閑話 1-2.メイドさんはハードパンチャー?
「これがやりたい!」
陽太くんが指さしたのは、水色の筐体に赤いパンチパッドの付いた、いわゆるパンチングマシーンと呼ばれるエレメカだった。
それも、バカゲーとして有名なスーパーヒーローものである。
「ソニックブラストマンとは、なかなか見る目があるな……」
恐れおののくように額の汗を拭う和人。
「三発殴って胆石を砕け! だね」
「……なに言ってんだ? 隕石だろ?」
たしかに、このゲームの最高難易度は『3発殴って隕石を砕け!』ではあるけれど。ちなみに、それ以外を難易度の低い順に並べると『暴漢』『トレーラー』『ビル』『蟹』だったりする。
「そうじゃなくて……小鉄のコスプレして胆石を砕かれる感じ?」
「ゲーメストかよ!」
むしろそれでわかるのもどうなの?
いちおう小鉄ついて説明しておくと、対戦格闘風アクションゲーム究極戦隊ダダンダーンに登場するキャラクターで、上半身裸に褌一丁のまごう事なき変態である。プレイヤーキャラなのに。
ダダンダーンはそのゲーム性よりも、もっぱら子門真人によるテーマ曲で知られている。ヒーローものと言うよりスーパーロボットものの雰囲気を感じる熱い主題歌は、まさに名曲と言っていい。ゲーム自体も密かに良作。このお店に無いのが残念なくらいだ。
それはさておき。
財布から百円玉を取り出して筐体へ投入する。店員用の鍵は貸し出されているので、サービスクレジットを入れることも出来るけど職権濫用もどうかなと。まあどうせ委員長に請求するし?
「陽太くん、ステージはどれにする?」
「適当でいい!」
見れば、筐体に吊るされていたグローブを両手に着けて、すでにやる気マンマンである。
「それじゃあ……」
初プレイだろうし、一番簡単な『暴漢』でいいよね。
「ほら、3発殴って暴漢をKOせよ! だって」
「うん!」
モヒカンにタンクトップ、それにトゲ付きリストバンドって、どこの世紀末にお住まいの暴漢なのでしょうか。
『私のパンチを受けてみろ!』
響き渡る決め台詞。やはりソニックブラストマンと言ったらコレだろう。やや棒読みではあるけれど、言い換えてみれば味がある。
陽太くんは筐体の真正面に立つと、グローブの感触を確かめるようにしっかりと拳を握りしめた。足を肩幅に開くと、大きく振りかぶって赤いパッドを殴りつける。なかなか腰の入ったいいパンチだ。
『ぐぅぇ……!』
主人公のボイスはアレなのに、暴漢の殴られボイスが迫真の演技とはこれいかに。
ただいまのパンチ力 63t。
暴漢がのけぞり、画面にスコアが表示される。このゲームの単位はkgではなくtである。インフレ半端ないって。
暴漢とはいえ人間だし、63tの力で殴られたらミンチよりひでえやが発生しそうな気もするが、野暮なことは言いっこなしでお願いしたい。
なお、暴漢ステージクリアには合計200tのスコアが必要だったりする。トレーラーステージが250tなことを考えるとこの暴漢、トレーラー並みに頑丈ということになる。人類最強がこんなところに隠れていたなんて……。
それはともかく、あと137tでクリアだ。3分の1くらい削ったみたいだし、上手く行けばクリア出来そうなギリギリのライン。
「どうだ!」
「すごいよ陽太くん。倒せるかも知れないよ!」
キラキラしたドヤ顔をこちらに向ける陽太くん。なにこの生き物かわいい。目覚めそう。
思わず抱きしめてぎゅっとしようとしたら、間髪入れずに和人からチョップされた。
オレはしょうきにもどった!
「なんかダメなときの委員長と同じ顔してたからつい……」
「危うく戻れなくなるところだったよ……」
あれが委員長をダメにした魔性か。
結局のところ、陽太くんは3発殴って188tのスコアで、残念なことに暴漢を倒すことは出来なかった。
「負けたー!」
「よーし、お姉さんが仇とってあげる」
コインを一個入れて、選ぶのは当然のように最高難易度。正直に言うと普通にやったらオレの腕力でクリア出来るわけがないんだけど、それはそれこれはこれ。
地球に隕石が接近! 3発殴って隕石をくだけ!
何度見てもシュールな画面である。隕石を見上げる女の人の顔が、ソードマスターヤマトっぽいのはどうにかならなかったんだろうか。
グローブを着けて筐体の前に立つメイドさん。要するに自分ではあるけれど、よりコスプレ色が強まった気がする。アルカナハートあたりに居そうで居ないかんじ。あれのメイドさんは大剣使いだ。
「ふんぬー!」
溢れる気合とともに赤いパッドをぶん殴る! しかしこのかけ声はちょっと失敗したかも。ほら、自他共に認める清楚キャラですし?
……寝言は寝て言えと、よく言われるのは何故なのか。
ただいまのパンチ力 37t。
「よわ……」
「くそざこなめくじ……」
「ちょっと!? 陽太くんそんな言葉どこで覚えたの!?」
酷い罵倒を聞いたような気もするが、気を取り直して2回目へ。
「えい☆」
ただいまのパンチ力 32t。
「下がった!」
「今更かわいいアピールは無駄だぞ……」
うっさいやい。
ともかく、隕石は合計350tでステージクリアなので、あと281t必要だ。大丈夫。まだ慌てるような時間じゃない。
「パンチングマシーンって、実際に打撃力を測ってるわけじゃないんだよね」
そう言って、オレはコミュニケーションノートの置いてある机から、黒い下敷きを拝借する。
「じゃあ何を測ってるかと言うと、パッドの倒れる速度を測定しているんだ」
筐体の横からパッドの根元を指さして。
「ここに光学センサーが複数設置されていて、それぞれのセンサーが反応した時間から速度を求めてるってわけ」
「……おい」
センサーが並ぶ溝の上に、下敷きをやや斜めに添えて位置を調整する。
「だからこんなふうに、センサーをほぼ同時に反応させてやれば……」
「おいバカやめろ」
何かに気がついた和人が止めようとしてくるがもう遅い。勢いよく下敷きを溝に押し込んだ。
スピーカーからの、バシン! ズドン! というSEとともに隕石が大きく凹んでゆく。これはワンチャンいけたのではなかろうか。
ただいまのパンチ力 300t。
「ほらね!」
「……姉ちゃんすげーずりー」
なんか予想してた賞賛の声とは真逆の呆れ声が聞こえて来たんですけど? ちょっと当てが外れた気分になっていたら、頭をガシッと掴まれた。
「お前はっ! 子供に! 何教えてるんだっ!」
「痛い痛い痛い! 頭ぐりぐりするのやめて! 中身出ちゃう!」
もっと優しく丁寧に扱って! うめぼしから流れるようにアイアンクローするの禁止だってば!
「……うう……これがDVってやつなのかな」
「全く反省してやがらねえ……」
痛む頭をさすりながら、ずれたホワイトブリムを涙目で直していると、背後から肩を叩かれた。
「響ちゃん、出禁ポイント5点追加ね」
「……ゑ? 店長……いつからそこに?」
「よお来たのぉゲーメスト! のあたりから?」
「そんな話してないです」
出禁ポイント消化のための罰ゲームで、出禁ポイントが増えるとか。無限ループって怖くない?
……解せぬ。
パンチングマシーンのスコア測定方法はあれで合ってるはずですが、下敷きでどうにかなるかは不明です。とてもじゃないけど確認出来ません! この作品ではそういうものだと思って頂ければ。
ゲーメストについて調べているだけで一週間くらいかかりました。すごいですねこの雑誌。なんか20年以上前のゲームセンター全盛期の風景を見てみたくなります。あと誤植。インド人を右に。
よお来たのぉゲーメスト! はドキばぐです。