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閑話 3-9.心配

 砂利を踏み、駆ける足音が耳朶を打つ。


「――響!」


 立ち上がった瞬間、駐車場から姿を見せた和人が正面から抱きついてきた。首筋に手を回し、頭を胸にかかえるように、きつく強く抱きしめられる。


「無事か? 怪我はないか? 変なのに絡まれたりしなかったか?」

「……う、うん。大丈夫」


 いきなりな剣幕に、目を白黒させながらどうにかそれだけ答えると、大きく息をつく様子が頭の上から伝わってきた。


「……よかった」


 絞り出すような声。


「……大げさだよ」

「大げさなもんか。お前にもしものことがあったらと思うと居ても立ってもいられなかった。誰かに襲われでもしたら……」


 腕の力が強くなる。痛いくらいではあるけれど、そのぶん気持ちが込められているような気がして。


「……それこそ大げさだよ」

「この時間の女の子の一人歩きは危ないんだって。人気(ひとけ)も少なくなるし、酔っ払って理性のタガが外れたのも掃いて捨てるほどうろついてる」


 言われてみれば、確かにお酒臭い集団とかがいたような……?


「お前は自分がどんだけ可愛くて魅力的か、本当にわかっているのか? 衝動的に何処かに連れ込もうとする奴がいてもおかしくないんだからな!」


 お説教にしては大胆なことを口走しられた。


 ――可愛くて。


 魅力的――。


「……えへへ」

「なんで嬉しそうにしてんだよ……」


 肩から力が抜けたのか、抱きしめる力も弱くなる。


「可愛いって」

「……そう思ってなけりゃ、付き合ったりしないだろ」


 言われてはじめて、自分が何をパなしたかに気づいたようで、和人は照れ臭そうにそっぽを向く。


 ついでに、抱きしめていたことすら無意識だったのか、今頃になって手つきとかがぎこちなくなる様子に、思わずクスリとしてしまう。


 ……遠慮しすぎなんだよね。


 長い付き合いなのだし、接触にしろ態度にしろ、そこまで気にする必要はないはずだ。大事にされているのはわかるけど、もっとガツガツ来てほしい。


 優しさは裏を返せば臆病さだ。たぶんコイツは、オレを傷つけることや、オレが傷つくことを極端に恐れている。だからあんなにも取り乱す。


「……ごめんね」

「なんだよ。いきなり」

「心配かけちゃって」


 考えなしに飛び出して。コイツをこんなに不安にさせて。でも心配してもらえるのはちょっとだけ嬉しくて。ダメだなあと思いながらも、めいっぱい甘えたくなってしまうのだ。


「……いや。俺も言いすぎた」


 和人は少しきまりが悪そうにそう言うと、背中に回していた腕をほどいて後ろに下がる。しばらくこちらを眺めていたが、ずり落ち気味なオレのコートに手を伸ばして整えると、満足した様子で頷いた。


「よし。それじゃ、さっさと帰るか。これからチョコレートを作って貰わないといけないし」


 なにやら妙な主張が聞こえたのは気のせいか。


「……えっと。何を作るんだっけ?」

「チョコレートを」

「……誰が?」

「響が」


 ……はい?


「ちょ、ちょっと待ってよ! もうこんな時間なんだよ!?」

「いいや、二月十四日はまだ一時間半もある!」

「しかも本日中!?」


 無茶苦茶な!


「……いいか、響。よく聞いてくれ」

「う、うん……」


 オレの両肩に手を置いて、和人は真剣な面持ちで語り出す。


「俺って普段わがままを言ったりしないだろ?」

「……うん。まあ、そうだけど」

「なら。たまのわがままくらい、受け入れてくれるべきだろう?」


 いや、その理屈はおかし……くないのか?


「俺だってバレンタインのチョコが欲しいんだよ! 現物見せつけられながらお預けくらってる身にもなれってんだちくしょう!」


 とうとう駄々を捏ねはじめた。


「お前も諦めきれないんだろ? 俺も諦めきれないし、これはWIN-WINの関係だ」

「そうなのかな……?」

「そうですとも!」

「あ、うん」


 パワーをメテオに注ぎ込みそうな勢いで押し切られた。


「ほら! 行くぞ!」


 和人はオレの手を引いて走り出す。思わぬ力強さにドキドキしたのは一瞬だけで、あとは着いてゆくのが精一杯。むしろいつコケるかにドキドキしっぱなしという有様に、別の意味で涙がこぼれそうになる。


「ちょ、ちょっと待って! 足が!」


 もつれる! 絡まる!


 抗議の声を上げるもどこ吹く風で。駐車場から歩道に出ると右に折れ、駅を目がけて脇目も振らず一目散。


「転ぶときはいっしょに転んでやるから!」


 なるほどそれなら。


「……って、なんの解決にもなってない! それに、作るのはいいとして、材料はどうするの!」

「コンビニにあるもので頼む!」


 ぎゃあぎゃあと喚きながらも、気がつけば前向きになれている自分がいる。これを狙っていたのなら、コイツの目論見は大成功だ。ひょっとして扱いやすいと思われてたりするんだろうか。自分では面倒くさい性格をしていると思うのだけど、それはまあさておき。


 仕方ない。やれるだけ、やってみますか!





 地元の駅を出ると、駅ナカのコンビニへ足を踏み入れた。


 ――ィラッシャイマセー!


 独特のイントネーションな挨拶に出迎えられつつ、とりあえずチョコレートの確保に向かう。バレンタインなので売り切れが心配だったが、どうやら杞憂に終わったようだ。


 標準的な板チョコを四枚確保する。和人が持ってきたカゴにそれを入れてから、店内を見て回ることに。


「小麦粉もホットケーキミックスも品切れみたい」

「駆け込みで何か作ってるヤツが意外と多いってことか」


 気持ちが前を向いたとしても、そう簡単にはいかないらしい。


「……薄切り餅って、しゃぶしゃぶ以外に何か使えるのかな?」

「チョコと餅はある意味王道の組み合わせなはずだ」

「確保してみる」


 たしかにチョコ大福とか美味しいし、チョコレートぜんざいなんかもアリだ。ただ薄切り餅だとどうなるんだこれ。ああ、もう! 時間がないんだから考えるのは後だ。次!


 デザートのところに、カットフルーツの盛り合わせを発見する。こういうのって大きめのお皿にお洒落に乗せてアイスクリームを添えたら、溶かしたチョコレートをかけるだけでそれっぽくなるのだけれど。


 それだとチョコレートが主役にならない。残念だけどボツにするしかなさそうだ。いやしかし、フルーツと組み合わせるのはアリか。


「チョコレートフォンデュとか出来そうだな」


 並んで棚を眺めていた和人が何の気なしにそんなことを口にする。


 思わず顔をガン見した。


「それ採用! 時間もそんなにかからないし!」

「……お、おう」


 二セット確保!


 フォンデュにするならば、牛乳を混ぜてよりなめらかにした方が良さそうだ。しかしながら牛乳は売り切れで、ついでに卵も売り切れで。駆け込み需要ありすぎでしょこれ!


「家に牛乳残ってたりする?」

「母さんが毎日風呂上がりに飲んでるからあるはずだ」

「オッケー、それじゃあ……」


 チョコレートフォンデュに合いそうなお菓子類をいくつかチョイスしてカゴに入れてゆく。プリッツ、ウェハース、ポテトチップスにミックスナッツ。気がつけば結構な分量で。


「食べきれるかな?」

「夕飯食べてないからちょうどいいくらいだろ」

「完全に忘れてたのに、どうしてそう余計なことを……」


 思い出したら急にお腹が減ってきた。


「買ったら急いで帰ろうか。せめて自転車があれば良かったんだが……」


 そこまで言うと、和人は何やら考える素振りを見せてから。


「ところで俺の自転車どこやった?」

「あ」





 会計を済ませてお店から出ると、和人が電話をかけていた。自転車も無事に回収出来たようで、スタンドを立てた状態ですぐそばだ。


「……そういうわけで、今日だけ響のこと預からせて貰えませんか?」


 電話相手はオレの母さんだと思われる。帰りが遅くなるのでその連絡と交渉といったところか。自分ではすんなり通らない要求も、コイツがすればあら不思議。たまに釈然としない気持ちになるのも仕方のないことだろう。


「……あれ?」


 首を傾げる。


 …………連絡?


 そういえば、何の連絡もしていなかったような。


 何やら猛烈に嫌な予感がするのは気のせいか。気のせいであってほしい。気のせいだといいな。忘れてた自分が悪いのは確かでも、情状酌量の余地はあるはずだ。


「代われってさ」

「わっ……ととと」


 急にスマホを押し付けられて、危うく落としそうになってしまう。両手で一度抱えるようにしてから、改めて耳に押し当てる。


 祈るように小さな声で。


「……もしもし」

『命拾いしたな小娘』


 地獄の底から響くような声がした。


「ひっ……」

『和人くんに感謝しなさい。だいたいの経緯は教えて貰ったから。お説教は明日にしておいてあげる』

「あ、やっぱりチャラにはならないんだ……」


 本当に情状酌量の余地はあったらしい。一転していつもの調子に、さっきのは一体なんだったのかと言いたくなる。藪をつつくことになりそうだけど。


『とりあえず、当日中でレンタルしといたから』


 新作のブルーレイか何かでしょうか。


「……ていうか一泊くらい」

『高校生として節度を守ったお付き合いを――』

「イエスマム」


 長くなりそうな気配に、最速で手のひらを返すことにする。決して逆らってはいけない。ダイヤ的には限りなく詰みに近い五分である。


 ――それにしても。


 もし、誰にも知られないように、隠れて付き合っていたとしたら。


 こういうとき、もっと自由に振る舞えていたのではと考えてしまうのだ。もちろんオレもコイツもそんな器用な真似はできないし、より大きな不自由を抱えて過ごすことになる。考えるだけ詮無きことだ。


 親公認というのは多分とても幸せなことで、コソコソする必要もなければ、後ろめたさに(さいな)まれることもない。いざとなれば相談に乗って貰うことも出来る。もちろん精神はガリガリと削れるものの、必要経費だ。死ななきゃ安い。


 不満に思うことなんてないはずなのに欲望は際限なく膨らんで。幸せを知ってしまったら、その先の幸せが欲しくなる。足るを知ることは本当に難しい。だからこそブレーキを踏む人が必要になるのだろう。


「ちょっと気になってたんだけど、母さんって和人には甘いよね」

『和人くんは信用してるけど、あんたが信用出来ないの』

「……なるほど」


 ……なるほど?





 クソル先生の言語センスは理解を超える。


 来週はちょっと用事が立て込んでるのでたぶんお休みです。たぶん。

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