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閑話 2-2.ガール? ミーツ ボーイ……ズラブ

 ――インストールなんて、終わらなければ良かったのに。


 ノートパソコンの内臓スピーカーから流れるオルゴールのBGMに、オレは小さくため息をついた。


 もちろんBGMに罪は無い。これは単純に気持ちの問題。


 いつの間にやらインストールは終わっており、ディスプレイにはタイトル画面が表示されていた。この金髪の美少年が主人公だろうか。イケメンを見て一体何が楽しいと言うのか。理解出来そうに無い世界だ。


「インストール終わった?」


 高橋さんが背後から覗き込んでくる。


「終わったよ。終わったけど……」


 気が進まない。本気で気が進まない。


「……ほんとにやらなきゃダメ?」

「当然」


 にべもなし。


「……拒否権は?」

「あると思った?」


 ですよねー。


「ほ、ほら。これって18禁だし……」

「だから、ここまで来たら共犯だよ」


 ……思わず遠い目をしてしまう。往生際の悪いことに、それでもなおゴネようとして。


「出来れば、またの機会に――」

「……そんなに、嫌?」


 硬い声が聞こえた。慌ててそちらに向き直るも、高橋さんは俯いていて表情をうかがい知ることは出来ない。


 ……失敗した。彼女はきっと、自分の好きなものを誰かと共有したかっただけなのだ。それを、しつこいくらいに拒み続けてしまった。


「……ふーん。九重さんはゲーマーだって聞いてたのに、やりもせずに食わず嫌いするんだ?」


 もしかして、拗ねていたりするのでしょうか?


「あの、その。そういうわけでは無くてですね」

「そうやって、先入観だけで判断するような人だったなんてがっかり」


 どうにかしてプレイさせようと、煽っているのかもしれないけど、煽り慣れていないところが微笑ましい。


 ああ、もう! 乗りますよ。ええ。乗ってやりますとも。それで機嫌が直るなら安いもの。死ななきゃ安い。


「いやー。是非とも一度やってみたかったんだよね。楽しみだなー」


 こうなりゃヤケだこんちくしょう。





 物語は、第三次世界大戦後の、まだ戦争の傷跡が癒え始めたばかりの英国で始まった。


 とある地方の郊外にある神学校。つまり、神父や牧師などを育成するための学校に、主人公は在籍している。


 この学校は全寮制の男子校であり、腐的には萌えポイントが高いとのこと。隣に座っているポニーテールの豆知識。ぶっちゃけどうでもいい。


 画面では、主人公とその友人の掛け合いが始まっていた。


「なんだか主人公が、随分と慕われているような……?」

「いいよね、男の子同士の友情って」


 腐ったポニーテールの言葉を、額面通りに受け取って良いものか。


 よく分からない葛藤を抱えたまま、カチカチとマウスをクリックして物語を読み進めてゆく。


「登場人物同士の距離感が、妙に近い気がするんだけど……」

「男の子ってそういうものじゃないの? 教室とかでもよく肩とか組んでたりしない?」

「…………そうかなあ」


 納得してはいけない気がする。


「そういえば、九重さんの結城くんへの接し方って、ちょっと男の子っぽいところがあるよね」


 むせそうになった。学校ではかなり気を付けてるつもりなのに、さらっと核心を突かないで頂きたい。


「……生まれたときからの付き合いで、家族みたいなものだからかも」

「そうなんだ」


 最近はポーカーフェイススキルも上達して、何食わぬ顔で返せるようになってきた。つまらない返しに興味を失ったのか、それともゲームが気になるのか、高橋さんも掘り下げては来なかった。


 一息ついてから画面に意識を戻す。どうやら主人公と友人たちは、クリスマスに実家に戻るようだ。


 そしてそのクリスマスの夜、物語は急速に動き出す。実家に帰った主人公が見たものは、何者かに惨殺された家族の姿。


 少年は慟哭する。どうして神は家族を見捨てたのか、と。


 燃え盛る家の中に残されたわずかな手がかり。それを元に彼は調査を開始して。行きつく先に、何が待ち受けるとも知らず――。


「…………」

「…………」


 気がつけば2人とも無言だった。


 食い入るように画面を見つめ、何かに突き動かされるようにマウスをクリックしてゆく。


 調査の中で、友人を好きになってしまう主人公。友人もまた、彼に好意を抱く。しかしそこは聖職者を教育するための神学校。同性愛は固く禁じられている。


 同性を好きになるということ。それは罪なのか。


 少年たちの葛藤が、少しだけ他人事ではない気がして。何かが胸に突き刺さり、息が詰まりそうになる。


「理恵ー。入るわよー」

「うわあぁぁっ!」

「ひゃあああぁぁっ!」


 そんな折、いきなり背後のドア向こうから聞こえてきた声に、仲良く揃って悲鳴を上げた。


 とっさにノートパソコンを閉じたのは、ファインプレイと言って良いはずだ。


「お母さん! 驚かせないでよ!」

「あら? お友達が来てたの?」


 部屋に入ってきたのは、40歳くらいの上品な雰囲気を持つ女性。つまりこの人が高橋さんのお母様であるようだ。


 とりあえず、座ったままでは失礼かと、立ち上がろうとしたものの、思ったように足に力が入らない。


「わっ……ととと」


 たたらを踏んで倒れそうになったところを、お母様に抱きとめられた。……着痩せするタイプなのだろうか。


「すっ……すいません!」

「大丈夫?」

「助かりました。座りっぱなしで足が痺れてたみたいで」


 お礼を言ってそそくさと距離を取る。まだちょっと足に違和感はあるけれど、いつまでも抱きついたままというのもきまりが悪い。


「もしかして、はじめましてかしら?」


 そういや自己紹介忘れてた。わたわたしていたせいか、少しだらしないことになっていたブレザーを、慌てて正して向き直る。


「はじめまして。九重 響です。ええと……」

「同じクラスで、今日友達になったの」


 背後から高橋さんに抱きつかれた。……遺伝か。どことは言わないけど。


「……ねえ理恵。この子ちょっと冗談みたいに綺麗なんだけど。競争率、すごいことになってるんじゃないの?」

「九重さんもう彼氏いるよ?」

「ちょっと!」


 おぞましいことを言わないで頂きたい。


 仲がいいのは確かだし、男避けとして重宝していたりするものだから全力で否定するわけにもいかず。結果として、照れてしまって素直になれない女の子というキャラが立ったりもしたけれど。したけれど!


「違うってば。アイツとはそういうんじゃないから」

「誰とは言ってないんだよね。一体誰を想像しちゃったのかな?」


 抱きつかれたまま、頬をプニプニとつつかれる。


「黙秘権を行使しますー」

「ところで九重さん、時間は平気なのかしら?」

「……時間?」


 高橋さんのお母様のその声に、促されるように窓を見て。


 外は思っていたよりもずっと暗く、瞬きをしてみてもそれが変わることはない。うん。真っ暗だ。


「……ダメみたいです?」


 門限は午後6時――。





「何かいいことでもあったのか?」


 お風呂から上がって、髪の毛をドライヤーで乾かしている、そんなとき。


 ドライヤーを止めて声のする方を見てみれば。ベッドに横になりマンガを広げたまま、物珍しそうにこちらを眺める少年と目が合った。生まれて14年、たぶん1番一緒にいる親友だ。


「そう見える?」

「ここ半年では見たことないくらいに」


 おかしなことを言うもんだ。


 でも、あながち間違っていないのが、14年の力なのかもしれない。


「和人が言うくらいなんだから、あったんだよ」


 高橋さんから貸してもらったゲームのディスク。その透明なケースを、指で弾いてみたりして。


 興味なんて無いと思っていたはずなのに、あの先のストーリーが気になって気になって。ディスクレス起動が出来なければ諦めるつもりで試したところ。


 出来てしまった。それはもうあっさりと。


 後はもう語る必要は無いだろう。あまりに熱い手のひら返しに、高橋さんは苦笑気味ではあったけど。あれは喜んでいたのだと思いたい。


「友達が、出来たんだ」


 奇妙な縁だと思う。


 まさかこんなものが、きっかけになるなんて。


「おかしな女の子でさ。押しが強くて、グイグイ来る」


 空に手を伸ばしたことがある。なんだか雲が近くに見えて、掴めそうな気がしたのだ。でもそれは勘違い。繰り返しているうちに、手を伸ばさないようになる。


 いつしかそうやって諦めて、どうせ無駄だと決めつけて。それでも空を見上げていたら、地底から伸びてきた触腕に足首を掴まれた。


「完全に素で、ツッコミを入れさせられるとは思わなかったよ」


 隠し事だらけのオレに、上辺だけでない友達なんて、出来るわけが無いと思っていたのに。


 無意識のうちに築いていた心のバリケードは、よくわからないうちに蹂躙されて、気がついてみればこの有様。


「……そっか」


 親友は表情を緩ませて、でもそれだけだった。


「なんだよニヤニヤして。気持ち悪い」

「我が子の成長を、見守る親の気持ちがわかった気がする」

「うわ……」


 世迷いごとを抜かすアホは放置して、ドライヤーを再開する。髪が乾いたらインストールをして、今日は久しぶりに徹夜コースだろうか。明日はもちろん平日だけど、若さでカバー出来るはず。


「悪いんだけどさ。今日は1人でゲームをしたい気分なんだよね」

「手元のそれか?」

「乙女の秘密なんで教えられません」

「……おと……め?」


 そんなねじ切れそうなほどに首をひねられても。高橋さんの秘密なんだから、乙女の秘密で合ってるはず。


 この奇妙な縁を、大切にして行こう。


 共通の話題はここにある。続きが気になるのは本当で。男の子同士のそういうシーンについては、怖いもの見たさと言うか、ちょっとだけ興味があるのも事実だけど。


 とりあえず、やってみなけりゃわからない。


「ねえ、和人」

「……ん?」

「ゲームでも、食わず嫌いはダメなんだってさ」





「尊い……」

「ほんとしんどい……」

「……なんなんだコイツら」





 しばらくフルートの練習に専念するので次回更新はおそらく10月になります。まさかこいつをまた引っ張り出すことになるとは。


 小中高と続けてきた吹奏楽ですが、周りもみんな大学入って引退してるんですよね。


 ちなみに妹ちゃんはクラリネット吹いてます。クランポンのなんか高いのを高校入学祝いに買ってもらってました。


 フルートとクラリネットでチャンバラしてはいけない。

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