閑話 1-1.メイドさんは格ゲ脳
ワールドカップで全力でニワカしてました! 勇者モドリッチの冒険は終わってしまった……。
「あつい……」
閉め切った更衣室の中、紙袋を置くとオレは思わず呻くように声を漏らした。
叔父が店長兼オーナーをしている行きつけのゲーセンのプリクラコーナーにある更衣室。外から覗かれたりしないよう密閉空間になってるくせに、エアコンが存在しないのは殺しに来てるのではなかろうか。
額から汗が伝って床に落ちる。壁に掛けられたレトロな水銀温度計は摂氏35度を指していた。さっさと着替えて冷房の効いた店内に戻りたい。
足元の紙袋に目を向ける。
叔父から渡されたこの紙袋の中には、真新しい……というか、まだ誰も袖を通していないメイド服一式が入っていた。
「うむむ……」
もうとっくにかわいい系の服に抵抗はない。フリルたっぷりの服を着て、鏡の前でくるりと回るのも慣れたものだ。しかしである。
「……メイド服かあ」
――コスプレ。そんな単語が頭をよぎった。
しょうがない。わかってはいるのだ。だってこれは罰ゲーム。出禁ポイントを10ポイント溜めてしまった自分の責任。
興味がないわけじゃない。それに、間違いなく似合うという自信がある。
対戦台で狩り過ぎたせいだろうか。このお店だと姫プレイ出来ない程度に、常連みんなが辛辣すぎて忘れそうになるけれど、実は美少女だったりするわけで。
『かわいくても悪は悪』
誰が言ったかこの言葉。なんで悪役ポジションになっているのかわからない。ラスボスとして君臨しすぎたのかもしれない。かわいいは正義の原則どこいった?
しかしまあ、こうしてぐだぐだしていても暑いだけだ。着てきた白のワンピースを脱いでインナーキャミソール姿になると、紙袋からメイド服を取り出した。
ベースとなるのは黒のマキシ丈ワンピースドレス。パニエでスカートをふわっとさせるのがポイントのようだ。エプロンもフリルたっぷりでかわいらしい。懸念していたような超ミニスカートタイプではなくて助かった。
ちなみに、この店にある男性用メイド服は超ミニ丈である。TAICHIが着たとき、トランクスがチラチラしていたのを覚えている。誰が得するんだろうあれ。
このゲーセンには出禁ポイントという制度がある。台パン1回1ポイント、大会遅刻や呼び出し不在などの遅延行為1ポイント、バグ利用でゲームを止める……いわゆる筐体K.O1ポイントなど、お店に迷惑をかける行為でポイントが溜まって行くようになっている。
これを10ポイント溜めるとめでたく出禁……とはならずに、罰ゲームという名の処刑が実行される。
メイド服を着て10時~16時の1日店員、それが処刑の内容である。
メイド服に着替えると、すぐに更衣室から飛び出した。あと5分もいたら熱中症になりかねない。アツイアツイアツクテシヌゼ。ならず者戦隊ブラッディウルフはやったことないけどさ。
部屋からの脱出を優先したこともあって、ホワイトブリムはまだ手に持ったままだ。どこか鏡がわりになるものがないかと店内を見渡してみたところ、和人が小学校低学年くらいの男の子の手を引いて、途方に暮れていることに気がついた。
雑にホワイトブリムを頭に乗せると足早にそちらへ向かう。男の子は眉を顰めていて、なにやらちょっと不満そうだ。
「どうしたの? 迷子?」
「違う」
間髪入れずに否定したのは、男の子の方だった。
「姉ちゃんが買い物に夢中だから遊びに来た」
買い物……この近くだとAEONかな。どこかで待っているように言われたけど、我慢出来なくなったクチっぽい。子供だし、仕方ないよね。
「名前と歳は言えるか?」
「七瀬 陽太。8歳だ」
和人の問いにハキハキと答える男の子。8歳ってことは小学2年生か3年生か。フラフラと、どこへ飛んで行くかわからない風船みたいなお年頃。
それにしてもこの子、どこかで見たような気がするんだよなあ。目鼻立ちが誰かに似ているというか。
……って、その苗字はもしかして。
「ねえ、キミのお姉さんの名前って牧絵だったりしない?」
「姉ちゃんのこと知ってるのか?」
ビンゴ。委員長の下の弟くんだ。
「君のお姉さんとはクラスメイトなんだ」
我らがクラス委員長、七瀬 牧絵さんには弟が2人いるそうだ。8歳と12歳。やんちゃ盛りで手がかかるとボヤいたりしながらも、本人はとても幸せそうだったし、お風呂なんかも委員長がいっしょに入っているとかなんとか。おねショタですねわかります。
ちなみに、委員長から大量に送られてくる弟写真は、保持しているだけでヤバそうなものが混ざっているため基本的に封印指定である。見ずに消す。児童ポルノは単純所持も犯罪だからね!
「……おまえがヒビキか?」
陽太くんはそう言うと、オレのことをしげしげと見上げてきた。
「あれ? お姉さんから聞いたことあるのかな」
「すごい美人さんだって言ってた」
「やだ。委員長わかってんじゃん」
「でもポンコツだって」
…………うん?
「委員長わかってんなー……」
「ふぁっきゅー!」
おもわず虚空に向けて中指を立てたことを、誰が責められようか。
「……そういうとこだよ」
痛ましいものを見るような目でこちらを見る和人からそそくさと目を逸らし、陽太くんに問いかける。
「委員長……陽太くんのお姉さんの買い物はどのくらいかかりそう?」
「わかんない。3時間くらい?」
「……とりあえずメッセージ送っておこうかな」
エプロンのポケットからスマホを取り出して、アプリを立ち上げて。おまえの家族は預かった……と。なんか誘拐したみたいな文章になっちゃったけど、かろうじて間違ってないしこれでいいかな。
「それじゃ、キミのお姉さんが迎えに来るまでここで遊んでようか。……お金は持ってきてる?」
「……持ってない」
ちょっと困ったような顔で返される。このくらいの歳だとお小遣いもそんなに貰ってないだろうし、だいたい予想通り。そんな顔しなくても大丈夫。
「よし、じゃあお姉さんがお金出してあげる」
「ほんと!?」
後でしっかり委員長に請求するけどね。お店のためにもしっかりインカム稼いであげないと。
「……悪い顔してんなあ」
こんな楚々としたメイドさんに向かって失礼な。
目を輝かせて店内を走り回っては、何をプレイするか悩む陽太くん。それに気を配りつつもUFOキャッチャー筐体前面のガラスに姿を映し、スカートを軽くつまんで一回転。
マキシ丈だけあって、どう間違っても下着が見えたりしないので、こうやってスカートを翻らせてみるのも面白い。裾に攻撃判定ありそうだ。
「……いきなり何やってんだ?」
「この服かわいいよね?」
「そうだな」
「うん。……え、それだけ?」
だってメイドさんだよ? 男子高校生が好きなコスチュームナンバーワン(偏見)だよ?
「……ええと、スカートがふわってなったとき」
おっと。もしかして、ドキドキしちゃったり?
「起き攻めで使えそうだなって思った」
「…………わお」
「持続重ねで8フレくらい有利取れそうだよな」
「…………そだねー」
自分も同じようなこと考えてたし、これはちょっと怒れない。それどころか、おそろいで嬉しいなんて思ってしまうあたり我ながらどうかしてる。
「それと……」
咳払いしながら近づいて来た和人が、オレの耳に顔を寄せた。そしてそのまま囁くように。
「よく似合ってる。めちゃくちゃかわいい……と思う」
あまりのことに、ちょっと呆けてしまった。
普段、冗談に出来るタイミングでしかそういうこと言わないコイツが、まさか、こんな、ストレートに口にしてくるなんて。
「……嘘。明日死ぬの……?」
「なんでそうなる……?」
どうしよう。マトモに顔も見られない。身体中が火照って仕方ない。茶化さないと無理だよこんなの!
陽太くんが戻って来るまえに、この意識しすぎた状態をなんとかしたいとは思うのだけれど、考えれば考えるほど普段どうしてたのかわからなくなってしまう。
……ただ、まあ。こういったくすぐったい雰囲気も、嫌いじゃなかったりするのだ。いつまでもドキドキしたいし、ドキドキさせたい。なんかもう、自分でも笑っちゃうくらい乙女だ。
ワンピの下はインナーキャミにペチパンツにしようか、ちょっと長めのスリップにしようか迷ったけど、この子はそんな防御力は求めていなかった。
ペチパンツ便利なんだけどデザインいいのあんまりない。