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4.甘え

 今日は朝から調子が悪い。姉のせいでいろいろ考えてしまってなかなか眠れなかった。最後に時計を確認した時は午前3時を回っていた。あんな時計見たくなかった。地球を逆回転させて時間を巻き戻して思う存分眠りたい。


 残念ながらスーパーマン的脳筋解決法を実行できるほどの能力は持ち合わせていなかったので、無心で目を閉じて眠りに誘われるのを待った。その甲斐あって少しは眠れた……のだろうか?


 しかしあれだな。次のラウンドまで持ち越さないどころか100連敗コースだなこれは。姉に絡まれると毎回これだ。ほんと好き勝手言ってくれちゃって、苦手意識がどんどん強くなる。


 ため息を一つ、プリーツスカートを膝上までの長さでベルトで止め、オーバーニーソックスをノリでずり落ちないようにする。


 もう6月に入ったとはいえまだまだ朝は寒い。このオーバーニーもファッションというより寒さ対策で付け始めたのだけど、寒さよりも冷えが辛いのだ。特にふくらはぎから下。夏だろうがなんだろうが冷える。これがかの有名な冷え性かと戦慄した覚えがある。


 どうすれば改善するのか。定期検診で病院に行ったとき担当の女医さんに聞いたことがある。ストレッチをするとか、体を温める食品を取ることを心がけるとかあるけど、体の熱を発生させている大本は筋肉、ということで筋肉量を増やすのが一番いいと言われた。


 筋肉を増やすって言われても。以前体を鍛えようとしてどうなったかはご存知の通り、寝込んで更なる弱体化である。


 せめて登下校くらいしっかり歩こうかなと思ったのだけど、えらくだるいなと感じながら2日くらい歩いたところで、その、はじめての女の子の日が来てしまって有耶無耶になってしまったわけで。それからずっと自転車の後部荷台が定位置だったりする。


 制服に着替え終わり、幽鬼みたいな足取りで部屋を出たところでギャル装備に身を固めた姉と鉢合わせた。


「おはよ響、あんたクマ出来てんじゃん。目立たなくしてあげるからおいで」


 有無を言わさず手を引かれて姉の部屋に引きずり込まれた。


 姉の部屋は、姉自身の見た目に反してものすごく落ち着いた雰囲気をしている。基本的に白と黒のモノトーンで構成されていて、絨毯だけがピンクのゼブラ柄に自己主張している。


「はい座って」

「う……うん」


 大人しくガラステーブルの前に座ると、目の前に鏡を置かれた。鏡に映る自分の顔は、目の下のクマも相まっていつもより幾分冴えない顔をしていた。


「時間無いから大雑把になっちゃうけど」

「……ねえ、それ口紅じゃない?」

「赤リップで簡単にクマを隠せるから覚えておきなさいな」


 姉がオレのすぐ隣に座り込むと、ふわりと甘い香りが鼻腔を刺激した。


「花の香り?」

「香水。そのうちあんたも付けるでしょ」


 ……そんな日が来るんだろうか。メイクだって何もわからないし、髪型もポニーテールかツーサイドアップくらいしかしたことが無い。もっぱらストレートだ。


 でも、休日の外出のとき服装のコーディネートに気をつけるようになった。気がつけば小物類はかわいいもので溢れている。


 順応してきているんだと思う。順応するというのは変わるということだ。あのとき周りに変わらないことを望んだ人間が、自分は変わっていっている。滑稽な話だ。


 アイツも変わっていくんだろうか……。いつまでも変わらず、今までと同じ心地よい関係を続けたいと思っているのに。子供みたいにバカやって、騒いで、楽しい日々が続けばいいのに――。


 わかっている。そんなのただの我侭だ。変わらない人間なんて居るものか。


「はい終わり」


 気がつけば綺麗にクマは消えていた。覚えておきなさいなんて言われたのに、全く見ていなくて正直気まずい。


「……どうやったの?」

「クマのところにリップを塗って、指で広げてボカすの。そのあとコンシーラーとファンデ乗せるだけ。簡単でしょ?」


 赤リップもコンシーラーもファンデーションも持ってないけどな。欲しいと言えば母さんが喜々として揃えてくれるだろう。だが断言してもいい。そこからメイクの特訓が始まると。タイミングは良く考えないといけないな。夏休み中が一番マシだろうか。なんでこんなことで悩まないといけないのやら。


 鞄を持って立ち上がる。朝ごはん食べる時間が無くなってしまう。


「お礼は?」


 もとを辿ればこの寝不足は姉のせいなのですけどね。釈然としないまま目を合わせずに一言だけ。


「……ありがと」

「ふうん……どういたしまして」


 オレは姉が苦手だ。でも嫌いなわけじゃない。





 玄関を出ると、横付けされた自転車にまたがっている和人の姿があった。


 あくびを噛み殺しながら鞄を渡して、後ろの荷台に腰掛ける。


「寝不足か?」

「うん、ちょっとね」

「今日は珍しく顔に出てないんだな」


 和人が自分の目の下のあたりを指差す。徹夜でゲームした後とか、毎回酷いことになってるからなあ。内蔵でも悪くしたのかってくらいに。おかげで保健室で寝てても文句言われないんだけど。


「……姉がメイクしてくれたから」

「……おおう」


 やっぱりそういう反応になるよね。メイクなんて初めての経験だ。それがクマ隠しなんだからちょっと笑えてくるけど。


 いつものように和人の腰に手を回そうとするんだけど、昨日あんなことを言われたせいか妙に意識してしまって気恥ずかしい。ちょっと気合を入れてから、控えめに腰に手を回す。


「ねえ」

「なんだ?」

「メイクしたら、変かな?」

「……変じゃねえよ」


 少しだけ揺れながら、ゆっくりと自転車が走り出す。和人は毎日こうして送ってくれている。雨の日はさすがに歩いているけど、それ以外は毎日だ。


 もし自分が逆の立場だとしたらどうだろうか。何の見返りも求めずに毎日休まずに続けられるだろうか。少し考えただけでわかる。とても無理だ。


 それをコイツは辛いとか大変とか、そんな素振りを一切見せずに続けている。そこまでされる価値がオレにあるんだろうか。


「……もしかして迷惑かけちゃってるのかな?」

「バカかお前は」


 自転車に乗っていなければ頭を小突かれていただろう。そんな口調だった。


「だって、自分ばかりいつも助けられてて……」

「どうせまた姉貴に何か言われたんだろ」

「……どうしてわかるの?」


 思わず顔を上げた時、段差に乗り上げたのか自転車が少し跳ねた。


 余計なことに気を取られていたせいか、バランスを崩しそうになる。自転車がふらついてちょっと冷や汗をかいた。コケて怪我するのは避けたい。コイツ責任感じそうだし。


「……ごめん」

「お前のことで迷惑なんて思ったことないから」


 少しぶっきらぼうな声。


 ……それを単純に信じられるほど、単純な性格はしていない。でも――本心であってほしいと思うのは我儘だろうか。


 コイツに、何か少しでも恩返しが出来ればいいのだけど。


 もやもやした気持ちを誤魔化すように、腰に回した腕にぎゅっと力を入れて和人の背中に密着する。


「響さん、めっちゃ当たってますよ!?」

「……黙れバカ、ヘンタイ」


 わざとらしくおどけてみせる和人の背中に軽く頭突きをくれてやる。いいんだよこのくらいサービスだ。受け取っておけ。このあいだAAからAになった。オレだって成長しているんだ。


 そう、成長している。昔に比べてだいぶ女性らしくなった。4年間伸ばし続けた髪は腰まで伸びた。ウエストの細さは密かな自慢だ。筋張っていた体は柔らかさを感じさせるようになった。2年前には生理も始まった。いつか子供を産み、育むために、オレのことなんて無視して成長してゆく。


「おはよう響ちゃん、今日も彼氏と一緒かい?」


 いつものように庭いじりをしている近所のおばさんに茶化される。


 自転車はそこを走り抜ける。オレは顔を伏せたまま和人の背中に身を預け続けた。


 ……コイツの背中は、こんなに広かっただろうか。





 一時間目からうとうとしていたら先生に出席簿で叩かれてしまった。角だぞ角、絶対コブになってるだろこれ。挙句問題を出してオレを指名してきやがったし。恥をかかせたかったのかもしれないけど、こっちは前回テストで学年6位。スラスラと解いてやったら舌打ちしやがった。


 実際のところゲーセンで生徒指導部に補導される回数が多すぎて、成績よりもそっちの印象で問題児扱いされてるんだよなあ。というかゲーセンに行くだけで不良扱いとかいつの時代だよ。昭和か? 実際昭和から校則が変わってないからなんだろうけどさ。


「……頭痛い」


 休み時間に頭を抱えながら唸っていると、理恵ちゃんが右隣の席に座ってきた。右隣はあまり話したことない男子の席なんだけど、今は席を外しているみたいだ。


「寝不足辛そうだね」

「いやさっきの物理攻撃で痛い」


 触ると盛り上がってるし痛いし……寝てたのは悪かったけど、もうちょっと配慮してくれてもいいんじゃないか。体罰を完全に否定はしないけど、せめて角じゃなくて面で叩いてくれればなあ。


「自業自得って言うんだよそれ」

「……知ってる」


 ふてくされてるオレに、理恵ちゃんが苦笑する。


「響ちゃん、たんこぶになってる?」

「たぶんなってる」

「たんこぶってどうすればいいの? 冷やす? といっても冷やすものが無いね」


 困ったようにポニーテールを揺らしながら、理恵ちゃんがオレの頭を優しくなでてくる。これがまた絶妙に心地よい。もしかしたら新たな才能を発見したのではなかろうか。


 完全に弛緩した状態で理恵ちゃんの手に身を委ねる。オレが猫だったらごろごろと喉を鳴らしているに違い無い。それにしてもヤバい。これは人をダメにする手だ。


「響ちゃんの髪サラサラだね。羨ましい」


 理恵ちゃんの髪だって、毛先がちょっと跳ねてるところがかわいくていいと思うけど。人って自分の持ってないものに憧れるんだよね。


 オレに無くて理恵ちゃんにあるもの……うん、言うまでもないね。いつかその胸を揉みしだいてやる。でも今はいいや。自分の手に感謝するがいい。


 ほんと、絶妙に心地よくてうとうとしてしまう。いっそこのまま眠ってしまおうかと思うほど。でも我慢。せめて次の時間の出席取ってからじゃないと。


 名残惜しい気持ちはあるけれど、頭を振って顔をあげる。


「……次の時間なんだっけ?」

「数Ⅰだけど先生体調不良で自習だって」


 ばたり。


 オレはもう一度机につっぷすと、理恵ちゃんの手を取って自分の頭の上に乗せた。


「なでれ」

「猫かな? おとーさん、この猫うちで飼っていい?」

「誰がおとーさんだ……」


 近くに和人も居るのか。世話焼きのいい父親になりそうじゃない? でも娘に、私の服お父さんのパンツと一緒に洗わないで、とか言われてショック受けたりしそう。そういやウチの父も同じようなこと言われてたね、姉に。


「まあ、いいけどその猫めっちゃ手かかるぞ」


 ……いや、まあ否定は出来ないけど。


「毎日送り迎えしないといけないし、たまに甘いものあげないとスネるし」


 ……はい。


「ゲームしたくなると昼夜問わず連絡してくるし、スルーすると機嫌悪くなるぞ」

「やめとくね、おとーさん」


 ……うん。


 ……やばい。わりと本格的に自己嫌悪だ。


 あらためて言われてみると、なるほどこれは酷い。もちろんコイツが冗談で言っているというのはわかってる。けど、どこにも嘘は無い。


 どう考えても和人に迷惑をかけすぎている。


 コイツは迷惑に思ったことはない、なんて言っていたけど、だからといっていつまでも甘えていていいわけじゃない。何かコイツに返してやることは出来ないだろうか。


 お金やモノでというのは違う気がする。自分たちはまだ親に養われている身だし、自身で稼いでいないからだ。そうなると、何がいいだろう。定番なのは手づくりのものだけど、この季節にマフラーとかは無いだろう。そもそも編み物出来ないし。


 でも、手づくりという方向性は良さそうだ。


 コイツの喜ぶ顔が見れたらいいな。なんてことを考えながら、理恵ちゃんになでられていると、いつの間にか瞼は落ちていた。

 修正するかもしれません。

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