After 3-6.彼女が水着にきがえたら
そして、朝がやって来た。
和人が寝返りを打とうとした隙に、オレは全力で二段ベッドから離脱すると、そのままリビングへと飛び出した。
長時間同じ姿勢でいたせいだろうか、体の節々が痛い。大きく反り返って伸びをすると、壁に掛けられた時計が目に入った。
「まだ5時じゃん……」
とは言っても夏場の5時。もう日の出の時間は過ぎている。もうちょっと早ければ日の出を見ることも出来たのかと思うと、少し残念な気がした。
せめて朝日でも拝んでおくかと、テラスの方へ近づいたところで聞こえてくるのは誰かの話し声。言い争いでもしているのか、ちょっとただ事ではない雰囲気だ。
向かうべきか、去るべきか。逡巡はそれほど長い時間ではなかったと思う。
「……この分からず屋! そういうところが嫌なのよ!」
語気を荒げて、そう言い放ちながら玄関を開けて入ってきたのは、おばさん……和人のお母さんだった。
ちょうど玄関で鉢合わせしたような格好になってしまい困惑する。おばさんもなんとなく困っているように見えた。
「……聞いてたの?」
「さっき起きたばかりです……。ええと……」
何かあったんですか。そう口にしてしまって良いものか、考える暇もなく物凄い剣幕で迫られていた。
「心配しないで。何があっても響ちゃんの味方だから」
「……はあ」
何があった一体。
ここからではテラスの様子は窺い知れない。深くは考えずに当初の目的通り、玄関から外へ向かおうとしたところ。
「だ、ダメよ!」
何故か行く手を遮られた。
本当に何があった一体。
「そうだ響ちゃん。朝ごはんの準備しましょう。それがいいわ」
「……いいですけど、早くないですか?」
いや、まあ。残っている靴を見れば誰がテラスに居るかわかるんですけどね。
……おじさんの靴がない。
つまり……おばさんは、オレとおじさんを会わせたくないということか。
昨日わりとフレンドリーだったと思うんだけど?
おじさんとおばさんが一言も喋らない、実に微妙な雰囲気のまま朝食を済ませた後、それぞれ水着に着替えてしまうことになった。
どうせ海まで徒歩5分もかからないのであれば、ここで着替えて歩いてしまった方が圧倒的に楽だからである。
そんなわけで、女子3人はお風呂前の脱衣所へ。
手にしているのは、水色のフレアトップ。要するにビキニである。こういうフリルたくさんの水着は体型カバーできるからね。何とは言わないけどAAとかAの味方だと勝手に思っている。
パジャマの上とブラを脱いで、水着のトップを体に当てる。紐で結ぶタイプなのだけど、どうにも不器用なもので背中で結ぶとか無理ゲーである。スト4の昇竜セビキャン滅の方が圧倒的に簡単だと思う。
じゃあどうするかというと、前後逆さまにつけてからぐるりと半回転させるわけだ。
「ねえ響。手伝ってあげようか?」
「…………」
半回転させた後カップと胸の位置を合わせたら、今度は首の後ろでネックストラップを結ぶ。これは背中で結ぶほどの高難易度設定ではないので、初見でもわりと簡単にクリアすることが可能だ。
「ほら、髪もアップにまとめた方がいいんじゃない?」
「…………」
紐を結び終えたら、カップの中に脇肉を寄せて詰め込む……のだけど、下着専門店のコンシェルジュみたいに上手くはいかないもので。あれは魔法か何かだと思う。
とまあ、そんなこんなでトップは完成。ボトムはまあ普通に履くだけだし……。インナーショーツは着けることにした。こういうシンプルな色遣いの水着は透けるものもあるという。恐ろしい話である。
「日焼け止めはつけないの?」
「…………」
髪は、料理をするときと同じようにポニーテールにまとめて、落ち着いた感じのブラウンのシュシュを……。
ダメだ。世紀末覇者K.I先生の『ポニーテールでシュッシュッシュ』発言を思い出して笑いが……! ていうかあれ最低すぎて草生える。
……草といえばGrass Simulatorというクソゲー、いやクサゲーがありまして。本気でどうでもいいんで興味があればSteamでどうぞ。お金を払って虚無を体験できるよ!
しばらく声を抑えて笑っていると、一体何を勘違いしたのだろう。
「……もしかして、怒ってる?」
「なんで怒ってないと思ったの!?」
あーもう! 鬱陶しい!
さも意外そうな顔をしている姉を、ジト目で睨みつけてやる。
「当然怒ってます! 手伝わなくていいです! 髪も間に合ってます! 日焼け止めはかぶれるんで無理!」
日焼け止めは海入ったら流れるし。ウォータープルーフのものもあるけれど、あれは輪をかけて刺激が強い。肌弱い人には向かない気がする。
かわりにどうするかというと、朝は10時まで。夕方は15時から海へといったかんじに、日差しの強い時間を避けて行動するわけだ。それぞれ1時間以内に抑えて、赤くならないように、要するに日光で火傷しないように注意していれば大丈夫。
幸か不幸か超インドア派なのもあって、そんなに長い時間海で遊びたいわけじゃない。体力的にも持たないし。スマホゲーのイベントだって走りたい。
「そういえば昨日の夜、どうだったの?」
怒ってると言った直後にこれである。
「……ねえ姉。一服盛ったよね」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。ただのお酒じゃない」
やっぱり盛ってるじゃん!
「ていうかなんで姉がそんなもの持ってるのさ……」
「んー。酒屋の店主から貰った。袖の下ってやつ?」
「あー」
例の文化祭の話か。しかし、高校生に賄賂で酒を渡すのはさすがにアウトなのでは……?
「……響ちゃんは、大人になってもお酒は飲まない方がいいよ」
それまで黙って着替えていた理恵ちゃんが、深刻な顏で口を挟む。いったい自分は何をやらかしたというのか。
「……昨日途中から記憶がないんだよね」
オレがそう言うと、二人は無言で顔を見合わせた。
「……不安になるから、そういうのやめてよ」
「だ、大丈夫だよ。結城くんは喜んでたと思うし」
「……そうね。和人は喜んでたわね」
ますます不安になるんですけど!?
結局のところ、何をしでかしたのかは自分だけが知らないという。
姉のスマホに動画で残っているらしいのだけど、なんとなくその箱を開けてはいけない気がするのだ。
パンドラの箱、ただし不良品。災厄だけで希望はありません。
間違いなく触れないのが一番だ。問題は……その箱を握っているのが姉ということで。
「あんた……顔色悪くない? 大丈夫なの?」
当のパンドラさんに心配されてしまった。
「大丈夫。大丈夫だよ。ちょっと緊張してるだけで」
真っ白なつば広帽を手で押さえつつ、そう答える。今日は少し風が強い。気を抜いたら帽子くらい簡単に飛ばされそうだ。
水着の上にTシャツだけ羽織った格好で、別荘から海への道を歩く女5人。なんていうか、みこーんな感じ。パラソルで殴りそう。
ちなみに男2人は先に行って、パラソルやらレジャーシートやら飲み物の入ったクーラーボックスやらを設置しているそうだ。
……あと1分も歩けばもう海だ。ギクシャクと、右手と右足を同時に前に出したりしているのは、そういう歩法だから問題ないのだ。嘘だけど。
「響ちゃん、緊張しすぎだよ」
自分でもそう思う。理恵ちゃんの呆れたような声を聞きながら、ぽつりとこぼした言葉がまた我ながら情けない。
「おなか痛くなってきた……」
「これは、久々の記録更新が期待出来そうね……」
姉がまた妙なことを言い出した。
「何の記録ですか?」
「んー? 響が砂浜から退場するまでの時間?」
なんだそれ。
「ちなみに現在の最短記録は、11歳のときの足攣って退場。18分27秒ね」
「ちょっと待った! その無駄に細かい秒単位は何なの!?」
「やるからには手は抜かないわ」
「意味わかんないよ!」
「でも、緊張は解けたでしょ?」
そう言うと姉はニヤリと笑ってウインクを一つ。
……こういうところ、かなわないなあと思う。
弄られもするけれど、同じくらい助けられていて。気がついてみれば、苦手意識はもうほとんど無くなっていた。
たぶん意固地になっていただけなのだ。いろいろなことを認めて、意地を張る必要が無くなってしまえば、素直になれるのも当然のことで。
「……ありがと」
「あ、記録の話はマジだから」
相変わらず、パンドラさんの箱の中身はよくわからない。
K.I先生の『ポニーテールでシュッシュッシュ』が聞ける動画はこちら!
http://www.nicovideo.jp/watch/sm13277099
ゴールデンウィーク中に一気に書こうと思っていたんですよ。
でもグラブルでソーンお姉様を最終開放したのと、FGOのレイド戦のQPが美味しすぎたせいか、なんか全然進んで無いんですよ。おかしいですね……。
シュークリーム作りにも挑戦してたんですが、1度目はシューが膨らまず、2度目も膨らまず、3度目は膨らんだもののめちゃくちゃ硬い。モース硬度で5くらいありそう(大げさ)と、大惨敗を喫しました。
今後は不定期更新という名の月曜日更新を目指します。