After 2-1.思わぬ再会
8月に入って、学校は夏休みだ。アイツとの関係を進めるために、オレはいくつかの計画を立てていた。まずは海。何はともあれ海だ。毎年行ってる爺様の別荘。今年も結城家と連れ立って行く予定になっている。
海と言えば水着。さすがに水に入らないってことはないだろうし、当然着ることになるだろう。
見られて平気になったのかと言われると、プールの授業でロボのような挙動を見せてたくらいには平気で……。正直これはあまりよろしくないのではなかろうか。
別にアイツ以外に見られるぶんには平気なんだよなあ。いつになったら平気になるやら。じゃがいも共の視線は気にならないんで、そのうちなんとか……なるといいなと思ってはいるけれど、なかなか改善が見られない。
母さんや姉が、ショック療法と称して肌色成分多めのトラブルを、意図的に発生させようとしてくるのは、一体何の嫌がらせだろうか。必死に回避しようとはしていても、稀に被弾することがありまして、九重さん家からよく悲鳴が聞こえてくると評判です。死にたい。
一番の被害者は肌色要員にされてるオレなのか、毎回ギルティ判定されて何かしら甘いものを奢らされてる和人なのか。まあそれにかこつけてデートなんかしてたりするんで、そんなに悪くもないのかもしれないなんて思ったりもして。
そんなこんなで交際自体は順調なのに、関係はあれから全く進展していなかったりするのが悩みの種だ。初日にちょっと暴走しすぎたせいだろうか、臆病になっているのかもしれない。キスだってあの日以来できていないし。……あの意気地なし。
話は戻って水着だ。どんなのを買おうか迷ってしまう。去年はイエローのバンドゥビキニだった。意外と攻めてたな。アイツが全く動じないもんだから、半ばムキになってたような気がする。いったい何と戦っていたんだ自分は。
……いや、だって、退いたら負けたような気がするだろ?
そんなわけで今日は理恵ちゃんたちと水着を買いに行く予定だ。どんな水着にするかはまだ決めてない。どうせ見れば見ただけ目移りするし、その場のノリで決める方が面白そうだ。
なんだかんだで結構楽しみにしていたみたいで、気がつけば鼻歌なんて歌いながら出かける準備をしていたりして。もっとも、そんな心地はすぐに母さんに打ち砕かれることになったのだけど。
「胸ないんだから、体型隠せるのにしときなさい。水着にはあんたの使ってるブラみたいなパッドは入ってないのよ」
大きなお世話だよ! 遺伝だと思っていたのに、姉は結構あったりする。どうすれば大きくなるのか聞いてみるべきだろうか……? いや、十中八九、揉んでもらえばいいんじゃない? なんて返ってくるだろうから聞くだけ無駄だ。きっと残りはもっとひどい。
胸なんていらない、むしろ楽でいい、そんなことを言って成長期に何もしなかったのが今更ながら悔やまれる。まずボデイラインの出る服は全般的に似合わない。貧相さを余計に目立たせることになるので止めておいたほうが無難だ。胸元にフリルやドレープが入ったトップスは誤魔化しが効くので必然的にそういう服が多くなる。ワンピースが似合うのはいいんだけど。
それで思い出したよメイド服。出禁ポイントでの罰ゲームはまだ未消化なので、たぶん夏休み中にゲーセンでご奉仕させられることになるんだろうけど、あれ、バストコンシャスなデザインだし一体どんな公開処刑だ? もはやフリルがどうこうとかの次元ではない。やはり盛るしかないのか……?
今からでも努力してみようかな。少しでもかわいくなりたいし。それに、アイツも大きい方がいいみたいだし。……ムカつくけど、こんなことで悩んでいる自分がおかしくて笑ってしまう。
さて、そろそろ家を出る時間だ。今日は夏らしく涼しげにまとめてみた。ボーダー柄のカットソーに真っ白なフレアスカート。スカートの外側の生地がシースルーになってるのがポイントだ。
鏡の前で身だしなみを確認する。なんとなく一回転。うん、結構いいんじゃない? おおむね満足だけど、少し伸びすぎた前髪が野暮ったいのが気になった。そろそろカットした方が良さそうだ。
待ち合わせは駅近にあるショッピングモールの入り口前。とはいっても入り口だらけなんで、噴水のある広場側の入り口に集まることになっている。
時間まではまだしばらくあるみたいだ。近くのベンチに適当に腰を下ろして軽く額の汗を拭う。
夏休みだからなのか、親子連れの姿が目立つ。犬の散歩コースになっているようで、犬を連れた主婦と思わしき方々が集まってお喋りに興じていた。普段通りの風景。そのはずなのに、どこか引っかかるものがあった。
少し視線を感じる。値踏みするような不躾な視線。なんかちょっと嫌なかんじだ。顔を上げないようにしてあたりを観察すると、確認できる範囲で3人、こちらを見ている男がいることがわかった。リアル弱キャラ的には立ち回りをミスったら即死なんで気を抜けない。ついうっかり人目のないところに連れ込まれたらアウトだし。どうやったって力では敵わない。
自意識過剰な気もするが、気をつけておいて損はない。いつもならアイツが居るから心配ないんだけど、今日は買うものが買うものだけに、着いてきて貰うのも気が引けた。理恵ちゃんたちが合流するまでは久しぶりに自分一人だ。
ナンパなんてあるわけない、なんて思っていたら大間違い。油断していると、ちょうどこんな風に――。
「今ヒマかな?」
弾かれたように顔を上げる。目の前に知らない男が立っていた。両耳に別々のピアス、着崩した服はオシャレのつもりなのか。茶髪というより金髪に近い髪に眉毛だけ黒。……もしかして、ケンのコスプレか何かだろうか? 昇龍の発生は相当早そうだ。
「一人? 時間あるなら何か奢らせてよ」
ニコニコというよりニヤニヤとした笑いを浮かべながら、チャラい男が顔を近づけてくる。少し年上、大学生くらいに見える。軽薄そうな雰囲気に負けないくらい軽薄な声が印象に残った。
「時間ないんで無理です」
「それならボクの時間が10分あるから、そこから5分キミにあげるよ」
……呆気に取られてしまった。天才かこいつ? こんなナリしてて実はイタリア人か何かなのか? まあ、5分とか言っておきつつそれで済むことは無さそうだけど。
「人を待っているんです。他を当たって貰えますか?」
「彼氏?」
「いえ、友達です」
「じゃあ、その友達もいっしょにどう?」
諦めないな。こういうのってどう断るのが正しいんだろう。
「このあと用事があるので」
「後でその用事に付き合ってあげるからさ」
いい加減ウザくなってきた。スマホを鞄から取り出して時刻を確認する。待ち合わせまではあと10分。このまま10分粘られても面倒くさいし、そろそろ無視して移動してしまおうか。なんて考えたときだった。
「やめなよ! その子嫌がってる」
割り込むようにそう声をかけてきたのは、勝ち気な目をした同じ年頃の女の子。その怖いもの知らずな様子と、特徴的な青みがかった髪には見覚えがあった。
予想外の人物の登場に呆然としていたのだろうか。気がつけばその名前をつぶやいていた。
「……よし……うえ……?」
「え?」
小学校時代の同級生。事あるごとにオレに突っかかってきた女子生徒。全体的にずいぶん大人っぽくなってはいるけれど間違いない。……吉植 円だ。
……まずった。非常にまずった。彼らとは意図的に関わりを避けていたのに、なんで名前を呼んでしまったのだろう。後悔先に立たず。それは彼女に興味をもたせるきっかけとして、十分なものだった。
「……なんで名前を知ってるの? 前に会ってたりする?」
どう誤魔化したものだろう。考えながら視線をさまよわせたところで、理恵ちゃんともう1人のクラスメイトの姿が目に入った。彼女たちもこちらに気がついたようだ。ナンパ男はいつの間にか姿をくらませていた。
彼女たちが駆け寄ってくる。そこに向けて、頼むから名前を呼んでくれるな! なんて念じてみても通じるわけもなく。
「響ちゃん、おまたせー!」
「おまたせしました、九重さん」
思わず頭を抱えそうになった。苗字と名前どちらかならまだしも、フルネーム判明なんて、さすがに悪い冗談だ。
聞き流してくれていないかと、一抹の期待を胸に吉植さんに目を向ける。残念なことに、その表情はいささかこわばっているように見えた。
しばしの沈黙のあと、彼女は恐る恐るといった様子で口を開く。
「……もしかして……九重……くん……?」
ここでオレはどういうリアクションを取るのが正解だったのだろう。少なくとも、ここで黙り込んでしまうのは一番の悪手だった。こんなの肯定したも同然じゃないか。
何か言わなきゃと思うのに何も言葉が出てこない。否定するタイミングは失われ、帰還不能点(point of no return)を超えて、疑惑はやがて確信に変わる。
吉植さんは、信じられないものでも見るような目で、オレを見詰めていた。
誤解を受けそうなので一応補足。一般的な水着の裏地にはパッド用のポケットがあって、たいていは薄いパッドが備え付けられています。響ちゃんの普段の下着はわりと盛ってる設定でした。
水着も盛ろうと思えば盛れますがパッドだとバレバレな気が。ヌーブラは結構面倒ですし。