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After 2-3.万感の思いを乗せて

 待ち合わせの場所は、駅ナカの喫茶店だった。とは言っても改札の外なので、入場券は必要ない。


 夏休みの地元駅は、想像していた通りかなりの人混みだ。待合室の壁にかけられた時計を確認すると、時刻は16時になろうとしていた。


 言われるままに5分待った。ベンチから立ち上がると、人とぶつからないように気をつけて、喫茶店の前まで移動する。全面ガラス張りの店内に、本を読む彼女の姿が見えた。


 吉植 (まどか)さん。青みがかった髪が特徴的なショートカットの女の子。


 自分と同じ小学校で、クラスが同じになったのは6年の時だけだ。何がきっかけだったのか、ある日からよく突っかかって来るようになった。正直な話、それが無ければ覚えていなかったかもしれない。


 薄情なのだろうか。3年も前のクラスメイトの名前を、全部覚えて居られるわけがない。一度はなれてしまえばもう他人。格ゲーマーはそんなことより、技のフレームを覚えることに一生懸命だ。


 しかし、偶然とはいえ再会したのだから、望む望まないは関係なく、縁があったということなのだろう。


 ドアを開けると、カランコロンという鈴の音が出迎えてくれた。店内の座席はあらかた埋まっているようだ。そのまま、彼女の待つ窓際の席へと近づいて声をかける。


「まどかさん」


 本をしまってから彼女は、こちらを見上げるようにして振り返った。その勝ち気そうな眉を吊り上げて、なぜだろう、少しお怒りの様子だ。


「違うよ響くん。そこは遅れてごめん。が正解だよ」


 5分待ってから来るように言ったのはそっちじゃないか。理不尽さを感じながらも、大人しく従ってしまう自分の小市民っぷりが恨めしい。


「……うん。遅れてごめん」


 あきらめたようにつぶやくと、まどかさんは満足したように笑みを浮かべてみせた。


「大丈夫。今きたところだから」


 知ってるよ。5分前だよね。


 そもそもさっきまで一緒に歩いていたのだ。なんでわざわざこんな小芝居を?


「……これ、続けるの?」

「もちろん」


 そんないい笑顔で言われたら、断りようがないというのに。ほんとどうしたものだろう。


「とりあえずここは、服装を褒めるのが正解かな。ほら!」


 そう言って、彼女は両手を広げてみせる。


 ギンガムチェックのコンビネゾン。上はキャミ風で、下はキュロットかなこれは。フリルのついた白いソックスに、黒い厚底靴。足元かわいい。参考にしよう。でも別に、お昼に見たときと変わっているわけではなさそうだ。


「……ええと? 似合ってるよ。さわやかな感じで」

「響くんも、素敵だと思うよ。あたしよりかわいらしいのがムカつくけど」


 いったいどうしろと。


 ため息をついて席に座る。いつまでもつっ立っているわけにもいかないし。メニューを開いてまどかさんに声をかける。


「注文はしないの?」

「もうしてあるから、覚悟しておいて」


 覚悟。おおよそ喫茶店で必要になるようなものではない。首をかしげていると、何かがキッチンから運ばれてくるのが見えた。


 それは、パフェというにはあまりにも大きすぎた。


 大きく、分厚く、重く、大雑把すぎた。


 大量のホイップクリームにチョコレート。イチゴとキウイ、それにバナナ。色とりどりのアイスクリームに、プリンそしてウェハース。おまけにパフとプレッツェル。素材だけ見れば普通のパフェと同じ。同じではあるのだけど。


 要するに、とにかく大きかったのだ。


 これを? 食べるの? 2人で? 無茶だ!


「食べようか響くん。ほら、あーん」

「う、うん」


 見ているだけで胃もたれしそうで、若干引き気味になっているオレに遠慮なく、パフェを乗せたスプーンが差し出される。


 出てくる前であればキャンセルすることも出来たはずだ。それを踏まえてのあの5分。図られたという気がしなくもないが、今更なかったことになんて出来やしない。


 ジャンボというよりアメリカンなサイズのパフェが気になるのか。女の子同士の食べさせ合いが気になるのか。はたまたその両方か。周囲の視線が気になるのには目をつむり、諦めと一緒に口に含む。


「……おいしい」


 かすかにほろ苦くて甘い。この苦味はチョコレートのものだろうか。サクサクとしたパフが食感でも楽しませてくれる。


 せっかく美味しいのに……。


 もっとゆっくりと、味わって食べたかった。それなのに、この量はどういうことなのか。


 楽しんでいる余裕なんてなさそうだ。一口目こそ流されて、あーんなんてされてしまったけれど、溶ける前に食べ切るためにも、とにかく口を動かし続けないと。


「ほらほら、早くしないと溶けちゃうよ!」


 当店は煽り禁止となっております!





 当然のように、あのパフェを食べきることはできなかった。残り3割……いや4割といったところで無念の捨てゲー。まどかさんの、あのうんざりとした顔は忘れられそうにない。頼んだのは自分だというのに。


 食べすぎでお腹が重たい。というか苦しい。あれは6人がかりで食べるくらいがちょうど良さそうだ。


「さあ響くん、次に行こう! 映画見ようよ。映画」


 だと言うのに、まどかさんは元気いっぱいだ。オレの手を握り、引っ張るようにして歩き出す。


「見たい映画あるの?」

「とくにないけど、映画が定番かなって」

「……うん?」


 おかしなことを言っていると思う。それでも。


「あはは。いいからいいから! 映画館についてから考えようよ」


 たぶん、深く考えてはいけないのだ。


 ここから一番近い映画館は、ショッピングモールに併設されているものだ。蝉の大合唱が聞こえる中を、もう一度歩いて戻るのかと思ったら、どうやら電車に乗るらしい。


 改札をくぐり抜け、ホームへの階段を降りると、すでに来ていた電車に駆け込んだ。座席は全て埋まっていたが、そこまで混雑しているわけでもない。車両の端のほうに移動して、つり革に手を伸ばす。


 行き先を聞いてみると、ここから5駅ほど電車に揺られる必要があるようだ。たしかそこには、規模は小さいけれど子供向けのテーマパークなんかもあった覚えがある。


 帰りが遅くなることはもう確定している。今から映画なんて見たら、それだけで午後8時。時間的にも連絡を入れておかないと、怒りゲージMAXの母さんとやり合う羽目になる。


 最近は妙なトラップ(肌色)にも力を入れているので、間違っても刺激してはいけない存在だ。あれ、ガード不能即死だし。


「そういえばさ、結城くんは元気にしてる?」


 むせそうになった。


 唐突と言えば唐突で、だけど考えてみれば当然な話で、今まで聞かれなかったことが逆におかしいくらいだ。そのくらい和人とは一緒に居るのだから。


「うん? 元気……だよ?」

「……なんで目が泳いでるの?」

「……なんでだろう?」


 この後の流れが予想出来てしまうだけに、思わず曖昧な返事をしてしまう。


「今でもよく一緒にいるの?」

「……うん」

「今も仲いいの?」

「……うん」

「ひょっとして、つきあってたり?」

「ええと。あの。その……」


 ほらやっぱりこうなった。


 わかっていたのに、どうしても照れてしまって、どうにかこうにか言葉を探してみるも、結局最後は認めるしかないわけで。


「……うん」


 消え入りそうな声で頷いた。


「……へえー。そうなんだ。そうだよね、3年もたったんだし、そういうこともあるよね……」


 どこか遠くを見るようにした彼女の表情は、いろいろな意味が入り混じった、女の子特有のひどく難解なもので。


 きっと、それを理解するには、まだ年季が足りないのだ。





 映画館から出てすぐ、どちらからともなく顔を見合わせたのは、つまりそういうことだったのだろう。


 とくに見たいものが無いという理由で、席が空いていて、上映までの時間が一番短いものを選んだのが敗因だ。有名マンガの実写化作品。この時点で嫌な予感しかしなかった。


 ほんと、笑ってしまうくらいダメダメで。そんなのわかってた上で見たんだから仕方ない。それでも、口にせずにはいられなかった。


「ダメだったね」

「ほんとダメだった! でも、楽しかった」


 彼女はそう言うけれど、やっぱり失敗したなと思ってしまって。ひょっとしたら、顔に出ていたのかもしれない。


「いいんだよ内容なんてなんでも。こういうのは気持ち次第なんだから」


 気を遣わせてしまったのか、それとも本当に楽しかったのか。


「いいから次に行こうよ。時間は待ってくれないよ」


 再び手を繋いで走り出す。あたりはもうすっかり日も暮れて、あれだけ騒いでいた蝉も眠りについて、今はもう時差ボケした数匹が鳴いているに過ぎなかった。


 青信号点滅中の横断歩道を走り抜け、向かうは駅と逆方向。


「響くん、はやくはやく! 置いてっちゃうよ!」


 置いてくつもりも、手を離すつもりもないくせに。


 人通りはそんなに多くないものの、油断するとぶつかりそうになる。まるで地形のあるシューティング。高速スクロールなのに、エアバスターのようなバンパーは存在しない。


 大通りをただひたすらに真っ直ぐに。見えてくるのは小さな遊園地。でもそこは目的地ではなくて。手前の歩道橋に向けて、息を切らしながら走ってく。


「もう少し! 早くしないと始まっちゃう」


 タン、タンと軽やかに、まどかさんは歩道橋の階段をのぼってゆく。ちょっと待って。そっちはキュロットでも、こっちは普通のスカートなんだけど。


 こうなったら後ろに誰か居てもしょうがない。手を引かれるままに階段を駆け上がる。もう体力は限界だ。服がはり付くくらい汗だくで、息なんてとっくに上がってる。


 まどかさんはまだ余裕がありそうだ。同じくらいの体格なのに、どうしてここまで体力が違うのか。


 歩道橋の手すりに、体を預けるようにして寄りかかる。息があがって、しばらくは話すことも難しそうだ。


「体力ないなあ」


 返す言葉もないとはこのことか。


 苦笑を浮かべて眺めていた彼女だが、こちらに寄ると手をむんずと掴み、歩道橋の真ん中に向けて引っ張りはじめる。


「夏休みの間はさ、あの遊園地で8時から花火を打ち上げてるんだ」


 乳酸が溜まっていて、言うことを聞かない足がもつれそうになるけれど、一歩づつゆっくりと進んでゆく。


「この歩道橋は穴場なんだ。ちょっと遠いけど、花火が良く見えるし、音も聞こえる」


 どこからか吹き付ける風が、歩道橋をわずかに揺らした。その残滓が、汗ばむ頬を撫でてゆく。午後8時はもうすぐだ。ようやく息も落ち着いてきた。まだ足は、生まれたての子鹿みたいに震えているけど。


 歩道橋の中央に立つと、まどかさんはオレの手を離し、後ろ手に手を組んで振り返った。


「今日はありがとう。楽しかった」


 文句の一つくらいつけてやろうかと思っていたのに……言えなかった。


 喫茶店で待ち合わせして、映画を見て、これから歩道橋で花火を見る。こうして並べてみると、思っていたよりも楽しんでいた自分が居て。


「……なんだか、まるでデートみたい」

「デートだよ。気がついてなかったの?」


 あきれた。と言う彼女に、ぜんぜん。と返す。何が面白いのかわからないけど、彼女は小さく笑っていた。


「今度、引っ越すんだ。お母さんの実家の方に。だからこれは、本当に思い出作り」


 いろいろと聞きたいことがあった。でも、それを聞いてしまったら野暮な気がして口をつぐむ。だから、かわりに一言だけ。


「思い出、作れた?」


 彼女はその問いには答えずに、歩道橋の下を行き交う車のランプを、しばらくただ眺めていた。


「……あたしね、好きだったんだ、響くんのこと」


 ぽつりと開いた口から出てきたのは、そんな言葉。


 ……思ったより驚かなかったのは、なんとなく、そんな予感がしていたからか。


 おそらく彼女は、小学生の頃から引きずっていたのだ。


「……驚かないね」

「そんなことないよ。ちょっとだけどびっくりした。理由は……聞いてもいいの?」

「平然としてるのがムカつくから、絶対に教えてあげない!」


 わざとらしく怒って見せながらも、彼女はとても楽しそうで。


「確かめたかったんだと思う。響くんには悪いことしちゃったかもしれないけど」

「どうだったの?」


 答えなんてわかりきっていた。きっと彼女もわかってた。


「一緒に居てもときめかないの。だからこの恋は、これで終わり」


 元々は、オレが男の子だったときに始まって、なのに今のオレは女の子。


 このおかしな病気のせいで立ち止まることになった恋を、確かめたくて、あんな回りくどいことまでして、彼女はようやく終わらせることが出来たのだ。


 そう考えれば、無駄ではなかったはずだ。今日のこのバカみたいな茶番すら、こうやって思い出にして、いつの日か思い出す。


「ありがとう九重さん。わがままに付き合ってくれて」

「……うん。あ、呼び方――」

「そんなことどうでもいいから。ほら、そろそろ花火だよ花火」


 まどかさんは、夜空に向けて腕をのばす。


 その表情はとてもすっきりとしていた。いろいろと思うところもあるだろう。でも彼女は、それに折り合いをつけて進み始めたのだと思う。


 顔を上げると、空に大輪の花が咲いていた。少し遅れて聞こえてくる大きな音が、体全体を震わせる。


 オレはいつまで怯えているつもりなのだろう。いつまで現状に甘ているつもりなのだろう。つきあいはじめてまだ2ヶ月? もう2ヶ月だ。


「たぶん、もうとっくに終わってたんだ。でも良かった。これで動き出せる気がするから」


 色とりどりの光が、まどかさんの横顔を照らしていた。夜風が揺らすその青い髪は、どこまでも夜空に溶けこんで。もうそこに、あの寂しそうな表情は無い。


 動き出せる、と彼女は言った。なら自分は?


 こんなところで立ち止まっていたいわけじゃない。でもたまに、どうしていいかわからなくなることがある。


 花火は上がる。悩みも恋も、もやもやしたもの全部ひっくるめて持っていく。


 先のことなんてわからない。全てが思い通りにいくこともないだろう。そうやって燻り続けるくらいなら、いっそはじけて飛べばいい。


 だから……今、万感の思いを乗せて、打ち上がれ花火!


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