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閑話 3-2.足をすくわれる

 家から駅までは、のんびり徒歩で20分。


 自転車ではだいたい10分かからない程度だろうか。荷台から抱きついて、あれこれと満喫する機会を失ったのは痛いけど、2学期からは歩くようにしている。いろいろと思うところがあったのだ。


「おはよう。今日も寒いな」


 横合いから声がかかる。


 視線を向ければ、ちょっとだぼっとした丈の長いダッフルコートと、雑に巻かれたマフラーが。そしてその上に乗る、たぶんこの世で一番見慣れた顔。


「おはよう和人。制服だとどうしてもこっちが寒くって」


 わざとらしくはにかんで、スカートの裾を摘んで持ち上げる。見えそうで見えないギリギリのライン。


「もっと長いコートにすればいいんじゃないか?」

「……え。あ、うん」


 まさかのスルーであった。力の抜けた指からスカートがこぼれ落ちる。


 別に何かを期待してたわけじゃないけどさ! これはちょっと傷つくというかなんというか。ジロジロと見られたら引いちゃうクセに、見られないのもモヤモヤする。我ながら面倒くさい性格をしているとは思うのだ。


 ……それにしても、簡単に言ってくれちゃって。


 ため息を飲み込んで、自分の姿を確認する。


 本日のコーデは、制服の冬服に厚手のタイツとハイソックス、それにネイビーカラーのピーコート。もちろんマフラーは欠かせない。由緒正しきJKスタイル冬バージョンである。


 たしかにショート丈のコートを選んだのは失敗かもしれない。でもロングでは、スカートまで隠れてしまって、なんとなくのっぺりとした印象が強いのだ。


「……………………かわいくない」

「めちゃくちゃ葛藤があったな!」


 少しでもかわいくありたいという乙女心に、寒さという現実が突き刺さる。生足とかほんと無理。もっと頑張れユニクロのヒートテックタイツ。


「……っと、ちょっと待って。身だしなみはしっかりしないとダメだよ」


 いつものように、和人のマフラーを巻きなおしてから駅へ向かう。ネクタイを結んであげるのってこんな感じなのかな。なんて思ったりして。


 とはいえ。


 マフラーを巻きなおそうが、ネクタイを結んであげようが、今日やるべきことが変わったりはしないのだ。先送りしてきた問題に、今更のように焦り出す。


 ずしりと重たい紙袋。それを持つ右手は、冬だと言うのに少し汗ばんでいた。


 結局のところ、どう渡すかは――。





 生菓子ですので、お早目にお召し上がりください。


 友チョコ兼義理チョコ用に持ってきたブラウニーは、3時間目の休み時間に振る舞ってしまうことにした。


 教卓の上で白いギフトボックスを開け、一人一個づつ持って行って貰う。


「義理とはいえ、女の子から手作りチョコが貰えるなんて……!」


 ブラウニーを手にした野々村くんがそんなことを口走る。ちなみに、線の細い眼鏡っ子な男子生徒だ。


 彼と宮里くんはいつもセットで居るからか、女子から生暖かく見守られている節がある。みんなが腐っているわけではないけれど、男性アイドル同士の絡みをきゃあきゃあ言いながら見ちゃうような。そんなかんじ。


 かの有名な台詞である『ホモが嫌いな女子なんていません!』には、ほんの少しだけ真実が含まれているのだ。


「九重ー、余りってないの?」

「なんか美味しそうなの配ってんじゃーん」


 なんか面倒そうなのが来た。というか、後者は名前すら知らない別クラスの男子である。


「1人1個だからね! 悪いけど他のクラスの人の分とかも無いから!」


 喧騒に負けないように声を張り上げる。


「えー。まだこんなに沢山あるじゃん」


 どうしよう。本当に面倒なのが来ちゃったみたい。


 ……来年はやめといたほうが良さそうだ。こうやってチョコを貰える機会を自ら潰して行くあたり、後のことなんて何も考えていないのだろう。


 ちらりと和人の方を見る。オレもアイツも苦笑い。先生、やっちゃってください。


「……おまえら、その辺にしとけよ」

「結城はいいよな。どうせ後で貰えるんだろ?」

「あいつ頭高くない?」

「処す? 処す?」


 物騒なハンドサインが見えた。親指を下に向けて、首を横にバッサリと。うん、わかりやすい。


 ……ていうか、なんでこんなにはっちゃけてんだこいつら?


 妙なテンションに気圧されて、思わず一歩下がってしまう。手に持ったままの紙袋が音を立てて揺れる。さっきの名も知らぬ男子の視線は、いつの間にかそこに向いていたようだ。


「その赤い箱は?」

「……! これはダメだからね!」


 赤いチェックの箱が入った紙袋を、しっかりと体の前で抱きかかえる。


「……さすがにそれはわかるわ」


 呆れたような声は女子の方から。


「わかんねーよ!」

「だからモテないんでしょ!」


 なんで荒れるようなことを!?


 売り言葉に買い言葉。辺りを巻き込んで騒ぎが伝播してゆく。良くない雰囲気に、見かねた和人が止めに入るも焼け石に水。これはダメかもわからんね。


 せめて巻き込まれないようにと、距離を取るため後ずさる。なおも広がり続けるいざこざから逃れるように、引いた足に体重をかけようとしたところ。


「――え?」


 床が無かった。


 見事なまでに空を切る左足。教壇を踏み外し、仰向けに転倒する。天井が見えた。サマーソルトキック!? 無茶苦茶な!


 あ、やば。


 やがて来る衝撃に備えて目をつぶる――。





 たしかにそのチョコレートは美味しかった。


 ガトーショコラって言うんだっけ。でもそれって確か、フランス語でチョコレートケーキを言い換えてるだけだったような。


 お菓子の名前なんてさして興味もないクセに、そんなことを考えながら、あたしは黒板のある方向を眺めやる。窓際の一番前の席からは、その様子がよく見えた。


 休み時間の教室。教壇の上には声を張り上げる女子生徒。


 ――1人1個だからね! 悪いけど他のクラスの人の分とかも無いから!


 義理チョコを配っているのだ。それも手作りの。しかもクラス全員に。ずいぶんと手間のかかることをする。


 彼女――九重 響はこの学校では有名人だ。そうなるのも無理もない。理由なんて一目見ればわかるはず。


 シルクのようにふわりと揺れる長い髪、まるで雪のような透き通る肌、これでもかと言わんばかりに整った顔立ち。神さまは不公平だと理解させられる。残酷だ。


 あたしは九重 響が好きじゃない。


 あの容貌に加えて、成績でも学年上位に名を連ねているし、ご覧の通り料理やお菓子作りなんかも巧みにこなす。一体どんなズルをすればそうなれるのか。


 それを鼻にかけるような、嫌なヤツだったなら嫌いになれたのに。


 サバサバとしていて、たまに男の子みたいな仕草をすることがあって、自称コミュ障とか言ってるけどそうは見えなくて。悩みなんて無さそうに見えるのに、体育の着替えの時なんて、自分と周りの胸を見比べてはため息をついていたりする。彼女にも手に入らないものがあるのかと、少しだけ溜飲が下がる思いがしたものだ。


「ずるいよね」


 気がついたら声が漏れていた。


「何が?」


 窓から外を眺めていた、幼馴染の美由紀がこちらに振り向く。


「ほら、あの顔」

「たしかに九重はキレイだけど」

「……そうじゃなくてさ」


 あたしの視線の先で、九重が結城の方を見て笑う。苦笑いだ。でも通じ合ってる感じがする。


 クラスの名物バカップル。あの2人は幼馴染だと聞いたことがある。向こうはよろしくやっているというのに、こっちの幼馴染は美由紀だけ。不公平だ。


 あれだけ誤魔化そうとしていたクセに、夏休み明け辺りからだろうか、九重は付き合っていることを否定しなくなった。茶化されても嫌がるどころか蕩けるように微笑むのだ。


「……なんだろう。表情、かな?」

「表情?」


 美由紀がオウム返しに聞いて来る。


 あんな表情、あたしには出来やしない。どれだけの信頼を結城に向けているのだろう。ほんの少し、複雑な妬ましさを感じる。


「……表情と言われても、なんか引きつってるように見えるんだけど」

「……揉めてるね」


 隣のクラスの男子と、うちのクラスの女子との言い合いから始まって、気がついてみれば男子と女子の対立構図。


 騒ぎを避けるように、九重が教壇の隅の方に下がって行く。全く下を見ていない。足を踏み外したりしないだろうか。


「おー。結城がもみくちゃにされてるよ」


 あたしの幼馴染は騒ぎの方を見ているようだ。


 嫌な予感がした。立ち上がる。美由紀が訝しげな顔をする。九重の左足が教壇の外に置かれようとしていた。そこに足場は無い。なんであたしがこんなに心配しなきゃならないんだ。


 ああっ、もう!


 言わんこっちゃない。思わぬ落差に、足を取られた九重が間の抜けた顔をする。倒れ方が悪い。あれは頭を打つやつだ。


 まだ誰も気がついていない。走り出す。意識ばかりで身体がついてこない。もどかしい。九重が目を閉じるのが見えた。


 あたしは彼女と床の間に滑り込む。





 足をすくわれる(物理)


 文章がぜんぜん出てこなくて四苦八苦中。なんでだろ?

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