閑話 2-1.ガール? ミーツガール
思い付きで書いた前日譚です。
肌触りの良いキャミソールの上から制服のブラウスを身にまとい、ボタンを一つ一つ留めてゆく。
膝上5cmのプリーツスカート。それに合わせたニーソックス。
ネイビーブルーのリボンタイを校章のブローチで固定して、紺色のブレザーに袖を通す。
寝起きでボサボサのロングヘアも、ブラシを通せばすぐ元どおりのサラサラストレート。
仕上げの確認に鏡の前でくるりと回れば、ひるがえるスカートがかわいらしさを際立たせる。
そこに居るのは女の子。
限りなく本物に近い、偽物の女の子。
これがオレ、九重 響、中学2年生。誠に……誠に遺憾ながら、この無駄にかわいらしい格好をした女の子が自分だったりするわけだ。
……2年前までは、間違いなく男の子やってたんです。
今となっては誰も信じてくれなそうな言葉を飲み込んで、鞄を掴み部屋を出る。
今日もまた、ため息とともに1日が始まる。
「お願い九重さん! ちょっと手伝って欲しいことがあるの」
そう言って、拝むように両手を合わせて頭を下げたのは、クラスメイトの高橋さんだった。トレードマークのポニーテールがサイドに流れ、重力に引かれて首にかかるのが見えた。
くすぐったくないのかな? そんなズレたことを考えながら、首を傾げてみたりして。
高橋さんとはそんなに親しいわけじゃない。この中学に入って1年半が過ぎたものの、友達と呼べる人は片手で数えられる程でしかない。それこそ本当の意味での友達は、アイツ1人くらいのものだ。
その親友は、今日に限って日直のゴミ捨てのため不在である。なんでこんな肝心なときに居ないかなあ。心細くて仕方ない。
「……ええと。あの。とりあえず、頭上げてもらっていいですか? なんか誤解されそうですし」
まだ3学期になったばかりの冬休み気分の残る放課後の教室は、下校前の雑談に花を咲かせる生徒たちでいっぱいだ。そんな中で女の子の頭を下げさせたままにするというのは、ちょっとばっかし見え方が良くないのではなかろうか。
「あ……ごめんね九重さん」
彼女はすぐに顔を上げてくれた。クリクリの大きな目がかわいらしい、ポニーテールの活発そうな女の子。
まじまじと顔を見て、それは失礼だろうと目を逸らし、咳払いを一つしてから向き直る。
「いえ、こちらこそすいません。注目されるのは苦手でして……」
「九重さん、大人しいもんね」
学校では猫かぶってるだけなんだけど、訂正するのもわざとらしい。曖昧に笑って否定も肯定もしないという処世術。
「ところで、一体何を手伝えばいいんですか?」
「……それは、ええと。なんて言えばいいんだろ」
何やら妙に歯切れが悪い。
たしか高橋さんは、何事ももっとはっきりと話すタイプだったはずだ。親しくはないけれど、なんだかんだでクラスメイト。そのくらいは知っている。
「……ここではちょっと話しづらいんで、家に来て貰っていい?」
困ったように、ポニーテールを揺らしながら苦笑い。
「……和人もいっしょでいいかな?」
「結城くんはちょっと……」
ゴミ捨て野郎の同行はダメらしい。
「……もしかして、1人で?」
「1人で」
……何気に。女の子の家に誘われるなんて、人生で初めてのことだったりするんですが。
…………何が起こるの?
意外なことに、高橋さんと最寄り駅が同じであることが判明した。とはいえ彼女の家は、オレや和人の家とは駅を挟んで反対側。近所と言えるかは微妙なところだ。
「飲み物は紅茶でいい? と言っても午後ティーだけど」
「あ、大丈夫です」
パタパタとスリッパを鳴らして飛び出してゆく部屋主を見送って、改めて部屋の中を見渡せば。
まず目につくのは、ベッドの棚上に所狭しと並べられたぬいぐるみ。年季の入ったものもちらほらと見受けられるあたり、子供の頃からの思い出の品なんかもありそうだ。
本棚がわりとスカスカなのはご愛嬌。勉強より運動のタイプなのかもしれない。そういやテニス部だって聞いたことがあったような無かったような。
勉強机は木製のしっかりした作りのもので、椅子も合わせてアンティークなデザインとなっている。ふわふわとした女の子らしい空間には重そうに見えるけど、雰囲気を落ち着かせるアクセントとして見れば悪くない。
部屋の中央には小さな丸テーブル。その上にはノートパソコンが置かれており、その正面に自分が座っているという按配だ。
……それにしても、オレみたいな男を部屋に上げて、なんとも思わないのだろうか。
そわそわと視線を彷徨わせてから俯くと、横坐りで崩した足がスカートから見えていて。なんだかちょっと、ふくらはぎが色っぽい。
どうにも違和感がぬぐえずに、顎に手をやって難しい顔をしたまま、それを見つめることしばし。
……って、自分の足だこれ。
そうだよ! 今のオレは女の子なんだから、なんとも思うわけないじゃないか。なんとも思われてたら危機的状況だよ!
百合の花が手折られるイメージが過るのを、全力で頭を振って追い払う。
念のためベッドとは対角線上に移動することにした。特に他意は無い。無いったら無い。
たしかにこれは、学校では話しにくい内容だった。
高橋さんが持ってきた、透明なケースに入ったディスクには、『神学徒』というタイトルとR18のマークが燦然と輝いており。
「アウトォォ!」
「まだ何も言ってないよ! とりあえず、このゲームってどうすれば遊べるの? こっそりとPS4に入れてみたけど動かなかったんだけど」
何故そこでPS4。
「……これ、どういうゲームかわかってる?」
「えっと、成人向けのゲームで」
「もうその時点でアウトだよね」
「男の子同士で組んず解れつする感じ?」
「…………は?」
……つまりBLゲーということだろうか。
百合を警戒していたらBLを押し付けられるなんて、誰が予測出来るんだこんなの。
「どう? 九重さんゲームに詳しいって話だし、なんとかならないかな?」
詳しいとは言っても、専門分野はアーケードゲームとレトロゲームなわけで。
「……ええと、これはPC向けのゲームで、遊ぶにはパソコンにインストールする必要があるんだけど」
「ゲームなのにパソコンでやるんだ?」
おっと。また予想外のセリフが出て来たぞ。
「……高橋さんって、機械音痴だったりする?」
「よくおばあちゃんと一緒に、テレビのリモコンのボタンが多すぎてわかんないって言ってるくらいには苦手かなー……」
でもスマホは使えてるっぽいんだよね。直感でなんとかならないものが苦手なんだろうか。テレビのリモコンについては、オレもわからないことだらけなんで他人のこと言えないけど。
「……買うとき、年齢確認されなかった?」
失礼を承知でまじまじと見させて貰うけど、どう見たって中学生。実際に中学生。頑張っても高校生にしか見えないと思う。でも通販なら買えてしまうのかもしれない。
「古本屋さんのゲームコーナーにあったのを、何食わぬ顔でレジに持って行ったら買えちゃった」
「年齢確認どこいった!?」
ザルかそこは! ……後で場所教えて貰おう。
「ところで九重さん、喋り方はもういいの?」
「あ」
気がつけば、被ってた猫が吹き飛んでいた。というか最初から被り物がめくれてたような気がしなくもない。
「でも敬語よりそっちの方がいいよ。ですます口調はちょっと距離感じちゃうし」
「……そう、かな?」
普段こんな口調で話す相手なんて、家族とアイツくらいだし、どうしたらいいかわからなくなってしまう。
「……馴れ馴れしくない?」
「友達ならこれが普通だよ」
「……友達」
なにこの子、なんでこんな恥ずかしいことを臆面もなく言えてるの?
気恥ずかしくなって、手元のBLゲーに視線を落とす。
「ホモが好きな人はちょっと……」
「安心して。ちょっと腐ってるだけだから」
「全く安心できない!?」
え、なに? 腐ってるって? 腐女子とかそういうやつ?
「わたしの秘密を知ったからには友達になって貰わないと。……無事に帰りたいよね?」
「脅迫!?」
虫も殺さないような、ぽわぽわした女の子だと思っていたのに。現実が斜め上すぎる。
「まあまあ。とりあえず、パソコンでのゲームのやり方教えてよ」
もう完全に彼女のペースだ。机の上のノートパソコンに電源を入れると、期待の眼差しと共にこちらに向けて差し出してくる。
「……うん。インストールしちゃうね」
生まれて初めて女の子の家に誘われて、甘酸っぱい青春の1ページ的な何かを期待していたわけでは無いけれど。どうしてBLゲーのインストールをさせられているのでしょうか。
インストール画面のプログレスバーを眺めつつ、肩を落としてため息を一つ。
「インストールだっけ? それが終わったらさ、一緒にやろうよ」
「…………うん?」
ちょっと油断していたのかもしれない。特に何も考えずに生返事。
じわじわと、内容が染み込んできて。
「……え、マジで?」
「今うんって言った」
こんなナリしてるけど、精神的には男の子のつもりなんですけど?
「うええぇぇ……」
「ここまで来たら共犯だよ、共犯」
なんかそういうことになった。
コミケお疲れ様でした! お目当ての本が買えて私は満足です。3日目は死ぬかと思いましたが。
作中のゲームですが、PIL/SLASHの『神学校』をもじっただけです。ストーリーは非常に面白いのですがBLゲーなので人を選びますね。あとわりとグロい。