表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/62

After 3-10.だいすき

 日中の海岸の賑わい……と言ってもそこまでではないけれど、それと比べれば夜の浜辺は異世界のように見えた。


 空にはまん丸なお月さまが浮かび、辺りを藍色に照らし出していた。揺れる水面に月の光が反射して、まるで宝石のように輝いている。寄せては返す波の音以外には、自分たちの息遣いくらいしか聞こえない。


 ……この風景を少し寂しく思うのは、弱気になっているからか。


 和人と並んで二人で座り、水平線を眺めていた。空との境界は曖昧ではっきりしない。それでも、月の下、波の上にはあるのだろう。


「どうすればよかったんだろ……」


 どうすることも出来ないというのに。過去に戻って病気をなかったことにする? それこそ神さまの領分だ。


「……あまり自分を責めるなよ」


 どこか気遣うような声色で、和人がぽつりとそう言った。わかってる。それは逃げるよりよっぽどたちが悪い。


 だって自分のせいじゃない。


 自分を責めるのは簡単だ。弱いところを知っていて、言い返したりもしない。いつでもどこでも好きなだけやり込められる。


 そうやって自分を凹ませることで、一時的には満足するのだ。要するにただの自傷行動。後になって、得体の知れない傷に悩むことになる。


「……うん。大丈夫」


 答えて少し自嘲する。どこが大丈夫なものか。


 こんな病気にならなければ。女の子になったりしなければ。なんて考えてしまった時点で同じことだ。今の自分を否定することで、自分を罰した気になって……。わかってるつもりでこの様だ。


「……ずっといっしょにいたいだけなのに、難しいね」


 自分たちはまだ子供で、今すぐどうこうという話ではないけれど。だからと言って、目を逸らし続けることが正しいとも思えなかった。


 膝を抱えたまましばらく黙っていると、横から頭をポンポンと叩かれた。


「響は難しく考えすぎだ」

「……そう……なのかな」

「絶対にダメだって言われたわけじゃないんだ」

「……そう……だっけ」


 ……言われてみれば、確かにそうだ。ただ、あの時はショックで、否定されたと思い込んでしまっていた。


「よく考えた方がいいとは言われたけどな」


 叩いたきり頭に乗せたままの手を動かして、和人はオレの髪をかき混ぜるかのように撫で回す。


「わあっ!?」


 ああ、もう! ただでさえボサボサになってるのに、そんなことをされたら大惨事もいいところだ。頭を押さえて唸っていると、コイツはニヤリと笑って。


「よく考えて出した結論なら文句の付けようもないだろ?」

「詭弁だよ!」

「いざとなったら反対なんて押し切ってしまえばいい」

「ダメだよそんなの! ちゃんと話し合わないと!」

「それでも無理なら駆け落ちするか」

「無茶苦茶だよ!」


 叫んで、大きく肩で息をする。


 これだけ連続でツッコミを入れさせられたら、そりゃあ息も上がるというものだ。人が真面目に悩んでいるのにコイツときたら。


「やっぱさ」

「……なにさ?」


 ジト目で睨みつけてやる。


「響はそうやってわーわー言ってる方がいいな。向いてないんだよ、シリアスは」


 随分と失礼なことを言われている気もするが、これでもコイツなりに元気付けようとしているのだ。気の利いたセリフの一つも出てこないあたり、逆にとてもらしいと思えた。


「ひどくない? 普段がんばってお淑やかにしてるのに」

「お淑やかな人は一点読み通されたときに、はいクソゲーとか言いません。中段しゃがみ喰らいしても大声で言い訳したりしません」


 ……言わないかなあ。うん。まあ、そんな気はしてたけど。


 いつの間にか、シリアスさんはログアウトしていた。再ログインの様子もない。


 しょうがないなあと、ため息をひとつ。


「小さくてもいいから一戸建てと、小型犬は譲れないよ?」

「……なんだ、それ」

「……駆け落ちするなら?」


 小首を傾げる。


「……前向きに善処します」


 なんだそれ幾らかかるんだ? と、頭を抱えるコイツを眺めてクスリと笑う。


「ありがと。元気出た」


 さっきまでとは別の意味で、感情が溢れてしまいそうだった。


 差し伸べてくれる手は暖かく、注いでくれる眼差しは暖かで、いつもそっと寄り添い支えてくれる。


 なんだよ贅沢者め。これ以上何を望むつもりだ九重 響。コイツが居てくれるだけで、お前はどれだけ幸運だと思ってるんだ。ちょっと思い通りにならなかったくらいで、悲劇のヒロインでも気取ってるつもりか。


「最近ずっと幸せだったから、勘違いしてたんだ」


 現実はおとぎ話なんかじゃなくて、ときに思わぬところで牙を剥く。傷つくことだって、誤解してすれ違うことだってあるだろう。


 ――でも。


「欲ばりかもしれないけど」


 せめて自分の周りだけは、みんなが幸せで納得のいくようにしたいんだ。


「おじさんにも認めてほしい」


 考えてみれば、あの時と似ているのかもしれない。オレが自分の気持ちを知ることになった、あの時と。


『いい機会だと思った』


 コイツはそう言った。距離を置くために佐藤先輩を利用したとも言っていた。結局のところそれは間違いでしかなくて、みんなが辛い思いをすることになったけど。


 だとしても、あの時の間違いがあったから今がある。あの時の間違いがあったから、前に進むことが出来たのだ。


 おじさんにとってのいい機会が今日だったのだろう。


『あの子には幸せになって欲しいんだ』

『だから、すまないね』


 ――思い出してしまえば、ストンと胸に落ちた。


 ただ単に、親として、コイツの幸せを優先しようとした。


 誰もが誰かの幸せのために考えて、そこに当事者であるはずの誰かの気持ちは含まれなくて。だからすれ違い傷つける。


 自分の手の届く範囲なんて限られていて、欲張りすぎても抱えきれないだけかもしれない。何が正しいかなんてわからない。だけど。


 手が届かないと決めつけて、立ち止まっているだけというのは、自分らしくない気がした。


 後悔なんて後ですればいい。心のレバーを前に入れろ。動き出すのは今だ。


『僕は認めてない』


 認めないのではなく、認めてない。たった1文字だけど大きな違いだ。まだ認めてない。だから認めさせてみろ。そう言われているような気さえする。


 あまりにも都合よく解釈しすぎてる? だからどうした。言葉なんて受け取り方次第だ。真意はどうあれ、自分はそう思った。それだけの話でしかない。


「おじさんにも認めて欲しいんだ」


 もう一度繰り返す。


 間違っていてもいい。間違ってはじめてわかることもある。


 コイツに恋をした。先輩の告白を見た。誰かに取られそうになったとき恋心を自覚した。叶わぬ想いに涙したこともあった。玉砕覚悟の告白を賭けた勝負。結局先に告白されて。そうして今、隣にいる。


 間違いに気づいたら、そこから前を向けばいい。もう一度、歩き出すことが出来るから。


「……だから、勇気が欲しいな」


 欲張りついでに、そんなことを言ってみた。


 コイツの方を向き、目を閉じて、少しだけ上を向く。


 慌てる様子が伝わって来た。この2ヶ月、なかなかそういう雰囲気にならなくて、結局トレモなんて一度も出来なくて。


 戸惑うように、顎に手が触れる。その指が小さく引かれ、そのまま唇を塞がれた。ちょうど2ヶ月ぶりのキス。ほんの僅かな時間ではあったけど、確かな熱を感じた。


 ゆっくりと目を開ける。


「……だいすき」


 感情が溢れた。


 今まで一度も言えなかった言葉。


 照れくさくて口に出せなかった言葉。





 すごくどうでもいいんですが、設定上の本編スタートが6月6日なので、本日6月11日は響ちゃんがガン凹みしている頃になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ