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閑話 1-3.メイドさんとそれからの未来

「ちょ……ちょっと休ませて……陽太くん……」


 喘ぐようにそれだけ言うと、オレは店内自販機前のベンチに半ば横たわるように腰をかけた。


 ソニックブラストマンの後、エアーホッケー、ワニワニパニック、ダンスダンスレボリューションと、どれもこれも体力を使うゲームに引きずり回された結果がこれである。


 DDRではっちゃけ過ぎたのが何よりも悪かった。久しぶりのプレイでなんかテンション上がっちゃったのが原因か。


 最初こそリハビリとか言いながら低難易度曲を選んでいたくせに、最終的にはCANDY☆をくるくる回りながらプレイしていたあたり、ちょっと調子に乗りすぎたような気がしなくもない。


 いつの間にか増えてたギャラリーは大盛り上がりだったけど。


「姉ちゃんすごかった!」


 どうやら陽太くんにも満足して貰えたようだ。


「……最近……やってなかったから……ちょっと不安だったけど……」


 最近やってなかった理由としては、やっぱり服装の変化が一番大きい気がする。日頃から丈の短いスカートでいることが多くなるにつれ、プレイしなくなったのは仕方のないことだろう。


 もっとも、制服の膝上10cmスカートでもDDRくらいでは破綻しないので、転んだりしなければ見えなかったりする。ただしめっちゃ視線を集めるのでコケたら死ぬ。あとローアングラーは死ね。


 コケると言えばこのメイド服、スカート丈が足首近くまである上にパニエでふわっとさせていることもあって、足元が全く見えないのはどうにかならないものだろうか。


「……一回……踏み損ねたとき……足元見えなくて……パニくるかと思った……」


 ヤバい、喋るだけで辛い。荒い息をついていると、和人からペットボトルのスポーツドリンクを手渡された。どうやら自販機で買って来てくれたみたいだ。


「……さすがにちょっとは体力つけた方がいいんじゃないか?」


 指先の反応速度なら自信があるんだけど、身体動かすのはどうも苦手なんだよね。運動神経自体は悪くないと思う。でも持久力が絶望的。


「……そうだよね。将来男の子を産んだとして……育児するときこれじゃ困るよね」


 たった1、2時間でこの体たらく。これを1日中見ていないといけないんだからお母さんは大変だ。


 受け取ったスポドリを首筋に押し当てながら何の気なしに呟くと、和人が妙な格好で固まっているのに気がついた。


「……産むって……誰の」

「……和人以外の誰と子供作るの?」


 コテンと首を傾げる。なんでコイツは固まったままなんだろう?


「…………あ」


 なんかものすごい発言をしてしまったような。


「ちょ……ちょっとまって! 今のなしで! 先の話! 先の話だから!」

「そ……そうだよな。先の話だよな」


 お互いぎこちなく笑って、視線を逸らす。


「…………」

「…………」


 好きになって、恋をして。となればその先を想像してしまうことも、きっと自然な話なんだと思う。


 子供は2人欲しい。男の子と女の子1人づつ。小さくてもいいから一戸建て、それに小型犬。情操教育にいいって聞くし。なんてことを夜な夜な真剣に妄想してるくらいだ。将来設計なんて立派なものではないし、正直幸せな気分になってゴロゴロ転がって悶えてるだけだけど。


 それが5年後になるのか、10年後になるのかはわからない。想像した通りになるなんて保証も無い。


「でもさ……いつかそういう日が来るんだよ」


 そう信じてる。コイツとなら信じられる。


 それに……コイツ以外の男と恋愛するなんて無理なんだから責任を取ってもらわないと。


「……そうだな」

「だから、これは予行演習みたいなものなのかなって」


 ベンチから体を起こし、立ち上がる。


 いつの間にか陽太くんは、1人で勝手に頭文字D Arcade Stageの筐体に座っていた。ハンドルに手をやって、足をブラブラとさせているところに近づくと、覗き込むように声をかける。


「これ、やりたいの?」

「Rのバッジは不敗神話のRだ!」


 ……え? その歳で板金王好きなの?





 画面の中、妙義峠を駆け抜けるスカイラインGTR Vスペック2。緩急の激しいカーブにやや振り回され気味に見えるけど大丈夫なのだろうか。


「ほら! ぶつかるぶつかる! そこでインド人を右に!」

「もう許してやれよ……」


 ご存知の通り、ゲーメスト鉄板の誤植ネタである。廃刊から20年。このおもちゃはまだ遊べる……!


 それにしても、この頭文字D Arcade Stageというゲーム、原作再現度は高いもののゲームとしてのバランスはかなり危うい感じである。


 このお店に置いてあるのは旧筐体最終作の8なので、ある程度問題は解消されているものの、筐体にダメージを与えることで悪名高いべダルバタバタ走法を使わないと速く走れないことに変わりは無い。


 コースレイアウトも、1プレイ約3分というアーケードゲームの定番に合わせるため大幅なデフォルメが行われているものが多く、陽太くんがプレイしている妙義山も現実とはかけ離れた構成になっている。とはいえこれは、アーケードゲームとして仕方のないことだろう。


 また、頭文字D免許証という名の専用カードが無い場合、基本的に無チューン状態の車でプレイすることになるのだけどこれがまた極端すぎる。ステアリングを切るだけで超減速というペナルティ。今回は自分のカードを貸すことで事無きを得たとはいえ、初心者や一見さんへの配慮が足りているかと言われれば疑問が残る。


 しかし、このゲームの真価は原作再現度にある。秋名での溝落とし、妙義の歩道乗り上げ、いろは坂のインベタのさらにイン、ヘッドライトを消灯してのブラインドアタックすら可能という再現度。BGMがスーパーユーロビートなのもアニメファンには嬉しいこだわりだ。


 ゲーム画面に視線を戻すと、妙義峠ヒルクライム、ゴール手前のまさに歩道乗り上げ区間。


「陽太くん! 歩道使えるよ!」

「うん!」


 さすが板金王好き、ちゃんと知ってる。……あれ? でも、FDじゃなくても歩道って使えるのかな……?


「俺のFDが……行けると教えてくれてる……!」


 いや、キミが乗ってるのはGTRだからね?


 いつの間にかコツを掴んだのか、ドリフトさせて後輪を歩道に大外を刈るように駆け抜けてゆくGTR。やっぱり子供は直感で理解するの早いなあ。


 CPUライバルカーのFD3Sをアウトから抜き去ってそのままフィニッシュ! これもある意味で原作再現と言えるのだろうか。立場逆だけど。


「おー……すごいな」


 ベガ立ちギャラリーと化していた和人が感嘆の声を上げる。多分初プレイなのにどんどん上達してゆく様子にものすごくワクワクしたし、いいもの見せて貰えた気がする。残りタイムにハラハラもしたけれど、終わり良ければ全て良し。


 リザルト画面の後、名残惜しそうにハンドルを動かしている陽太くんに筐体から降りるように促すと、オレはそのまま財布を取り出して不敵に笑う。


「真打登場! ヘイホーの当たり屋と呼ばれたこの力、見せてあげる!」

「……褒めてないからなそれ」


 ……中学の頃、友達との3DSマリオカート通信プレイでやんちゃした結果、ついたあだ名がこれである。


 まともにやるとやり込み違いすぎてブッちぎっちゃうからね。勝負を面白くするために仕方なくですね?


 ……ほんとだからね?





「ごめんなさい、遅くなって!」


 委員長が来たのは、昼の12時を少し回った頃だった。


 合間合間にちょこちょこ連絡を取って、だいたい12時頃合流という話になっていたから、別にそこまで遅れたわけではないのだけど。真面目さんめ。


 はしゃぎ疲れたのか、陽太くんはオレの膝を枕にしてベンチでお昼寝中。和人は……何故かスト3 3rd対戦台のレバー交換をやっている。まあここに、何の仕事もしていない一日店員が居ますから。代わりに働かされるのは自明の理と言えるのではなかろうか。


「……あら? 陽太ったら寝ちゃったの?」

「疲れちゃったみたい」


 膝の上の陽太くんの頭を優しく撫でる。ちょっとごわついた髪が逆に心地よい。


「ところで、委員長は今日はどうしてたの? 買い物とは聞いてるけど」

「食料品の特売に、弟たちの服。それに日用品で足りなくなったもの揃えてたら結構時間かかっちゃって」


 大きめの紙袋が1つに、野菜やお肉などが入ったトートバッグが2つ、中くらいビニール袋が1つ、委員長の足元に並んでいた。


「……それ、一人で持つの?」

「このビニール袋くらいは、陽太に持って貰うつもりだったのだけど……脱走しちゃったから」


 肩をすくめて少し苦笑い。


「珍しく付いて行きたいなんて言っておいて、いざとなったらコレだもの。九重さんが見てくれて助かっちゃった」

「どういたしまして。……それにしても、子供の相手をするのがこんなに重労働だとは思わなかったよ」


 1日というか、2時間だけでも疲れ果てるレベルだというのに、これを毎日とか。やめてくださいしんでしまいます。


「そうよ。主婦は大変なの」


 冗談めかしてそう言うと、委員長は荷物をベンチ横にまとめ、陽太くんを挟んで逆側に腰をかけた。


「……ほんと痛感したよ。男の子産んで、育てるとしたら体力もたないもん」

「……一人目は女の子がいいんじゃないかしら? ほら、一姫二太郎って言うくらいだし」


 少し考えてから、委員長はそんなふうに返す。とは言ってもこればっかりは選ぶことなんて出来ないから難しいところだ。


「どっちにしろ体力つけないと」


 とりあえずウォーキングからかなあ。ついに自転車の荷台から卒業する時が来たようだ。大義名分ありで背中に抱きつける機会が減るのは惜しいけど。


「どうしたの。子供欲しくなっちゃった? 母性でもくすぐられた?」

「…………うん。ちょっとだけ」


 そりゃ……だって、アイツといっしょに陽太くんの手を引いて。本当に家族みたいで、なんかいいなと思ってしまうのはどうしようもなくて。


 もちろんそういうのはまだ早いとは思うのだけど、一度突っ走ろうとした前科があったりするせいか、妙に意識しているところがあったりするのが困り物。


 もじもじと、うつむいて指先を突き合わせる。そんな様子に委員長は呆れたようにため息を一つ。


「……避妊はきちんとしなさいよ」


 突き合わせていた指先が脱線事故を起こした。


「な、な、な、な、な……」


 真面目な顔で何言ってんだこの眼鏡ぇ!


「……冗談のつもりだったのだけど。もしかしてこれ、冗談にならないのかしら?」

「委員長だけはそういうこと言わないって信じてたのに……」


 母さんと姉だけで充分だよ。あっちは本気だからさらにダメージは加速するけどさ!


「あの……なんというか、ごめんなさい」


 そして無言。


 コミュ障同士がお見合い状態を打破するにはどうすればいいんだっけ? 大事なことは全部格ゲーが教えてくれた。中間距離のお見合いにはとりあえず飛び道具だ!


「出来るわけないだろ!」

「どうしたのよいきなり!」

「……姉ちゃんたち、うるさい……」


 陽太くんが起きた。





 そして委員長は帰っていった。


「見事なもんだったな……」

「うん。ほんとに」


 隣に立つ和人の言葉に同意する。


 あの後、目を覚ました陽太くんに対して委員長が行ったこと。


 何故勝手に出歩いたのかを聞き。それによって何が起こるか、委員長がどう思うかを説明し。しゃがんで同じ目線で諭すように叱り。心配したんだからと抱きしめると、陽太くんも素直にごめんなさいと謝って。


 なんかもう、そこらのお母さんよりきちんとお母さんしていた。お手本にするべきレベルで。


「響は、どんな母親になるんだろうな」

「……どうだろう。まだわかんないや」


 少し考えてみたけれど、そう簡単にわかることではなさそうだ。


「和人はどう? どんな父親になると思う?」


 自分には答えられなったというのに、ちょっと意地の悪い質問だったかも。


「……たしかにこれは想像つかんな」

「でしょ? でもひとつだけ、わかってることがあるんだ」


 思い付きを実行に移すべく、その場でくるりと一回転。ひたすらに長いスカートの裾が翻り、和人が目を丸くする。


 ほらこれで8フレ有利だ。


 誰かに見られてたって構うものか。素早く背伸びをして、コイツの頬に唇を押し当てる。


「きっとこれからも、毎日は楽しいよ」









 こいつ全く仕事してないな。


 ハンドルを右に→インド人を右に。


 8フレ有利の話は、閑話.1-1から続けて読まないと意味不明かも。

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