表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/62

After 1-4.相変わらずなボクら

 恋が叶えば、あとはもうなんの障害も無いと思っていた。


 でも現実はそんなに単純じゃなくなくて、考えないといけないことが山盛りで、気持ちばかりはやって空回り。悩みは増えてゆく一方だ。


「……女の子、ねえ……」


 湯気でくもったお風呂中に、自分の声が反響する。まるでカラオケのエコーみたい。なにか歌でも歌えば気持ちよさそう、なんて考えたりして。


 湯船の中、肩まで浸かりながら膝をかかえてため息をひとつ。


『オレは本当の意味で女の子になれたのだろうか?』


 もちろんこれは生物学的な意味ではなく、心のあり方についての疑問。


 考えてみればおかしな話だと思う。少し前まで、自分は男だと自分に言い聞かせていたのに、いったい何の冗談だろう。今では女の子になりたいと考えているだなんて。


 変わりたいんだ。アイツに釣り合うように。自分のことを半端者なんて考えずに済むように。


 要するにこれは、自分に自信が持てているかの問題なんだと思う。何があっても自分を見失わないくらい確固たる自分を……。うん、それはもうオレじゃなくて別の何かだな。


 しかし、こうやってお風呂でリラックスして冷静になってみると、いろいろと見えてくるものがある。自信とかそういう問題じゃなくて、もっと根本的に見落としている部分。


 なんでこんな簡単なことに気がつかなかったのか。我ながら呆れてしまう。


 下着見られただけであれだけ大騒ぎしてるのに、抱かれるなんて無理に決まってるだろ! 勢いでどうにかなるとか無茶言うな! 恥ずか死するわ!


 半眼でお湯の中に鼻まで潜って、ぶくぶくと息を吐く。


 ほんと無理。死ぬ。というか、一緒に居るだけであんなに緊張するのにまじヤバい。語彙力まで死んできた。不思議なことに、手を握ったり抱きついたりといった直接的な接触は意外と平気なんだよな。見られるということに過剰に反応している気がする。


 だとすると自転車の後ろに乗るのは大丈夫そうだ。電車の揺れで壁ドン状態になったりしたらキュン死あるな……。つまり、見られてることを下手に意識すると即死なのでは? デストラップ多すぎ問題。修正パッチの早期配布が望まれるところだ。


 こんなことでこの先やっていけるんだろうか。まず距離感がわからない。いったい今までどうしてたんだろう。日常がいきなり非日常になってしまったような、そんな違和感。


 考えてみれば当然で、知っているのは親友としての距離感だ。今はほら、また別の特別な関係になったわけだし?


 バシャバシャと、お湯を波立たせ、身悶えする。完全に変な子だよ。ていうかこれ、明日とか普通に会話出来るんだろうか? 時間を置くごとに重症化しているような……。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!


 ひとしきり荒ぶったあとで、急に我に帰るこの感覚。ほんとなんなんだろうねこれ……。


「トレモしよ……」


 そう呟いてお風呂から上がる。


 とりあえず全てを先送りして、いつも通りに過ごしてみることにしますか。





 脱衣所で下着だけ身につけて、髪をタオルで拭きながら自分の部屋に向かう。いつものルーチンワーク。母さんに見咎められて、あんたその格好で家の中うろつくのやめなさい、と注意されるまで含めてテンプレだ。


 それなのに、リビングから顔を出した母さんはニヤニヤするばかりで何も言って来なかった。


 違和感を覚えながら、階段を登ってすぐの自分の部屋のドアを開けると――。


 なんか居た。


 和人が居た。いやいやそんなわけないだろ。さっきアイツの家から帰って来たってのになんでオレの部屋にアイツが居るんだ? 見間違いかな? 髪を拭いていたタオルで目をこする。……居るな。なんかすごく驚いてる。それになんかすごく見られてる。ていうかガン見されてるような……?


 油の切れたブリキ人形のような動きで、自分の姿を確認する。……良かった。少なくともブラとショーツは付けてる。でも。


「――き」


 デストラップなことに、変わりはなかった。


「きゃああああああああ!」


 生まれてはじめて、そんなかわいらしい悲鳴を上げた。


 なんでなんでなんで!?


 慌ててドアを閉めると、猫みたいな目をした母さんと姉が、階下からオレを実に興味深そうに眺めていた。あれが人類悪か。


 世界のためにもアレは速やかに殲滅すべきではあるのだけど、正直に言って今はそれどころじゃない。ドアの向こうから声が聞こえるだけで意識してしまって――。


「お、おい響……」

「開けたら命があると思わないでよ!」


 オレのな!


 ええと、どうすればいいんだろう? 服は部屋のクローゼットにあるし……。いや、パジャマはベッドの上に出しておいたような……?


「……ベッドの上にパジャマない?」

「……あるぞ」

「ドアちょっとだけ開けるから、そこから渡してもらえる?」

「あ、ああ。わかった」


 ドアを少しだけ開けてしばし待つ。隙間から差し出されたブルーのパジャマをひったくるようにして受け取ると、姉の部屋に駆け込んで、自己主張の激しいピンクゼブラ柄の絨毯にへたりこむ。


 パジャマをぎゅっと抱きしめる。……まだドキドキが止まらない。長いこと一緒に居るし、下着姿なんてもう何度も見られてる。慣れっことまではいかないけれど、こんなにあたふたするようなことでも無かったはず。


 いつも通りに過ごしてみるつもりだったのに、なんなんだろうこれは。


 ……思っていたよりも、重症なんじゃなかろうか。





 姉の部屋でパジャマを着込み、ドライヤーである程度髪を乾かしてから自分の部屋に戻る。アイツはオレに何か用事でもあるのか、そのまま待ってくれていたようだ。


「おまたせ」


 そう声をかけてからベッドに腰を掛ける。うん、意外と平気だ。ドライヤーに時間をかけたおかげで、少しは落ち着くことが出来たのかもしれない。


 それにしても、何か忘れてたことでもあったんだろうか? 首をかしげて見せると、そんなオレの疑問に答えるかのように、コイツは折り畳まれたプリントを広げてみせた。


「これ渡すの忘れてたんだよ」


 手渡されたのは進路調査のプリントだった。


「高橋から押し付けられてさ。響に渡してくれって」


 それを受け取って一通り目を通す。思ったより早い時期にやるんだな。なんとなく秋とか冬にするものだと思ってた。ちなみに中学ではこれ無かったんだよ。中高一貫だし、基本内部進学だからだろうか? よっぽどのことが無いと外部受験や就職なんかしないだろうし。


「……進路かあ。和人はどうしたの?」

「大学進学だな、一応。まだやりたいこととかわからないし」


 将来的に自分がどういう道に進みたいのか、きちんと考えたことってあっただろうか。このプリントはきっと、これを機会に考えろ、っていう学校からのメッセージなんだろう。


「これ保護者と相談してから書けってあるね。うわーめんど……」


 しかも提出が月曜日。明日だよ……。


「うちの両親は、おまえの好きなように書け、としか言わなかったなあ」

「結構放任主義だよねそっち」

「いっそプロゲーマーとでも書いてやろうかと思ったぞ」

「いやー無理でしょ。中段見てからしゃがむの余裕でしたな和人くんでは」

「ちゃんと見えてるから。他人の心配してる余裕ないだろ、お手手プルプル勢」

「ガードの仕方知ってる? レバーを後ろに入れるんですよ?」

「勝ち確で日和ってコンボ落として逆転負けするような子はちょっと……」

「あ?」

「は?」


 メンチでも切るかのようにしてにらみ合う。しばらくして、二人同時に小さく吹き出した。


「……なんて言えばいいんだろ。こういう会話って、もうできないのかもって思ってたから、ちょっと安心した」


 慣れ親しんだいつもの距離感、それがようやく戻ってきたような気がした。


 恋人になるんだから、親友から変わらないといけない。そんなふうに思っていたんだ。でもそれは、間違いだったのかもしれない。


 幼馴染で、腐れ縁で、親友だったオレたちの肩書に、一つ、恋人が追加されただけ。だから、無理して変わろうとする必要なんてなかったんだ。


「やっぱりいいよね。こうやって他愛ない話して、ぐだぐだして。これが自分の居場所なんだって思えて。そう考えると頑張った甲斐があったかなって」


 コイツの隣にいることを諦めなくて良かった。自分にとって特別ないつもの場所。結果だけ見れば、何もしなくても何も変わらなかったのかもしれない。でも、あの時自分の意思で、前に進むことが出来たから今があるんだと思う。


「だから、嬉しいんだ」


 考えることは沢山あって、悩みも尽きないけれど、それを全部ひっくるめてもそう思える。それはきっととても素敵なこと。


 すごく恥ずかしいことを言ってるってのはわかってる。でもどうしても伝えたかった。コイツは何も言わないでいるけれど、それだっていつものことだ。なんとなく心地よくて、なんとなくあったかい。


 ……そういう空気をこれからぶっ壊すのは少々気がひける。それでも無罪放免とするのは心情的に許せないこともあるわけで。


「……ところで、お風呂上がりの下着姿なんて見られたわけだけど、何か言わなきゃいけないことがあるんじゃない?」


 目の前の咎人の肩が、ピクリと震えた。


 油断してた自分が悪いと言われればその通りなんだけど、それはそれこれはこれ。


 よっぽどおかしなことを言わなければ、いつも通り何か甘いものでも奢って貰って、許してあげてもいいかな? なんて考えていたのに。


「……響」

「う、うん」


 すごく真面目な顔で、コイツはオレの目を見つめてきた。え、なにそれちょっと待って。告白でもされるんだろうか。そのイベントはすでに終わっているというのにそんなこと――。


「もうちょっと肉つけようか」


 いつぞやのプールサイドでも聞いた言葉だ。なのに何故、こんなにムカつくんだろう。


「和人」

「……おう」

「遺言はそれだけでいい?」

「……oh」


 自分でもびっくりするほど冷えた声。ちょうどYoutubeで見た関節技、試してみたかったんだよね。


「響さん!? 人間の関節はその方向には曲がら――!」


 悲鳴を上げながらもコイツは笑っていた。


 オレたちにはたぶん、こういう方が似合っているんだ。



 こねくりまわしすぎてよくわからなくなっちゃった(悪い癖

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ