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After 3-9.What is going on with me ?

 吊るし上げになってしまうのは、望むところではなかった。


 もしあのまま、女性陣が帰って来るまで話を続けていたら、間違いなくそうなっていただろう。


 機会を改めるということで一旦解散。まあ、妥当なところではなかろうか。


 男二人はどこか険悪な雰囲気を漂わせたまま海へ戻って行った。それを見届けてからベッドに戻ると、オレは戦利品のポッキーをかじりながら考え込む。


 まさか反対されるなんて、思ってもみなかった。


 考え方なんて人の数だけあるというのに、都合のいいように信じて疑いすらしなかったのだ。なにが『わかってる』だ。なにもわかっちゃいないくせに。浮かれ気分に冷水を浴びせかけられた。


 悔しくて。切なくて。表面上は平気なフリをしながらも、何かが軋んで叫び声を上げたくなる。違う。これは違う。こんなはずじゃない。


 自分に足りないところがあるなら直せばいい。いくらでも、やってやれないことはないと思っていた。それなのに、突きつけられたのは自分ではどうとも出来ないことだった。


 長くは生きられない。『わかってる』と、アイツは言ってくれた。だからだろうか。誰もが受け入れてくれるなんて、ありもしない夢を見て。


『……悪いことは言わない。よく考えた方がいい』


 あのときのおじさんの言葉だ。一度思い出してしまうと、呪いのようにこびりついた。弱気になってもいいことなんて無いのに、どこまでも際限なく沈んでゆく。


 この言葉の意味するところは1つだ。でも、それを認めてしまうわけにはいかなかった。


 ああ、ちくしょう。だからといって目をそらすことは出来ないのだ。あれだけ悩んだのに。もう吹っ切れたと思っていたのに。こうやってまた堂々巡りだ。


 オレよりもアイツに相応しい人がいるのではないか……? オレよりも、アイツを幸せにしてくれる人がいるのではないか。


 口の中のポッキーを噛み砕く。チョコレートが溶けてプレッツェルだけになったそれは、何故だか少し苦く感じた。





 凹んでばかりじゃいられない。足はまだちょっと痛むものの、じっとしていると気が滅入る。


 椅子に座ったまま出来る範囲で夕飯の準備を手伝った。とは言っても焼きそばだったのでそんなに仕事はなかったのだけど。


 海と言ったら焼きそばと焼きとうもろこし。異論は認める。具のほとんどない醤油ラーメンも捨てがたい。チープであればあるほど美味しく感じるから不思議だ。


 自分と母さんとおばさんの3人しかいなかったダイニングキッチンにも、ソースの焦げる香ばしい匂いが漂い始めるにつれ人が集まりはじめる。人間、食欲には逆らえないようだ。


「大盛りでたのむ」

「手伝えなくてごめんね。あ、わたしは普通で」

「ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ」


 和人と理恵ちゃんが席に着く。ふざけたことを言っているのはもちろん姉だ。なんだっけこれ。ラーメン二郎だっけ。


 よくわからないけどとりあえず野菜多めにしてあげたら笑顔が消えたから正解だったようだ。日頃、野菜のこと草とか言うしなこの姉。


 ちなみに理恵ちゃんは姉に捕まってたので手伝えなくても仕方ない。むしろ姉の相手をしてくれるのだから大歓迎である。


 ホットプレートから焼きそばを皿に取り分け終わる頃、最後の一人であるおじさんが姿をあらわした。


 おばさんがあからさまに表情を強張らせる。和人は……お得意のポーカーフェイスを張り付かせて、ただし全く目を合わせようとはしなかった。


 息がつまるような雰囲気の中、そのままおじさんは和人の隣に腰を下ろすと、何事もなかったかのように朗らかに。


「海に来るとなんか無性に食べたくなるよね、これ」


 図太いのか、鈍感なのか。何はともあれ食卓は元の喧騒を取り戻す。


 お昼を抜いたせいか、お腹は減っていた。ちょっと間食はしたけれど育ち盛り。育つはず。たぶん。


 キャベツとニンジンと麺だけのシンプルな焼きそばを頬張っていると、一足先に食べ終えたのか、姉が和人にちょっかいをかけに行くのが見えた。


「あの子のおっぱいどうだった?」

「ブフォ!?」


 和人が吹き出した。ていうかよくあの空気の後でそんなこと言えるな本当に! おかげとは言いたくないけど、さっきまでの緊張感は完全に霧散していた。


「ちょっと!」


 抗議の声を上げるもどこ吹く風で、姉はぐいぐいと詰め寄ってゆく。


「あの通り裏表のない体格してるけど。どうなの? 楽しめた?」

「は?」


 なんだそれ。性格ならわかるけど、体格って。ただの悪口じゃないか。和人もそんな眉間にしわを寄せてまで考え込むようなことじゃないだろ!?


「いや、大変慎ましやかで……あれはあれで趣があるというか……」

「は?」


 やはり記憶を消すしかないのでは?


「でも、びっくりしちゃった。帽子を追いかけて走り出したかと思えば背負われて帰って来るし」

「しかも水着流されたとか。やっぱ凄いわあんた」


 苦笑混じりの理恵ちゃんに、あくまで茶化すようにして姉が続ける。それを見て、思わずぼそりと口に出してしまったのだ。


「……流されたというか」


 そこで視線を和人に送る。


「……言っておくが、不可抗力だぞ」


 うん。まあそうだね。そうかもしれないね。


「なになに? なにやらかしたの?」

「…………紐ほどかれた」


 言った瞬間、姉は弾かれたように笑い出した。お腹を抱えて、若干苦しそうにして。理恵ちゃんは頬を染めていやいやをするようにしている。


「結城くん。さすがにそれはダメだよ」

「見直したわ。やるじゃない」

「どっちだよ……」


 正反対なことを言う二人に、戸惑うような反応をする和人。姉の言うことを真に受けるのは切実にやめてほしい。


「そもそも響が転びそうになったのを、止めようとしただけなんだ!」

「……水着の紐では人は支えられないからね」


 冷静に突っ込んだ。話題はだいぶ不安だけど、せめて話の矛先はコイツに向けてやる。


「止めるどころかトドメをさしたわけね」

「結城くん……」

「わざとだったとしても、あたしは評価するわ」

「違うんだ……」


 何故かは知らないが、姉の中で和人の株が爆上げしている気がする。知りたくもないが。


「ていうか姉! 野菜全部残してる! ちゃんと食べないと!」

「草は人間が食べるものじゃないもの」


 じゃあなんでヤサイマシマシなんて言ったのさ。


「話を戻すけど、あんたはどうだったの? 背負われてみて」


 逸らしたはずの矛先が一瞬で戻ってきた。


「はい。みんな食べ終わったし、洗い物するからこの話は終わりで!」

「怪我してるんだからいいわよそんなこと」


 母さんがキッチンの方から顔を出す。そうやって援護に見せかけたフレンドリーファイヤで退路絶って行くのやめようよ。


「嫁入り前の娘がはしたない。なんて言うつもりはないから安心しなさいな。どうせもう決まってるようなものなんだし――」


「僕は認めてない」


 その言葉に、部屋の中は水を打ったように静かになった。それまでのざわめきが嘘のように。誰もが声の出し方を忘れてしまったかのように。


 声の主の方を見る。おじさんはいつもと変わらぬ表情で、何事もなかったかのように座っていた。


 こういう時、どうすればいいかわからなかった。何か言ったほうがいいのかもしれない。それなのに動けない。


 ……最初に声の出し方を思い出したのも、おじさんだった。


「何かを決めるには、まだ早すぎるんじゃないかな」


 それは言葉通りの意図しかなかったのかもしれない。


 でも……そう受け取ることは出来なかった。


『その歳の恋愛なんてはしかみたいなものだ。将来のための練習くらいに考えればいい』


 やはり呪いだ。あのときの言葉は。


 遠回しだけど明確な拒絶としか、受け取ることは出来なくなっていた。


 ――練習なんかじゃない。


 本気で悩んで、考えて、ちっぽけな勇気を振り絞り、いつだってそうやって恋をして。


 たしかに自覚するのは遅かったのかもしれない。自分の気持ちに気がついて、付き合いはじめてまだ2ヶ月。けれどそれまでに長い積み重ねがあったのだ。


 コイツと共に過ごした、男の子としての12年。女の子としての4年間。そして親友としての16年。それは決して軽んじられて良いものではないはずだ。


 それなのに。知っているはずなのに。


 視界が歪む。


「響! あんた泣いて――」


 姉の声を背に受けて、気がついた時には走り出していた。





 走った。何かに突き動かされるように走った。痛む足首に鞭打って、海岸までの道をただ走る。


 僅かな数の街灯に照らされた薄暗い道を、わけもわからず走り続けた。息が上がって、全身が酸素を求める。心臓は早鐘を打ち、今にも破れそうなほどだ。


 海が見えて、足元が砂に変わっても走り続け、もんどり打ってぶっ倒れた。


 一度倒れたら起き上がることは出来なかった。包帯の上からでもわかるくらい腫れ上がった右足首は、悲鳴のように痛みを訴えるだけでピクリとも動かない。なにをやっているんだろう自分は。


 諦めて仰向けに寝転がると、乾いた笑いが漏れ出した。


「あははは……」


 沸騰する感情は行き場を失ったかのようにぐるぐると渦巻いて、ともすれば溢れてしまいそうだった。


 何が悪かったんだよ。ねえ。どうすればよかったんだよ。誰か教えてよ。


 問いかけようにも砂浜には誰の姿も見えなくて。


『君が46歳になったとき、あの子はもう居ないだろう』


 わかってるんだよそんなこと。だって何度も考えた。どうにか出来るくらいなら、もうとっくにやっている。


 こんな病気にならなければ。女の子になったりしなければ。こんな思いをしなくても済んだのに。


 もし男の子のままだったなら。アイツといつまでも、それこそおじいちゃんになっても親友のまま、バカなことをやり合えたのかもしれない。


 めんどくさいしがらみもなく、ただ親友として笑い合えたのかもしれない。


 それはとても、素敵なことのように思えた。


 ――でも。


 知ってしまったのだ。人を好きになるということを。恋をするということを。あの狂おしいまでの愛しさを。


 きっかけはなんだったのか、思い当たることが多すぎてわからなかった。いつのまにか意識して、誰かに取られそうになり、それを嫌だと思ったとき、はっきりと自覚した。


 ……アイツのどんなところが好きになったんだろう。


 真面目で。曲がった事が嫌いで。我慢強くて。饒舌ではないけれど、時折見せる素直さがちょっと卑怯で。いつだってオレのことを優先してくれて。優柔不断で。いざとなるとちょっとヘタレで。


 だけど、とても頼りになる男の子。


「……話がしたいな」

「ようやく見つけた」


 ぽつりと呟いた言葉に被せるように、アイツの声が聞こえた。


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