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After 1-2.手料理 Capriccio

 ……気まずい。


 新たな黒歴史が1ページ追加されてしまったベッドから降りて、いつもの定位置であるクッションの上に座り直したのはいいんだけど、全く何を話せばいいかわからない。


 普段通りにすればいいとはわかってるんだけど、これが妙に難しい。そもそも、普段通りってなんだっけ? ってところから始まるわけで。


 左隣には、これまたいつもの定位置にクッションを置いて和人が座り直していた。それを見ながら、目の前に置かれたコーラにちびちびと口をつける。もうかなり氷が溶けて薄味になってしまっていて、ファーストフードで頼んだりすると最後のほうこんな感じになるなーなんて考えたりしつつ。


 しかし、普段ってこんなに距離があったっけ……? いや、ゲームするとき肘とかが当たらない距離で座ってたからこの距離で合ってるんだけど、なんだか物足りない。


 別に今日はゲームしに来たわけじゃないし、とにかくいろいろ話したい気分だ。もっとも、もう10分以上何も話せていないんだけどそれはそれ、これはこれ。


 ……コイツも緊張してるんだろうか。普段から見慣れているはずの、コイツの横顔をぼうっと眺める。顔のつくりは悪くない。どちらかと言えば整ってる方だし、年齢よりも大人びた雰囲気がある。でもそのせいか、表情が読みにくいところがあるんだよな。もう少し可愛気があってもいいと思う。


 というか、ほんとに何を考えているんだろう。目の前の虚空を睨みつけたまま何か考えている様はいつもと様子が違って、ぶっちゃけるとちょっと不気味だ。実は意外と緊張してるとか……?


 でも、こっちに注意を向けていないっていうのはある意味好都合かもしれない。少し近づいてみようかな。このまま何もしないでいても仕方ないし、なんて心の中で言い訳をしながら、そっとクッションを滑らせて素知らぬ顔で距離を詰めようとした時だった。


 お腹が鳴った。お昼にヴィダーを入れただけで他に何も食べてないし、考えてみればお腹が空くのも当然なんだけど、何もこのタイミングでなくてもいいじゃない。


 見られてる。めっちゃ見られてる。クッションを左にスライドさせた妙な格好のまま固まってるのをガン見されてる。その目知ってる。さっきも見たよ。


「……出前でも取るか?」


 いたたまれない空気の中、和人が口を開く。


 出前かぁ……。店屋物は店屋物で好きなんだけど、考えてみれば、これはいいところを見せるチャンスかもしれない。いや、むしろこの好機を利用しないだなんて、何のために料理習ってたんだって話になるだろう。


 そうと決まれば。


「作ってあげよっか」


 ちょっとおどけた感じにそう言って顔を覗き込むと、コイツはぽかんとしていた。


 ……え、なんでそういう反応なんだ? もしかして、出来ないと思われてる? そりゃあまだコイツの前でまともに披露したこと無いけど酷くない?


 胸の前で小さく手を握りしめ、軽く気合を入れる。


 意外と料理出来るんだってところを見せてやる。





 意気揚々とキッチンに移動して、冷蔵庫や棚を物色する。勝手知ったる他人の家。いつもおばさんがつけてる、All You need is Love.とプリントされたエプロンを身に着けて。


 もう19時を回っているし、簡単に作れるものがいいよね。今あるもので作るとすると、これかな……? そう考えて床下収納にあったホワイトソースとミートソースの缶詰を引っ張り出す。


 引き出しから乾燥パスタを、野菜庫から茄子とパセリを、冷蔵庫からとろけるチーズを用意して、深めの鍋に水をたっぷり入れて火にかける。そこに塩を大さじ1杯。


「ぱぱっと作っちゃうから待ってて」

「…………」


 あれ? 返事が無い。ま、いっか。ぼっ立ち状態の和人はほっといて、料理を続けることにしよう。


 鍋が沸騰するまでの間に、ホワイトソースの缶詰を開けて、2つのグラタン皿に投入してゆく。あまり欲張っても食べきれないし、自分の分はちょっと少な目に。ミートソースの缶詰も開封してしまおう。


 まな板を軽く水で流してから、茄子1本をを5mmくらいの厚さで適当に輪切りにする。きちんと猫の手ですよ? へたの部分は三角コーナーへ。パセリもみじん切りにして小皿に取り分けておく。


 作っているのはいわゆるミートグラタンってやつで、今回はマカロニのかわりにパスタを使うタイプだ。言うなればミートスパゲッティグラタン? 簡単手軽に作れるし美味しいしお気に入りの一品だ。焼いたチーズってそれだけで食欲をそそるよね。


 鍋のお湯が沸いたので、鍋に乾燥パスタを半分に折って入れてゆく。2人前なんで結構量がある。深めの鍋とは言ってもパスタが丸々入る程じゃないし、別に短くなってても何の問題もないメニューだから大丈夫。


 ここからパスタが茹で上がるまでちょっと待ち時間。


 もう一品……サラダくらいは作れたかな、なんて考えたところで、カウンター越しの視線に気がついて手を止める。


「……料理、出来たんだな」

「料理って言うほど上等なものじゃないけどね」


 時間があればホワイトソースくらいは作りたかったな。あれは15分もあれば出来るし。ミートソースは作ったこと無からぶっつけ本番はさすがに無理かも。なんて考えてたら。


「いい奥さんになれるよ」


 ……!?


 不意打ちに、むせそうになった。


 そんなこと言われるのはじめてだし、そもそも自分が言われるだなんて思ってもみなかった。ていうかなんでコイツはこんな恥ずかしい台詞を平然と……いや、自分が意識しすぎってのはわかってるんだけど。


「……そりゃ……だって……! ああ、もう! 喜べよ! おまえの未来の奥さんだぞ!」


 盛大に自爆した! なんか口調もおかしくなってるし、気をつけようとは思ってるのにちょっとテンパるとすぐこうだ。ちょっと反省しつつも、その言葉に響きに口元が緩むのがわかる。


 奥さん……奥さんかあ。正直なところまだ想像できないけど、いつかコイツと結婚して、そういう関係に変わる日が来るのだろう。親友から恋人になったように。恋人からその先へと。


 でも、今はまだいいかな。それより思う存分コイツとイチャつきたい。スイーツ(笑)とか恋愛脳とか言ってバカにしてたけど、気がつけば自分がバカになってるんだから笑ってしまう。


 ……それにしても、オレが奥さんならコイツはさしずめ旦那さまと言ったところか。


「もうちょっとで出来るから、待っててね旦那さま」


 ちょっとした意趣返しのつもりで、そんなことを口にして――。


 固まった。


 ……冷静に考えると、とんでもなく恥ずかしいことを口走った気がする。まさか2連続で自爆するなんて。あ、ダメだこれ。なんかオーバーフローしてる。顔から火が出そうって言葉は比喩でもなんでもなかったんだ。この熱を平和的利用出来ないかなんてバカなことを考えたりして。


 俯いたままチラ見したコイツの顔は、今までで見たことが無いくらい真っ赤に染まっていて、ようやく一矢報いることが出来たという謎の達成感と、妙な充足感があった。


 ……被害は甚大だったけど。


 それっきり何も話せないまま時間だけが過ぎてゆく。壁に掛けられた時計の秒針の音ばかり妙にはっきり……って時間!


 深呼吸してほんの少しでも気分を落ち着かせてから、まだアルデンテなパスタを鍋から上げ、ザルを使ってしっかり湯切りしグラタン皿へ。ホワイトソースと絡ませてその上からミートソースを投入。そこに輪切りにした茄子を乗せて、とろけるチーズをたっぷりトッピング。みじん切りにしたパセリをかけたらオーブンへシュート! 超エキサイティング! ちょっとテンションおかしくなってるけど大丈夫。


 さっきからコイツの顔がまともに見られない。さっきからチラチラと視線を向けるたびに、目が合いそうになって慌てて逸らすなんてことを繰り返していて我ながら呆れてしまう。……なんだか、自分が思ってた以上に乙女だったみたい。


 もしかしたら、今まで気がつかないフリをして押さえつけていた反動なのかも? なんて考えながら、空いた時間でまな板と包丁を軽く洗って片付ける。さすがに今日のオレはちょっと異常だ。いくらなんでもここまでポンコツじゃなかったはず。きっと、たぶん、おそらく、めいびー。うん。わりと自信無い。


 ……とりあえず、ポンコツ扱いされないためにも頑張りますか。


 いつものように両手で頬を軽くはたいて気合を入れ直す。女の子らしくないと言われるんだけど、昔からのクセみたいなものだし、そう簡単に直るものじゃないから仕方ない。


 オーブンがミートグラタンの焼き上がりをベルの音で伝えてくる。ガラス越しにチーズの焼き色を確認すると、いいかんじの狐色。火力がわからなかったんで、家で作るときより気持ち短めに設定しておいたんだけど、正解だったみたいだ。


 ミトンをつけてオーブンを開けると、美味しそうな匂いが一気に広がって食欲を刺激する。これなら大丈夫かな。


「お、美味そうだな」

「食べてみるまでわかんないよ? 出来合いのもの使ってるから不味いってことは無いと思うけど」


 照れが残っていて、ちょっと早口になってしまった。普段通りにできればそれでいいのに、なんでこんなに難しいんだろう。


 料理をしている間は、余計なこと考えずに手だけ動かしてればよかったけど、それももう終わりが見えていて。


 熱々のグラタン皿を取り出して、用意しておいた別のお皿の上に乗せると、フォークを添えてテーブルまで運ぶ。大盛りになってるのが和人の分で、ちょっと少なめなのがオレの分。


 ……ここまで来たら、あとは食べてもらうだけ。


 なのに、今更ながら気づいてしまった。このあいだのお弁当はタイミングが悪くて食べて貰えなかったから、手料理を振るまうのはこれがはじめてになるんだ。


 おかしなものは作ってない。味付けは企業が頑張ってるわけだし、不味いってことは万が一にも無いと思うけど。


 やっぱり、美味しいって言って欲しい。


「……見てるだけじゃなく、食べてみてよ」


 そう促すと、一つ頷いて和人がミートグラタンにフォークを入れる。ホワイトソースの絡んだパスタを、さらにミートソースに絡めてチーズとともに口へ運んでゆく。そんな様子をじっと眺めながら反応を待つ。


「……どうかな?」


 コイツが口の中のものを飲み込むまでの少しの沈黙。


「美味いな」

「……やった!」


 小さくガッツポーズ。小躍りしたいくらいに嬉しい。ほんとにこんなに幸せでいいんだろうか。今日だけで、どれだけの妄想が現実のものになっているんだろう。


 自分の分のミートグラタンが冷えるのも構わずに、コイツが食べ終わるまで、オレはそれを見守り続ける。きっとすっごいにやけてる。でも抑えられない。


 次はもっとちゃんとしたものを作ってあげたいな、なんて思いながら。




 糖度を上げようとすればしただけ私のライフポイントが減っていくんですけどバグですか!?


 そのくせそんなに甘くないとかそれこそバグですよ……。


 すごくどうでもいいんですけど、ミートソースのかわりにカレーにしても美味しいです。

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