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閑話 3-4.The Tower

 放課後になると、教室はにわかに活気を帯び始めた。


 普段なら最速帰宅を擦るような帰宅部男子も、どこか落ち着きなくソワソワと辺りを伺っていたりする。ウェイ系はグループで集まって、プレゼント交換会のようなものをやっているようだ。


「響ちゃん。今日はわたし、部活の方に行ってくるね」


 理恵ちゃんがポニーテールを揺らしながら、足早に教室を後にする。今日は朝から気を遣わせてばっかりだ。


「……今年も高橋はチョコなしか」


 男子数名があからさまに落胆した様子でぼやきだす。


「中学の頃から、誰かに渡したって話は聞いたことないな」

「今年こそ貰えると思ったのに」

「いやお前、話したことすらないだろ?」


 ワンチャン狙いにしても無理すぎる。


 たしか今年のチョコの行き先は、三日月宗近だったはず。去年は大和守安定だった。三次元ですらない。


「でも今年は九重から貰えたし」

「義理じゃねーか」

「馬鹿野郎! チョコに貴賎はねえんだよ!」


 貴賎はないとしても、格付けはされているわけで。


 帰り支度も済んだことだし、右手に鞄、左手に紙袋を持って立ち上がる。なおも騒ぎ続けるクラスメイトの横を抜け、和人の席へと小走りに。


「響ー、チョコ美味しかったよ。うまくやんなね!」


 田村さんに背中を叩かれて、わずかによろけそうになる。見れば杉山さんも一緒になって、グッドラックと言わんばかりに親指を立てていたりする。


 ほんと女の子はこういう話が大好きだ。なにかと首を突っ込みたがるし、二言目にはお節介を焼いてくる。ありがたいとは思うのだけど、やっぱりちょっとうざったい。


 大丈夫。言われなくたって。


 もう腹は決まってる。きっとうまくやれるはず。和人の席の右に立ち、少しだけ深呼吸。顔を上げて――。


「結城と九重はいるか?」


 思わずつんのめりそうになった。


 現れた生徒指導部の先生を見て、教室になんとも言えない微妙な空気が広がってゆく。


 この程度で引くようでは仕事にならないのだろう。先生は臆面もなくこちらへ近寄ると。


「お前ら、先月末ゲーセンでしょっぴかれた時の反省文、まだ提出してなかったよな」


 ……そもそも反省してないです。





 反省文の提出漏れは、奉仕活動で手を打って貰うことになった。


 学校図書館で司書さんの手伝いを一時間。なにも今日でなくてもとは思ったものの、それ以外に文句はない。ぶっちゃけて言えば、楽な仕事だと思っていたのだ。


 目の前にはうず高く積み上げられた本がある。


 かつて人間は、天まで届くような塔を建てようとして、神の怒りに触れたという。


 ではこの塔は、一体何の怒りに触れるというのか。


 くだらないことを考えつつも、ジェンガによく似たタワーから一冊抜き出してみるとする。震えぬように、揺らさぬように、そっと優しくゆっくりと。


「……崩さないようにしてね。傷んじゃうから」


 司書のお姉さんに苦笑いされてしまった。


 学校に併設されている二階建ての、いわゆる学校図書館には、約五万冊の蔵書がある。


 最近は新しく入る本が多く、司書さんはそれらを貸し出せるようにするために、掛かりっきりで作業していたらしいのだ。


 それでもどうにか、日々の業務を回していたところに、図書委員数名の体調不良が重なって。


 結果として、返却された本の棚戻しもままならない状況に追い込まれてしまった。というのが今回ヘルプを頼んだ経緯のようだ。


「とはいえ……」


 そびえ立つバベルを見上げてはため息を一つ。


「貴方たちには棚戻しを手伝って欲しいのよ」


 話の流れ的にそうだろうとは思っていたけど、これはなかなか大変そうだ。


「一時間と聞いてますが、それでいいですか」


 和人が訊ねる。


「そうよね。予定ありそうだものね」


 こっちを向いて意味ありげに微笑むの、ムズムズするからやめて欲しい。


「今から一時間、午後五時には上がって構わないわ」





 何はともあれ、まずはバベルの塔を解体するところから始めることにした。


 テーブルにスペースは有り余っている。もっとも、本来の返却棚が溢れたからこんなことになっているわけだけど。


 脚立に乗った和人が、ジェンガ最上部から本を取り、五冊ほどまとめて渡してくる。ハードカバーの装丁から受ける印象通りのずしりとした重量感。


「持てるか? 結構あるぞ」

「リアルアーケードプロより軽いし、大丈夫」

「あの改造RAPか」


 鉛シート増し増しの改造RAPは五キロを超える重量だ。考えてみると女の子になってから、本当にアレよりも重い物は持ったことがないのでは? 過保護にも程がある。


「とりあえず棚番で仕分けちゃうね」

「りょーかい」


 本の背表紙には、棚番、段、管理コードの書かれたタグが貼られていて、どの棚の何段目に戻せばいいか一目でわかるようになっている。


 次々と本を受け取っては仕分けてゆく。装丁、背の高さ、ジャンルで大まかに分類されているのが、なんとなく見えてくるのが面白い。


 そんな中、ちょっと珍しいものを発見した。


「タロットカード?」


 ハードカバーの本みたいなケースには、そう書かれていた。


 ということは、中身はカードなのだろうか。一度は仕分けたものの気になって、改めて手に取ると一枚のカードが隙間から滑り落ちた。


「……タワー?」


 しかも正位置。


 たしか、意味するところは、困難、崩壊、そして失敗。


「――って、不吉すぎるわ!」


 思わず声を荒げると、わざとらしい咳払いが辺りから聞こえてくる。利用者の皆さんごめんなさい! 心の中であやまっておく。


「図書館では静かにな」

「……うっさい」


 和人がこちらを見下ろして、人の悪い笑みを浮かべていた。人の失敗を笑うとは趣味の悪いヤツめ。もっとも、コイツが失敗したらオレも全力で煽るけど。


 それはともかく。


 脚立の上から頭をポンポンされるのは、いつもよりだいぶ屈辱的であることを知った。





「今日はお疲れ様。またお願いしてもいいかしら」

「お疲れ様でした。できれば二度とやりたくないです」

「社交辞令イィ!」


 司書さんとオレのやり取りを聞いて、和人が何やら叫び声を上げている。図書館の外だから迷惑はかかるまい。


「と、とりあえず、気をつけて帰ってね」


 取り繕ったような笑みを浮かべた司書さんが、仕事に戻るのを見届けると、自然とため息が漏れだした。


 ……ダメだなあ。イライラしちゃってる。


 こういう時、手っ取り早く機嫌を直せる方法が、あると言えばあるのだけど。


 日も暮れて、辺りはすでに薄暗い。遠くから吹奏楽部のディズニーメドレーが聞こえてくる。来年度の新入生歓迎会に向けての練習だろうか。


 帰宅部はもう残ってないし、部活が終わるには早すぎる。昇降口に人影のない谷間の時間。


 右を見て、左を見て、誰も居ないことを確認する。


「――えいっ」


 和人に背中から抱きついた。


「……あの? 何を」

「補給中」

「……そっか」


 聞かないでくれるのがありがたい。


 顔を横にして耳を当てる。コートがごわついて、夏服の時みたいに心臓の鼓動が聞こえたりはしなくても。この匂いとぬくもりがあれば、それでいいかなと思ってしまう。


 ……やっぱり落ち着く。


 本当は正面から抱きついて、抱きしめ返して欲しいのだ。でも学校で、そこまでする勇気はない。誰かに見られでもしたら大変だ。


 たっぷり一分ほど堪能してから、お腹に回していた腕をほどく。


「……もういいのか?」


 その問いには答えずに、大きく一歩踏み出した。コイツの右隣り、いつもの場所で、手荷物を右手だけに持ち直す。やることはもう決まってる。


「……遅くなっちゃったけど、どうしても行きたいところがあるんだ」


 ややぎこちなく、左腕を和人の右腕に絡ませて。


 オレとコイツの関係が変わった日。あの日出来なかった告白のやり直し。


 中途半端なまま、宙ぶらりんになっている覚悟に、けじめをつけるために。





 頭ぽんぽん(煽り


 基本的に土日に書いて、月曜日に誤字脱字を見直して投稿しているのですが、来週土日に用事があるので更新が怪しいかもしれません。

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