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After 3-4.姉とお風呂とデッドボール

「あんたと和人、どこまでいったの?」


 三日月型に細められた姉の目が、無遠慮にこちらに向けられていた。


 いくらなんでも、それに答える義理はないような……。


 立ち上がろうとしたところで、横から手首を掴まれる。まさか暴れるわけにもいかず、大人しく座りなおすことしか出来なかった。


「それですよお姉さん! 響ちゃんなかなか教えてくれないんですよ」


 味方だと信じていた理恵ちゃんに、右手をひしとホールドされているのは何故なのか。絶対に逃さないという、強い意思を感じるほどだ。


「黙秘権を行使したい……の……だけど……」


 二人から感じる妙なプレッシャーに、どんどん言葉尻は小さくなって。


「ないわ」


 そりゃあもう見事にばっさりだった。


 改めて周りを見れば、右隣にはちょっと気まずそうな理恵ちゃんと、左隣にはニヤニヤと笑いながら見おろしている姉。もちろんお風呂なので二人とも生まれたままの姿である。


 わあい。ちょっとしたハーレム気分だ。全く嬉しくないけどさ。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。景色を眺めつつお風呂に入る。それだけのつもりだったのに。


 いや、わかってる。姉が居る時点で平穏無事に終わるわけがない。ただ、予定では味方がもう一人居たはずで、どうにも恨めしげな思考になってしまう。


 溜息が出た。


 気がつけば、窓から見える夕暮れは、夜の帳を下ろそうとしていた。


 まとめもせずにいた髪は、お湯の中で無秩序に揺らめいて。それを見て、一応口に出してみることにしたのだ。一応。


「ええと、髪、洗おうかなって、ほら……」

「あとで」


 とりつくしまは、どこにあるのでしょうか。


 げんなりとした気持ちで空を仰げば、天窓から見える藍色の空に、少しだけ救われた気持ちになってみたり。


「ぶっちゃけちゃうと、もうヤったの?」


 油断したところで、内角高めに豪速球が飛んできた。ていうかイントネーションがひどいよ姉!


「……やったって、何を?」

「SEX」


 二球目はみぞおちにデッドボールだった。


 いっそ担架で運ばれてしまいたい気分だったのに、倒れている暇はなさそうだ。


「……な、な、な、なに言ってるのさ姉――!」


 食ってかかるような勢いで詰め寄るも、きょとんとした様子で返される。


「だってあんた、わりと好きでしょそういうこと」

「……そういうこと?」

「夜11時頃になると、たまにあんたの部屋からあえ……」

「わー! わー! わー! わー!」


 必死に大声を出した。


「……壁薄いんだから注意しなさいな」

「もうやだ……」


 このピッチャー、危険球で退場に出来ないものか。


 だいたいだ。こういうのはたとえ聞いてしまっても聞かなかったフリをするのがデリカシーなはずだ。


 せめて2人だけのときに、それとなく注意するとか。いや、それはそれで地獄だけど、もう少しでいいから気を使って欲しいと思う。


 ……言って使うような姉ではないけどさ。


 理恵ちゃんには聞かれずに済んだだろうか。いきなりの大声に顔をしかめてはいるものの、それ以上ではなさそうに見える。


 正直に言うと、どこかへ消えてしまいたい気持ちでいっぱいだった。その辺の岩に頭を打ち付けて、気を失うことが出来たなら――。


 顔で笑って心で泣いて。藪をつついて蛇を出すような真似はしないように注意しつつ、気を取り直して口を開く。その時だった。


 姉の方を向いて、理恵ちゃんが口を開いたのは。


「そういえば、メープル先輩絡みの騒ぎの後、二人が前よりぎこちなくなったって話があったんです」


 よかった。問答無用でデッドボールぶつけてくるような人が揃ってなくて。


 ほっとすると肩の力が抜けるのがわかった。無意識に硬くなっていたみたいだ。


 ちなみにメープルってのは佐藤先輩のあだ名だったりする。佐藤 楓から砂糖楓でメープルと呼ばれているそうだ。


 あの人と直接話す機会は今のところないし、これからもあるかはわからない。気まずさもあって、お互い避けているところがある。


 ただ、あの人が居なかったら、自分の気持ちに気が付くのはもっと先の話になっていたのかもしれない。もしかしたら、離れ離れになってから気付くなんてこともあったのかもしれない。ある意味では感謝するべきなのだろうけど……。複雑な気分だ。


 あの人にも幸せになってほしい。そう考えるのはきっと、上から目線のエゴなのだろう。関わる気なんてないくせに、取り繕うようにいい人ぶって。自分が少し嫌になる。


 もし自分が逆の立場で、そんな考えの人に何か言われたら、冷静でいられるわけがない。だから――。


「また百面相してる」


 姉に頬をつつかれた。


「あ……うん。ごめん」

「いいけどね。あんたがその顔してるときは、たいてい馬鹿なこと考えてるだけだし」


 馬鹿なこと。言ってしまえばその通りで、考えたからといってどうにか出来ることではないものだ。それでも考えずにいられないのは、弱さ……なのかもしれない。


「えっと、続けるね。かと思えば毎日のようにお弁当作って来るようになったり、ほんとに一日中目で追いかけてたり、結城くんと話すときだけ声のトーンが違ったり。なんだかすごい乙女してた時期があったんですよ」


 お弁当は夏休みに入ったんで小休止中で、二学期になったら再開予定だ。レパートリーも増えてきたし、なかなかのものだと思う。


 その他二つについては無意識なんだよな……。たしかにぼーっと眺めていることが多かったような気もするけれど、声のトーンは全く気がついていなかった。


 しかし、そんなに丸わかりだったんだろうか……?


「誰が見てもわかるくらい、雰囲気が前より全然甘くって。これはもう大人の階段のぼっちゃったんじゃないかって噂になって!」

「まだのぼってないよ!」


 気がついたら叫んでいた。


「まだ」


 すんげえいい笑顔ですね姉!


「ってことは、のぼる気はあるんだ……」


 何言ってるの理恵ちゃん!?


 誰だよデッドボールぶつけないとか言ったヤツは! 出てこいよ! そういう場面(シーン)じゃねえからこれ!


 脳内でこくじんさんに煽られてみても、発言が取り消せるわけもなく。


「でも意外と言えば意外よね。あんた求められれば、断る気なんてさらさら無さそうなのに」

「わかります。響ちゃん、結城くんの言うことはすごく素直に聞きますし」

「……単純に和人が、無茶なこと言わないからだと思うんだけど」


 こめかみのあたりを押さえながら、どうにかこうにか絞り出す。


「そういう側面はあるかもね」


 姉はそこで言葉を止め、しばし顎に手を当ててからこう言った。


「あんたからガンガン行くとか無理そうだし」


 ガンガン行こうとした時期もあったものの、すぐに勢いを失ったと言いますかなんというか。姉に情報を渡す気は無いから黙っておくけど。


 するとそれを肯定と取ったのか、姉は続けて。


「和人のほうから来ない限りは進みそうにないのよね。でもあの子はあんたの嫌がるようなことはしない」


 それはまあ、間違いないだろう。4年も自分を抑えて親友続けちゃうようなヤツだ。忍耐強いのか臆病なのか。どうも後者なのではという疑惑がある。


「そうなると、あんたの側に原因があるってことなんだけど」

「……言わなくてもわかってるでしょ」

「まあね」


 言って姉は肩をすくめる。


「あんたは和人に見られるのが嫌なの?」

「……嫌じゃないけど、とにかく無性に恥ずかしくて」


 おそらく、それ自体はとても自然なことなのだ。程度の問題があるだけで。


「……ふうん。恥ずかしいのが普通だと思うけどね。昔のあんたみたいに、下着見られようが半裸見られようが平気な顔してたほうがよっぽどおかしいから」

「……響ちゃん……」


 なぜか理恵ちゃんから、すごく残念なものを見るような目で見られていた。


「……でも、これが普通だとしても、やっぱりどうにかしたいよ」


 恋心を自覚して、オレの中で和人を異性として意識しだして、何かが変わってしまったのだろう。


 ――オレは女で、アイツは男で。そんな誰が見てもわかるようなことからも目を逸らし続けていた4年間。男同士だった頃と同じような気安さで、性別なんて関係ないと思っていた。


 夏の暑い日なんて、同じ部屋に居るのにキャミソール1枚で寝っ転がってたりしたくらいだ。なるほど、アイツの途方に暮れたような表情の意味もわかる。今考えると正気の沙汰とは思えない。


 ……シャツと短パンで居るくらいの感覚だったんだよなあ。


 今でこそ、自分が女の子であるという自覚も出てきたけれど、変わってから4年もたつのにこの(てい)たらく。いまだにわからないことだらけで、途方にくれることもある。


「どうにかしたいなら、頑張らないと」

「頑張るって言ったって……」


 どうすればいいかわかんないよ。消え入りそうな声は、後半はごにょごにょと、口の中で声にならなかった。


 どうにかしたいという気持ちに嘘はない。だからいろいろと準備もしたし。覚悟だって、足りないかもしれないけど、今の自分の精一杯を持ってきた。


 それでもなお、何かが足りていない気がするのだ。


「我慢するの。我慢して平気なフリをするの。そうしているうちに自分を騙せるようになるから。平気なんだって」

「それってただの自己暗示なんじゃ……」


 きっと方向性としては間違っていない。それなのに、溢れ出るこの雑さといったら。


「あのね、響」


 いつまでも煮え切らないオレに何を思ったか、笑顔を消して真剣な顔になると、姉は諭すようにこう言った。


「誰だって恥ずかしくて当たり前なの。あんたはそれに過剰反応してるだけ」


 たぶん姉は、普通のことを普通に受け止めろと言っているのだ。


 普通にしてれば大丈夫。普通なら出来る。よく聞く言葉だと思う。でも、普通ってなんだろう?


 生い立ちからして普通じゃないオレだ。いつしか自分の中の普通が、一般的なそれとズレていたのかもしれない。


 だからだろうか、普通のことを普通に受け止めるには、何かが欠けているような気がした。


 過剰反応しないために。普通を普通にするために、自分には足りないものはなに?


「好きなんでしょ。それなら、甘えたこと言ってないで根性見せろ!」


 ――足りないのは、まさかの根性……なのか?





 ゴールデンウィーク明けに大学が過疎化しそうな波動をすでに感じる……。


 ここから先は一旦ラストまで書いてから手直ししようと思うので、更新しばらく止まります。

 なんか別でアイディア浮かんでちょろちょろ書いてるのもありますし。時間が……。

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