2.鏡越しの『彼女』
現実世界ではまだ超有名2D格闘ゲームの5はアーケードで稼働していません。予定はあるみたいですが……
学校に到着し、約束通りに宿題の回答を和人に見せた後、用を足しにお手洗いに向かった。そういやお花を摘みにとか言う人見ないな。メジャーでは無いんだろうか。
すっきりした後、手を洗ってハンカチで拭いていたら、目の前の鏡越しに女子生徒と目があった。
綺麗な人だった。少しキツめの目つきをしたスレンダーな長身に腰まである黒髪が映える。年上かと思ったら付けてるリボンの色からして3年生だ。フロアが違うだろお前何しにきた。
女子生徒はオレの後頭部を睨みつけているように見える……面倒くさい話になりそうな予感がする。
自分の彼氏がオレに色目を使ってるとかそういうのが多いんだけど、それをオレに言って何か解決するのかと。当人同士で話し合えよ。だいたい色目ってなんだよ白目でも剥いてろ。
関わり合いにならないよう、目を合わさずにそそくさと立ち去ろうとすると背後から声をかけられた。
「結城 和人と別れなさい」
……ちょっと呆けてしまった。新パターンだこれ。
「……センパイに何の関係があるんですか?」
出来るだけ平静を装ってみたけど声に棘があったかもしれない。
だいたい何だ別れろって。付き合ってるように見えるのか? ……見えるんだろうな。毎日のようにそれでからかわれてるし。思わず顔を顰めてしまう。
それが気に障ったのか、名も知らぬセンパイは苛立たしげな様子で吐き捨てた。
「……貴方みたいな半端者、彼には相応しくないわ」
こんな発言を恥ずかしげもなくのたまえるとは感心してしまう。
それにしても、半端者か。久しぶりに聞いた。まだ居るのかそういう扱いする人。進学校とはいえ良い子ちゃんばかりではないということか。
いや違うな。こうやって直接言いに来てしまうあたり良い子ちゃんなのだろう。もっといくらでも陰湿な手段をとれるのだし。
いまだに影でこそこそ悪口を言ったりしてるのが一定数いるのは確かだ。特に女子に。気持ちはわからなくもないんで実害がなければ放置だ。それでも、面と向かって言われたのは……三年ぶりになるだろうか。
さてどうしたものか。今のところ実害は、オレの気分が悪くなったくらいだし、事を荒立てるのも面倒くさい。
幸いにして今は朝のホームルーム前。もうそろそろのはずだ。
しばしの沈黙――そして予鈴が鳴った。
時間切れだ。思わずため息を1つ。
「……遅れますよ、センパイ」
「ふん」
不確定名センパイが立ち去ったことを確認してからお手洗いを出る。もやもやとした気分。
わかってはいたけれど、やはりオレが和人の出会いの芽を潰しているのだろうか。アイツの邪魔をしたいわけじゃないのに。
なんのかんの言って、お昼休みに学食に到着するまでにはオレの気分は回復していた。たかがシュークリーム2つと侮ることなかれ。200円を笑うものは200円に泣くのだ。具体的には4ゲーム代。
行きつけのゲーセンは1クレ50円の、こじんまりとした個人経営のゲーセンだ。実はオーナー兼店長が叔父だったりする。元々甥っ子に甘い人だったが、姪っ子になってからはダダ甘である。ちょろい。よくお小遣いをくれるので、そのお小遣いをゲーセンに還元している。実質タダゲーだこれ。
それだけだと悪いのでメンテを手伝ったりしている。レバーやボタンの交換はお手の物だ。メンテを頼むとじゃらじゃらした鍵を片手に歩いてくるJKは名物扱いされている。いいのかな? バイトじゃないし家の手伝いみたいなものだろう。
まあ、それはどうでもいいよとして甘いものは良い。荒んだ心を癒やしてくれる。黒蜜ときな粉が至高だが、カスタードクリームも悪くない。これから訪れるささやかな幸せに思わず笑顔になる。まあお昼食べたら入らないから持ち帰りだけど。
「和人はA定?」
「今日は魚の気分だ」
「んじゃB定にしよっと」
A定食は焼き魚定食。サンプルは焼鮭だけど実際頼むと鯵の塩焼きだったりホッケだったりするのでわりとギャンブルなところがある。B定食はハンバーグなんで安心できるのがポイントだ。
今にも壊れそうなオンボロの自販機から食券を購入してカウンターに置く。こういう機械を見るとメンテしたくなって疼く。筐体のボタン交換みたいにはいかないんだろうけど。
「やべえ、グループチャットの未読が午前中だけで200件とかある……」
和人がスマホを手にうんざりしている。多分ゲーセン仲間のだと思うけど、全部読む必要ってあるんだろうか。どうせバカなことしか書いてないし。ちなみにオレもそのグループチャットに入っていた時期があったのだけど、調子に乗ってセクハラしてくるアホが居たので即抜けしている。
ふと誰かの視線を感じてあたりを見渡してみれば、居たよ今朝の不確定名センパイが。しばらくこっちを睨みつけていたけれど、さすがにこんな場所で因縁つけてくる気は無いみたいで、購買のパンを片手に立ち去っていった。小麦アレルギーになるように念を送っておこう。
正直な話、二度と関わり合いにならずに忘れてしまえればよかったのだけど、そうもいかないみたいだ。
あのセンパイはコイツのことが好きなのだろうか? 思わず和人のほうを見てしまう。もう16年も一緒にいる友達の横顔。こうしてみると意外と整った顔をしているのがわかる。目元なんてキリっとしてていいじゃないか。きっとあのセンパイ以外にもコイツのことを好きな人は沢山居る。オレはコイツにとって邪魔になってないだろうか。
オレと和人はずっと友達で、これからもずっとコイツの隣にはオレが居るもんだと思っていた。ずっとバカやって、それこそ爺さんになっても肩を組んで笑い合えるような関係が続くと思っていた。
でもそれは男同士の友情だからこそ言える話で、今のオレはどうしたって女でしかない。自分は男だと思っていても周りはそうは見てくれない。あのセンパイはオレとコイツが付き合ってると思っている。オレが居なければきっと二人は――
「お待たせー……ってあれ? どうしたの?」
今日はパンの気分と言って、購買に向かっていた理恵ちゃんがビニール袋を手にして戻ってきていた。
「……ちょっと考え事してた」
「結城くんのこと?」
「なんでわかるの?」
「あんな不安そうな表情で結城くんのこと見詰めてればね。……ねえ、何かあったの?」
今朝のあのセンパイとの一件を話すべきだろうか。いや……別に害があったわけじゃない。ちょっと因縁つけられたってだけの話。少しだけ迷って、曖昧に笑って誤魔化した。
なんだろう、少しネガティブになっている気がする。軽く頭を振って気持ちを切り替える。短時間での切り替えは格ゲーマーの必修項目だ。ラウンドを取られても次のラウンドまで引きずらないことが大事だ。
ちょうどそこで出てきたB定食を手に移動する。そんなに学食派が居ないのか、席はいつもわりと空いている。今日も簡単に3人座れるスペースを確保することが出来た。
少し遅れて和人がA定食を持ってオレの隣に座る。今日のA定食の魚はホッケみたいだ。
「はい」
何かを探す素振りを見せたコイツのトレイに醤油さしを置いてやる。コイツがそれをほっけに垂らしてる間に、箸立てから箸を4本取り出して、そのうち2本をコイツに差し出す。
醤油差しを置いたコイツがそれを受け取ったのを確認して、箸を持ったまま軽く手を合わせる。
「いただきます」
「……二人とも、ほんとうに付き合ってないの?」
理恵ちゃんのその言葉に、オレと和人は顔を見合わせて首を傾げる。
「なんていえばいいのかな。長年連れ添った熟年夫婦みたいな貫禄を感じるのよね」
どんな貫禄だよ。まあ、長年連れ添ったってところは間違ってない気がするけど。
生まれた病院も同じ、生まれた日は1日違いでオレが先。幼稚園、小学校、中学校、高校と同じだし、遊ぶのももっぱらコイツとばかりだし、冗談でもなんでもなく人生の半分くらいいっしょに居るんじゃなかろうか。
お互い泊まり込みでゲームしてそのまま寝落ち雑魚寝とかしてるし、半分じゃすまない可能性も高いかも。下手したら親よりもいっしょに居る時間が長いかもしれない。そう考えるとなかなか凄いことなのか。
泊まり込みといえばコイツの部屋のベッド、妙に寝心地がいいんだよな。一体何が違うんだろうか。あまりにも心地いいんで毎回占領してるんだけど、そうなるとコイツは床で寝ることになる。セミダブルで大きなベッドなんだからいっしょに寝ればいいのに頑なに拒むんだよな。理由を聞いたら寝相がどうこう言ってたけど、コイツの眠りはファラオの眠りかというほど寝相が良い。
ならばと、強引に引きずり込んでいっしょに寝たことがあるのだけど、次の日完全に寝不足の様相で、おまえとは金輪際いっしょに寝ないと言われた。問題はオレの寝相だったか……。
それはさておき、理恵ちゃんは別に返事を求めていたわけではなかったみたいで、チョココロネにかじりついていた。そうか、細い方から食べる派か。その食べ方だと中身がたれやすい気がするんだよね。わりとどうでもいい話ではあるんだけど。
しばらく無言でひたすら食べるも、すぐに満腹感に襲われて箸が止まってしまった。なんとなく箸で食べかけのハンバーグをつつく。せせり箸って言うんだっけこれ。前に理恵ちゃんにやるなって叱られたっけ。なんか変な知識ばかり良く知ってるんだよね。おばあちゃんか。
うわ……今も睨んでるよ。やめよう行儀悪いし、うん。
「ホッケに醤油ってありなの?」
「無くてもいいんだけど味気ないんだよな」
他愛もない話をしながら、いつものように一口サイズに切り分けたハンバーグを和人のお皿に移動させてゆく。
「ごちそうさまでした」
移し終わったところでもう一度軽く手を合わせると、理恵ちゃんから声がかかった。
「いつも思うんだけど響ちゃんそれで足りるの?」
「すぐお腹いっぱいになっちゃうんだよねー。おやつは入るんだけど」
「あー、わかる。おやつは入るよね」
少食になったなーとは思うけど、カロリー計算してみると結構食べてるんだこれが。間食しすぎ説ある。
友達同士でお菓子作ってきて休み時間につまんだりするし、放課後にスイーツのお店にくり出したりもするわけで、気がつけば結構食べてる気がする。
お菓子といえば、クッキーやマドレーヌくらいは作れるようになった。今夜あたりマドレーヌ焼こうかな。和人はココアパウダー混ぜたやつが好みみたいだ。いろいろ混ぜていろいろ作る。個人的にはレモンピールの砂糖漬けを入れたやつが食感も含めて好きだったり。
「まー今日は、和人がシュークリーム2つ奢ってくれるし?」
「そういうのは覚えてんのな」
和人がハンバーグをつまみながらぼやく。きちんと宿題やってくればいいのにね。
5、6限という眠るためにあるみたいな時間をたっぷり睡眠に費やして、すっきりとした目覚めで迎えた放課後。
現金なもので、それまで一時たりとも動きたくないとぐったりとしていたヤツらもここぞとばかりに活動的になる。部活に行くヤツ、教室でダベるヤツ、遊びに繰り出すヤツ、様々だ。
「響ーカラオケいこー?」
「割引券あるから部屋代2時間無料だよ、ワンドリンクマストだけど」
ばたばたとクラスメイトの田村さんと杉山さんが駆け寄ってくる。
「ごめーん。今日は先約あるからパスで!」
両手を合わせて上目遣いでお断り。なんかこういう仕草が板についてきてしまった気がする。なんだろう。どちらかというとかわいくありたいという気持ちがある。女友達の影響でかいわ。
「またデート? ほんと響と結城くんっていつも一緒に居るよね」
「あはは。そんなんじゃないって」
何か勘違いしているクラスメイトに笑って返しながら、学食というか購買のシュークリームを2つ装填した鞄を手にする。今日の宿題やるときの糖分補給は君に決めた。2つあるからもう1つはゲームでもしながらぱくつこう。考えるだけで幸せになってくる。すごいぞ甘いもの。人類が発見した一番やべえドラッグなんじゃなかろうか。依存性があって摂取しすぎると体を壊す。やっぱりドラッグだこれ。
「なんかすごい幸せそうな顔してるし、口から砂糖吐くハメになる前にさっさと歌いに行きますか」
「うちらともっちーと薫の4人で駅前のシダに居るから、フラれたらおいでー。おねえさんが慰めてあげるから」
「たむたむ響より遅生まれじゃなかったっけ……」
かしましく騒ぎながら4人組がカラオケへと向かう。遅生まれって4月2日~12月31日生まれのことを指す言葉で、どっちが早く生まれたかを示す言葉じゃなかった気がする。ちなみにオレの誕生日は4月12日なんでむしろこっちがおねえさんだ。前にこう主張したら異論しかなかったけど。
「……行ったか」
スニーキングミッションでもやってたかのような口ぶりで、4人組が立ち去ったのを確認してから近づいてくる和人。コイツはどうも茶化されるのが苦手なようで、こういう話のときは近づいてこない。もしかしたらオレと付き合ってることにされるのが嫌なのかもしれない。
なんとなくもやもやして、雑に和人の手を引いて歩き出す。さっきまであんなにいい気分だったのに、オレは一体何が気に障ったんだろうか。
朝のトイレの不確定名センパイ以降、今日はペースを乱されっぱなしだ。
あのセンパイの目的は何だろうか。まあ大方のところ和人と付き合いたいとかそういうビッチでスイーツな話でしかないんだろうけど。それでいつも和人と一緒にいるオレが邪魔で仕方ないと。
半端者とか口にしてたし、オレのいきさつを知っているっぽい。めんどくさい。
もっとも、オレが小学生まで男の子として過ごしてたことを、この学校のほとんどの人が知っている。本当に男だったと思ってるのは意外に多くない。どちらかというと、中学に上がるまで自分を男だと思い込んでいた残念な子くらいに思ってる人が多いようだ。
……本当に男だったと信じて、歪んだ正義感からオレを攻撃してきた女子が居たことを思い出す。あれは――いや、もう終わった話だ。自分から不快な気分になる必要は無いだろう。軽くかぶりを振ってリセットする。
そういやあのセンパイの名前聞いてない。どこかで見たことある気がするんだけど、さすがに学年が違う上に接点が無い人の名前なんて知ってるわけがない。でも絶対相手は知ってるだろ。情報戦で負けてる感がある。あのセンパイが敵かどうかは別として情報は仕入れておきたい。
仕入れておきたいが、何をどう調べるべきだろうか。名前がわかればとりあえずクラスはわかる。あとは部活とか……? 格ゲーならキャラ対しっかりやれば立ち回りを有利に運べるけど、現実でのキャラ対ってどうやればいいんだろう。切り返し技が無いから横押しに弱いとか無いだろうし。さらにいえばリアル立ち回りってどうやるんだ?
いかん。どうもオレは現実世界では弱キャラなんではなかろうか……? もやしみたいな体力だし実際弱い。物理ダメゼッタイ。
体力つけようとトレーニングしてみたこともあるんだけど、トレーニングした以上に寝込んで弱体化した。人には得手不得手がある。思い出すだけでオレの頭髪がストレスでマッハになりかねないからやめよう。や、別に頭髪に問題は無いんだけど。
とりあえず、次に遭遇したときに名前くらい聞いておくか。
昇降口に来たところで、周囲から生暖かい視線で見られていることに気がついた。どうも手のほうに向いているような。
「あっ」
コイツの手を握ったままだった。自分とは違う大きなゴツゴツした手。気恥ずかしくなって慌てて手を離す。
……昔は手を繋いで遊び回ってたって、なんとも思わなかった。
今は何が違うんだろう。
少し気になって、盗み見るように和人の顔をちらり。少し名残惜しそうな顔をしているように見えたのは気の所為だろうか。