なるほどね。学食初体験って人も居そうだし、仕方ないか。経験少なければそんなに要領よくやれないよね。
しかし進まない。あ、一歩進んだ。でもそれだけ。お前ら時間かけすぎだろ、イライラするわ! 隣を見れば和人はスマホをぽちぽちしていた。
「ねえ、いっしょに居る時くらいスマホいじるのやめない?」
「……なんか女みたいなこと言うようになったな」
「……単純にマナーの話だと思うけど……」
でも、言われてみればたしかにそんな感じはする。考え方とか、仕草とか、少しづつ女性化していくと医者にも言われた覚えがある。性ホルモンが感情や、認識力に影響を与えるらしい。生理前にイライラしたりするのも性ホルモンの影響らしいし、実際にその影響力は身にしみてわかっている。
認識力については、周囲からの視線を強く感じるようになった。胸のあたりとか、太腿とかへの視線、隠してるつもりでもバレバレだからあれ。でも、だからといって見られたくないわけでも無いんだよ。かわいいとは思われたいけどエロい視線はお断り、みたいな?
「でもまあ、そうかもしれないね」
このあたり、生物としては自然なことなんだろうけど、自分が作り変えられていくようで少し気持ち悪い。もっとも、体はとっくに作り変えられてるわけなんだけど。
とりあえず話を変えよう。これはオレにとって面白い話じゃないし。
「来週末のスト5大会って早稲田式だっけ?」
「確認してなかったな。いつも通りなら多分そうだ」
早稲田式というのは格闘ゲームのタッグ戦でよく採用される競技方式だ。まずお互いのチームの先鋒同士、大将同士で対戦を行い、片方のチームがそのどちらでも勝利していればその時点でチームの勝敗が決定する。どちらのチームも1勝だった場合、決定戦を行いそこで勝ったチームの勝利となる。
決定戦は、勝った者同士での対戦が普通だけど、叔父の店だと任意のプレイヤーで良いことになっている。ところ変われば品変わる。ローカルルールってやつだね。
なんで早稲田式と言われてるかは、発祥地がプレイシティキャロット早稲田店だったからと言われている。
「早稲田式なら先鋒で出たいな」
「べつにいいぞ」
お、あっさりとお許しが出た。先鋒が負けた後の大将戦って緊張するんだよね。負けたら責任重大みたいな。ただでさえメインキャラにしている豪鬼は体力低いし、事故が怖い。
気楽にやれる先鋒だとある程度割り切っていつも通りプレイできるんだけど、後がなくなったあとの大将だと無意識にリスクは低いけどリターンも低い安定行動ばかりになってしまって。いくら低リスクといっても読まれれば脆い。選択肢の幅を狭めるのはあまり利口とは言えないと、わかってはいるんだけどこれがなかなか難しいのだ。
「ありがと。どうもプレッシャーに弱くて」
「お手手プルプル勢だもんな」
全く否定はできんな! 緊張すると手が震えるの、ほんとどうにかしたいよ。
「キャラは……聞くまでもないか。いつも通りかりんだよね」
「かりん以外だと、ガイルくらいか、まともに使えるの」
現在オレたちがメインでやり込んでいるのは、もはや説明不要なくらいに有名なストリートファイターシリーズの最新作、ストリートファイター5、通称スト5だ。
かりんは、元はストリートファイターZERO3で登場したキャラで、縦ロールが特徴のお嬢様キャラだ。スト5では、体力こそ低いものの、攻め手が豊富でコンボも高い、場合によっては2コンボでスタンさせたり、非常に爆発力の高いキャラと言えるだろう。
ガイルは元祖スト2からの伝統ある溜めキャラで、とにかく防御が硬い。飛び道具のソニックブームを中心に、相手を動かして反撃してゆく対応型のキャラで、待ちガイルという言葉に聞き覚えがある人も多いと思う。今作のガイルは、まさに要塞。攻めっ気が強いキャラが多いスト5で一際異彩を放っている。
コイツはたしかにガイルも使えるし、たまにガイルで大会に出たりもしているけど、こいつの持ち味はガイルよりもかりんでこそ発揮できると思っている。とにかく反応速度が異常で、それこそEVO2017で見たPunkのような反応を見せてくれる。
迂闊な飛びは全部落とされるか、くぐって着地を狩られるし。しゃがみ中Kヒット確認最速天狐を当然のようにやってくる。
ゲージの使い方も独特で、防御のために残すのではなく、常に最大ダメージを奪うために使ってくる。守りのキャラよりも攻めのキャラのほうがプレイスタイルに合っていると思う。
EVO2017といえば、あの決勝戦が思い出される。ときど豪鬼vsPunkかりん。まるで少年漫画みたいな展開でのルーザーズからの逆転優勝。それも自分をルーザーズに落としたPunkを破って。
コイツの持ちキャラはPunkと同じかりん。オレはときどさんと同じ豪鬼。どうしても重ねて考えてしまう。
ちなみに、オレの持ちキャラである豪鬼は、元はスパ2Xの隠しボスとして登場したキャラクターだ。どの作品でも基本的に体力が非常に低くスタンしやすい反面、高性能な攻撃手段を豊富に持っている。空中飛び道具の斬空波動拳は豪鬼の象徴とも言える技だ。今作では通常版が前ジャンプからじゃないと出せなくなっていたりするが、妥当な調整だと思う。
「気になってたんだけど、垂直ジャンプからのEX斬空って見てからくぐれるの?」
「それだけに集中してれば見えると思うが、流れの中でやれと言われると難しいな」
さすがにそうか。EVO2017グランドファイナルで1セット先取し星をリセットした後の2試合目の3ラウンド。画面端にかりんを追い詰めた場面での垂直ジャンプ。前日、EX斬空を撃ち、ぐぐられて負けた場面と同じ流れ。
PunkのかりんはEX斬空をくぐろうとして、ジャンプ中Kからコンボを叩き込まれた。つまり、リスクを背負った先読みでの行動だったということだ。
「EVO2017決勝の、かりんを画面端においての豪鬼の垂直ジャンプ、あの場面、和人ならどうした?」
コイツはどう動くだろうか。EX刹歩でくぐるだろうか。流れの中では確認してくぐるのは難しいと言っていたから、どうしたいかという話になるだろう。
「着地取りたいから刹歩するだろうな。斬空ガードして端継続は後が辛いし」
このゲーム、画面端はきつい。というかだいたいの格闘ゲームで画面端はきつい。コーナーに追い詰められたボクサーの気持ちがわかりそうになる。それくらいきつい。自由に間合いを作れない、ただこれだけなのに吐くほどきつい。
画面端からの脱出と、着地を取ってコンボ、この2つをエサにしたあの垂直ジャンプ中キック。あんな選択が自分に出来るだろうか。同じ場面が来たときどうするだろうか。ワクワクする。
格闘ゲームではレバーを前に入れられるヤツが強い。これはオレの持論だ。
これは読んで字の如くそのままの話でもあるし、比喩の話でもある。
あの垂直ジャンプに対してEX斬空を読んでくぐろうとしたPunkは強い。そしてあの瞬間に垂直ジャンプ中キックを選択出来たときどさんも強い。ときどさんはあの瞬間、思考のレバーを前に入れたんだと思う。相手の行動を読んでその先を行くために。格ゲーの神様はきっと進み続ける人間が好きなんだろう。
「来週末がシングルだったら和人と当たれたかもしれないのに」
少し残念な気分だ。ネットでいつでも対戦出来るとはいえ、やっぱり大会の空気の中での対戦は格別で、あれを味わうために格ゲーを続けているような気さえする。
馬鹿らしいと笑う人も居るだろう。でも考えてみてほしい。趣味ってのは他人から見ればどれも理解されないものばかりだ。その人にとって価値がある、それだけでいいんだと思う。
「またの機会に期待だな」
和人がオレの頭にぽんと手を乗せてくる。髪がくしゃくしゃになるからやめろって言ってるのに、なんか高さがちょうどいいとかでやめてくれない。あと10cmでいいからたっぱがあれば……ぐぬぬ。
そんな話をしているうちに券売機の列が少しづつはけて自分たちの番に。理恵ちゃんとオレはきつねそば。和人はかき揚げうどん。麺類すぐ出てくるしすぐ食べれるからね。
食券を持ってカウンターに移動するとき、券売機の列を見てみたのだけどまだ20人近く並んでる。こんなことならお弁当持ってくれば良かったなんて嘆く声が聞こえてきた。ほんとだよお前ら弁当持ってこいよ。
逆にこういう混雑が予想されるときは、お弁当持ってくるってのもありかもしれない。母さんに言っても眠いとかの一言で拒否されるだろうから自分で作るしかないだろうけど。そうなると1人分でも2人分でもあまり手間は変わらないからコイツの分も作ってやるか。せっかく母さんから料理習ってるんだからスキル使わないと勿体無いし。
……ん? お弁当? いいんじゃないかこれ? そんなに元手もかからないし、感謝の気持ちとしてはなかなかポイント高いんじゃなかろうか。中身はどうあれ女の子の手づくり弁当を喜ばない男は居ないだろう。
少しでも、恩返しになればいいんだけど。
修正候補その2。
EVO2017のスト5決勝は本当に感動した。格闘ゲームの配信で泣いたのははじめてでした。