After 3-2.出発
読み直したらなんかおかしかったので、一部書き直しました。すいません。
おばさんによる言葉責めは、理恵ちゃんが到着するまで続いた。
洗いざらい吐かされた。まるで捕虜に対する尋問で、拒否することなんて出来やしない。それでも――。
頑張った。頑張ったんだ。……無駄だったけど。
「響ちゃん、なんか疲れてる?」
「……貝になりたい。海の底で物言わぬ貝に」
好奇心は猫を殺すと言う。同様に、羞恥心は人を殺すのだ。
気力ゲージなんてとっくに空っぽで、これでは虎煌拳も飛びやしない。どうでもいいが、藤堂竜白は何故あんなに人気が出たのだろうか。
おばさんがキッチンの方から顔を出す。
「そうそう、高橋さん。荷物は玄関かしら?」
「あ、もう車に載せてもらいました。まずかったですか?」
「いいえ、ちょうどいいわ。そこでへばってる未来の義娘も、さっさと載せてらっしゃいな」
「……はーい」
テーブルに伏していた頭を上げて、のそのそと動き出す。むすめですって、未来のむすめ。散々いじられておきながら、ちょっと頬が緩んでしまうあたりチョロすぎやしないだろうか。我ながら心配だ。
「響ちゃん、響ちゃん」
横からちょんちょんとつつかれた。なんだろう?
「後でじっくり教えてね」
「…………」
慈悲はないんですか。
「あら? そういえばウチの馬鹿息子はどこ行ったのかしら?」
「わたしが来たときちょうど入れ替わりで、忘れ物ないか確認してくるって言ってましたよ」
そうだよ! さっきの尋問で、アイツ完全にオレのこと売りやがった。的確に会話をコントロールして、全ての矛先をこっちに向かわせる見事なリアルキャラ対策。
さすが家族なだけあると感心……するところじゃないな。これは怒っていいはずだ。詫びスイーツ案件だろ。次のデートではなるたけ高いもの奢らせてやる。
そんなことを考えつつ、荷物を取りに自宅へ向かう。
玄関を出たところで、夏の日差しに目が眩む。アスファルトから立ちのぼる陽炎が、余計に体感温度を上げてくれた。
手で庇を作り、そのまましばし立ち竦む。
目が慣れてくると、横付けされたミニバンに、おじさんが荷物を積み込んでいるのが見えた。声をかけるか迷っていると、おじさんはそのまま車に乗ってごそごそと別の作業を始めてしまった。
話しかけるタイミングを失って、それなのにほっとしている自分に、思わず肩をすくめて苦笑い。
向こうもこっちも、苦手意識があるような。あまりいいことでは無いので、なんとか改善したいところである。
この3日間の旅行の目的に、おじさんとの関係改善を追加して、小走りに自宅へ向かう。結城邸の隣の隣。徒歩20秒は伊達じゃない。あっという間に到着し、開けっ放しの玄関から家に上り込む。
「おかえり。そろそろ出るわよ」
「うん。荷物取りに来た」
忙しそうに走り回る母さんと、軽く言葉を交わして自分の部屋へ。
3日分の着替えと水着、ついでにその他諸々で、パンパンに膨らんだボストンバッグはさすがに重い。だがしかし着替えをケチるのは自殺行為と言えるだろう。
別荘に洗濯機なんて文明の利器は存在しない。コインランドリーは最寄りが車で30分。コンビニすらも死滅した、文明崩壊後の世界。別荘地なんてそんなもの。早い話がド田舎なのだ。
スマホや財布なんかを入れたハンドバッグを肩にかけ、ボストンバッグを両手でしっかり持って部屋を出る。
今回、別荘に行くのは合計6人。母さんとオレと理恵ちゃん、それに和人とおばさんとおじさんの予定だ。父さんは仕事ハメ。姉は生徒会の業務が溜まってるとかで、生徒会長として夏休みも毎日学校に通っている。
なんでも、先代の生徒会長が行ったというか、やらかした改革の中でに、地域商店協賛型文化祭なんてのがあるそうだ。
詳しいことは知らないが、読んで字の如く、お店に文化祭のスポンサーになって貰うかわりに、出店や宣伝を許可するというものらしい。
2学期に入ったら一月もしないうちに文化祭。だというのに、店主たちとの折衝がうまくいってないとかで、日に日にイライラを増してゆく姉との毎日は、導火線に火のついた爆弾を見守るような気分だった。
今も姉の部屋から、ボスン、ボスンと、何かを殴るような音がして。
昨日の夜、オレの部屋から拉致されたぬいぐるみのカビパラさん。その腹に、姉の拳が突き刺さる様子が容易に想像できてしまった。せめて五体満足でいてほしい。
祈りが通じたというわけではないだろう。けれど唐突にその音は止み、床を蹴るような荒れた足音が近づいてきて――。
突然、目の前の部屋のドアが開いた。
「気が変わった。あたしも行くわ」
部屋から出てくるなり、どんよりとした顔で姉はそう言い放つ。
「……大丈夫なの?」
「大丈夫なわけないわ。あいつら女だからってナメてんのよ。そっちがその気ならやり返すまでよ」
いつものギャルメイクは何処へやら。すっぴんで、目の下のクマを隠そうともせずに姉は声を荒げる。
「……具体的には?」
「交渉のテーブルにつかない。夏休み、満喫してやるわ」
暗いというより、どこか昏い表情でクククと喉を鳴らす。これはだいぶ溜まっているようだ。
そこで不意に聞こえてくる、逢いたくて震えそうなメロディ。たしかこれは、姉のスマホの着信音だった気が。それなのに、姉はなんの反応も示さない。
「……姉」
「なに?」
「電話、鳴ってるけど」
「幻聴よ」
そう言い切った姉の瞳は、深淵を切り取ったかのように真っ暗で。
「……荷造りするから、あんたは1人増えたことを伝えておいて」
「う……うん」
そんな生返事をして――思わず目を見開いた。
踵を返す姉のその肩越しに、見えてしまったのだ。部屋の中、テーブル上に散乱する大量のRED BULLが。
禍々しさを感じた。
姉のような女子高生の部屋に、あっていい光景なはずがない。よほど激務だったのだろう。翼を授かるどころか闇落ちしている有様である。
「あ、そうそう。あんたの知り合いに丸山 太一ってのいるでしょ? 着信拒否っておいて」
閉じたドアの向こうから、ガサゴソという音とともにくぐもった声が聞こえてくる。
丸山……? ああ、メイドガイTAICHIのことか。しかしなんでまたそんなことを?
「あれの妹がうちの副会長なのよ。間違いなくあんた経由で連絡が来るわ」
姉がTAICHIを知っていることにも驚いたし、アレに妹がいたことにも驚いたけど、そんなことより何よりも。
……世間って、思ってたよりも狭いなあ。
かくして、7人に増えた一行を乗せた車は高速道路をひた走る。
おじさんの運転は、父さんのそれに比べて丁寧で酔いにくい。だからだろうか、走り出して5分もしないうちに姉は寝息を立てていた。疲れも溜まっていたのだろう。
オレと和人はというと、後部座席でスマホを取り出し、シャドウバースのルームマッチの真っ最中。
もはや恒例の5本勝負。1-2で迎えた4戦目、ここで負けたら1-3で5本目を迎えずして終わりである。
大ピンチだった。
残りライフは9。アイツの残りライフは17。場にはともに何もなし。こちらのリーダーはエルフのアリサ。PPは9あって、手札には1コストのフェアリーが2枚、自然の導きが1枚、そしてリノセウスが2枚。
進化が1つ残っているので、羽虫羽虫リノ導きリノリノ進化で16点は削れるが、1点足りない。
相手のリーダーはロイヤルのエリカ。ここでターンを返したら、ほぼ間違いなくエンハンスアルベール進化が飛んでくる。もちろん、10点入るので負けである。
唸っていると、エモートで『ここで死んで頂きます』が3連続で飛んできた。
煽りおる……。目の前にいる対戦相手の和人をひと睨み。諦めてターンを返す。
「そこで守護ないかー」
「くっ、殺せ」
言ってみたかったセリフなのでちょっとだけ満足する。このセリフを言って人物がその後どうなるかって? 決まってる。経理になるのだ。
当然のように出てくるエンハンスアルベール。そして進化。攻撃力5のフォロワーが2回攻撃すればどうなるか。火を見るよりも明らかだ。やはりエルフの森は燃やされる運命にあるのだろう。
「える知ってるよ。えるの森燃やしたのって、お前ら人間なんだよね」
「なんのネタだよ……」
最近の対戦成績、あまり良くないんだよな。特に期末考査はボロボロだった。舞い上がって勉強が手につかずに成績を落としたオレと、成績を維持したコイツ。
……あれ? これってつまり、舞い上がってたのはオレだけってことなのか?
「二人とも何してるの?」
ひと段落ついたのを見てか、隣に座る理恵ちゃんがスマホを覗き込んできた。
「うん? カードゲームだよ。シャドウバースっていうの。イラスト綺麗なんだ」
そう言って、一番お気に入りのカードである、次元の魔女ドロシーのイラストをズームで見せる。
デッキの中核をなす非常に強いカードではあるし、キャラクターもかわいいのだけど、ガン周りしたドロシーデッキはクソゲーである。圧倒的展開力にものを言わせて、早い段階で対処不可能な場を作り上げることができるからだ。
このシャドウバースというゲーム。カードゲームとしての基本はよく出来ていて、演出もスタイリッシュかつスピーディでテンポが良く、決着ターン数も短めで、時間をかけずにさくさく手軽に遊べるところが長所と言える。
しかし、長所も裏を返せば短所となる。決着ターンが短いというのは、それだけ一方的な試合になりやすいということでもあるからだ。マウント取ったもの勝ちになりやすいが、だからといって逆転性が皆無というわけでもない。
特に逆転性に大きく寄与するのが進化というシステムだ。これがあるか無いかで、AC北斗で言うところのブーストゲージがあるか無いかくらいの差が出てくる。先攻で2つ、後攻で3つ持った状態でスタートするが、特殊なケースを除き基本的には回復しない。後攻が1つ多く持っているのは、前述のマウント取ったもの勝ちを緩和するためだろう。
たとえば相手の場に5体のフォロワー……要するにモンスターカードが並んでいて、自分の場には何も無しなんて場合でも、フォロワー1枚と進化で逆転出来てしまったりするくらいだ。それでもやっぱり、マウント取られたら厳しいことに変わりはない。
「たしかに綺麗だけど、車の中でそんなことやってて、酔わないの?」
「おじさんの運転なら平気かな」
うちの父さんの運転ならマーライオンである。
「……よし、決めた」
唐突に和人がそんなことを口にした。
「さっきの勝負の勝者の権利、使わせて貰う」
あまり無茶なことは言わないお約束ではあるものの、最近欲望に忠実になってきてる気がするから油断できない。まあそれでも、このまえ要求された膝枕なんかは、こっちとしても悪い気はしなかったというかなんというか。
「響の水着姿、ちゃんと見せてほしい」
思った以上に直球だった。
……ほんとにもう、コイツときたら。だってそれは、オレの願いでもあったのだ。
誰かに後押ししてほしかった。たぶん理由が欲しかったのだ。退路を絶たれないと逃げ出すことに定評のある自分でも、逃げ出さずに立ち向かえる理由が。
「しょうがないなあ……」
色々な意味を含ませた『しょうがない』。元々自分だって、コイツに見て欲しかったわけで。そうでなければ、何のために水着を買ったのかすらわからない。
いまだに素肌を見られるのはぜんぜんダメで、恥ずかしさで死にそうになったりすることもあるけれど。
「……でも意外。あまり興味無いかと思ってたのに」
「水着に興味の無い男子なんていません!」
ホモが嫌いな女子なんていません! と同じニュアンスで断言された。しかも若干食い気味に。
「それにかわいい彼女がかわいい水着を着たらもっとかわいくなるわけで! ぶっちゃけじっくりねっとり見たいです」
「どうしよう、この彼氏ヘンタイだ……」
「俺の気持ちはピュアハートなのに! なぜわからない!」
「自分のことピュアって言っちゃう人ってどうなんだろう……」
くだらない軽口を叩きながらも、なんだか可笑しくなって、顔を寄せあって笑い合う。
頑張ろうと思った。
平気ではいられないかも知れないけれど、とびきりかわいい水着の自分を見てもらおう。そのためにも、ちょっとパワーを貰わないと。
少しだけ、コイツにもたれかかって。その腕を枕にして。
「なんだかちょっと眠くなっちゃった」
「おう、寝てろ。着いたら起こしてやるから」
「あの。あの。わたしもいるんだけど忘れてない?」
車は高速を降り、県道をひた走る――。