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12.お節介

 最近、響ちゃんと結城くんの様子がおかしい。


 うちのクラスの名物バカップル。いつもいっしょに居るのが当たり前で、別行動してるのが珍しいくらいのベタベタっぷりは、そこまで来るといっそ清々しいくらい。


 けれど、ここ数日いっしょに居るところを見ていない。それどころか会話しているところも見ていない。


 学校へ来る時も、わたしと響ちゃんの二人だけ。もともと響ちゃんは口数の多いタイプではないけど、それに輪をかけて喋らなくなった。表面上は平静を装おうとしてるのがわかるだけに心が痛い。


 同じ時期から結城くんは、佐藤先輩といっしょに居ることが多くなった。


 佐藤先輩は生徒会役員で、すらりとした長身のとても綺麗な人だ。書記をしているらしいけれど、そういえば書記って何をするんだろう。意外と知らないことって多いなって思う。


 ここ数日の二人の雰囲気に引きずられるように、教室にもどこか落ち着かない緊張感が漂っている。約一名、空気を読まない突撃をしたのが居たけど言わずもがなだよね。この空気を払拭するにも至らなかったし。


 無意識……だと思うんだけど、ふとした瞬間に左隣を見て、泣きそうな顔をする響ちゃんを見ているのが辛い。なんとかしてあげられればいいんだけど、こういうとき気の利いた言葉の一つも出てこない自分が恨めしい。


 響ちゃんは昨日今日と2日続けて学校を休んでいる。一昨日から体調悪そうだったし、風邪でもひいたのかもしれない。


 ……心配だな。梅雨入りしたせいか、降り続ける雨を眺めながら小さくため息を一つ。


 そんなわたしに、横合いから声をかけてくる人が居た。


「高橋さん、ちょっといい?」

「あ……いいんちょさん」


 アンダーリムの眼鏡をクイっと上げる同じクラスの七瀬 牧絵さん。中学の頃から、この人毎年クラス委員長させられてる気がする。もうそういうキャラ扱いなんだろうなあ。


「九重さんに、プリント届けてもらえるかしら?」

「わたし? わたしより適任が居ると思いますけど?」


 ほら、響ちゃんの家のすぐ近くにお住まいの幼馴染とか。


「……高橋さん」

「はい」

「それは蛮勇って言うのよ」


 無理矢理プリントを押し付けられた。恨ましげに結城くんの席を見れば、既に完全にもぬけの殻。鞄も残っていない。今日もまた佐藤先輩といっしょに居るのかな。


「じゃ、頼んだわよ」


 逃げるように教室から出てゆく委員長を見送って、ため息混じりにわたしも席を立つ。プリントたたんで鞄に入れて部室へ向かう。


 部活はテニス部に所属している。よくリア充の巣窟みたいに言われるけど実態はそんなことはない。というか男子と女子完全に別れてやってるし、どちらかと言うとスポ根してると思う。とはいえ、浮ついた話も完全にないわけじゃないけど。


 一番浮ついてた話が女子テニス部部長と男子テニス部部長の交際だったかな。結局2ヶ月足らずで破局したけど。以来女テニと男テニ間の溝は深まったという。


 そんなことはあったけれど、もともと女の子は恋バナ好きの生き物だ。部活と称して噂話に花を咲かせてる時間がどれだけ長いか。


 もうわかると思うけど、最近の話題の中心は響ちゃんと結城くんのことだったりするわけで。


 部活棟の階段を登り、部室の扉を開ける。そこには10人程度の部員がたむしろしていた。雨が降っているんで活動しようがないんだけど、ダベりにきた暇人どもだ。わたしも例に漏れず、同じ穴の狢ではあるんだけど。


「おはようございまーす」


 どんな時間でも入室したらこれ。伝統的にこうなってるらしいんだけど、最初は違和感が強くて仕方なかった。背筋がもぞもぞするようなかんじ?


 それはさておき、今日も話題の中心はウチのクラスの二人みたい。マイラケットのガットの目を直しながら、わたしに聞かないでオーラ全開で耳をそばだてる。


「うちのクラスの佐藤が、なんか1年の結城くん? に告ったらしいよ」


 これは知ってる。というか昨日も聞いた気がする。会話してるメンバーが昨日と違うから確認を込めてかな? でも結城くんがOKするとは思えないんだよね。


「佐藤先輩、去年くらいから気になる人が居るって言ってましたよ」


 そうなんだ。去年からってことは結城くんが中等部の頃からってことだよね。校舎も違うし接点無さそうだけど、話したこともない人に片思いするなんてよく聞くし、特別おかしな話じゃないのかな。


 そんなわたしは気になる人すら居ないんだけど。でもまだ高校1年生だし焦る必要は無いよね。……無いよね?


「楓先輩、今週は生徒会休んでるみたい。ちゃんと学校には来てるみたいなんだけど」


 これは知らなかった。でも生徒会なんて一般の生徒からすれば何やってるかわからないし、休んでてもふーんってかんじじゃない? ずっと休み続けるってことは無いだろうし一時的なものなのかな。


「つきあいはじめたんじゃなくて、なんかお試し期間とか? そんな話を聞いたけど」


 これも新情報。お試し期間かー。どのくらいの長さなのかはわからないけど、普通に考えれば生徒会を休んでることと関係ありそうなかんじ。


 聞けた話はこのくらい。まとめるとどうなるんだろ?


 去年から気になっていた後輩の結城くんに告白、お試しで交際スタート、その間生徒会を休ませて貰ってる? ほんとにただ断片を繋ぎ合わせただけだけど当たらずとも遠からずってかんじかな。


うーん? 腕を組んで考えてみるけど、下手の考え休むに似たりって言葉があるくらいだし? よし、こういうのは直接聞いちゃうのが一番だよね。


『面貸しな』


 わたしは結城くんにアプリでメッセージを送った。返信があったのは15分後のことだった。





「結構いい場所でしょ」


 今わたしが居るのは、部活棟の非常階段。以前は教職員の喫煙スペースとしても使われていたらしいんだけど、今は敷地内全面禁煙になっているんでここはほとんど締め切り状態。あまり人が寄り付かないので内緒話には持って来いだったりする。


 結城くんがまだ学校に残ってたのは意外だった。もう佐藤先輩といっしょに帰ったかと思ってたんで期待してなかったんだけど。


 そんな結城くんは宿主不在の蜘蛛の巣を、手で払ったりしている。背が高いのも大変そうだ。といっても男子としては平均的なくらいなのかな?


 とりあえず最初に聞かなきゃいけないことは決まってる。


「結城くんは、佐藤先輩のことが好きなの?」

「……は?」


 帰ってきたのは間の抜けた顔と呆けた声だった。


「だから好きなの? もしそうなら、残念だけど仕方ないかって話にしかならないんだけど」


 響ちゃんには悪いけど、結城くんが誰を好きになるのも自由だからね。


 しばらく黙って答えを待つ。雨の音に混ざって誰かの話し声が聞こえてくる。そんな中、結城くんは困惑しながらも口を開いた。


「……いや、正直なんとも思ってないが……」

「ほんとに? ここ一週間くらいいっしょに居たみたいだけど?」


 わたしがそう問うと、結城くんは少し困った様子で。


「お試して一週間付き合ってみてほしいって言われたんだよ」


 なるほど。部室で聞いた噂話のとおりみたい。でも。


「なんで響ちゃんのこと無視してたの?」

「……その間は自分だけを見て欲しいって言われてな……」

「うわなにそれめんどくさ」


 思わず顔を顰めると、結城くん一歩引くのが見えた。いけないいけない、乙女にあるまじき顔をしちゃったかも。


 小さく咳払いをして気を引き締める。


「こほん……それで馬鹿正直に言われたとおりにしたの? 義理堅いのは知ってたけど、そこまでいくと重症ね」

「返す言葉も無いな」


 笑ってるけど、わかってるのかな? 誠実と馬鹿正直は同じ意味じゃないからね?


「というか、佐藤先輩の言う一週間がまだ終わってないなら、わたしとも喋っちゃダメなんじゃない?」

「さっききちんと断ってきた。付き合えないって」


 ……ああ。それで学校に残ってんだ。


 佐藤先輩に少しだけ同情してしまう。……失恋か。わたしはまだ恋を知らないけど、いつか身を焦がすような想いを抱いたりするんだろうか。


 ……あれ? でもそうなると、響ちゃんと結城くんの関係は? 別れる必要なんて無かったように思えるんだけど。


「えっと……響ちゃんと結城くんは、つきあってたんだよね?」

「……いや、そういう関係になったことはないな」


 ちょっとにわかには信じられない答えが返ってきて困惑する。


 ……えっと? まさか本当に?


 そんなんじゃないから、なんて言われてもずっとただの照れ隠しだと思ってた。


 距離が近すぎて気がつかない、という話はよくあるけど、それも違う気がする。


 気恥ずかしくて素直になれない関係とか? ううん、そんなところはとっくに通り過ぎて、二人で居るのが自然なくらい。


 ……じゃあなんで?


 そんなわたしの疑問に答えるように、彼はゆっくりと語りだした。


「あいつは……俺が親友であり続けることを望んでる、そう思ってたんだ」

「……え?」


 予想外の言葉に、今度はわたしが呆ける番だった。


「……あいつ、元は男だったんだ。性転化症候群、名前くらいは聞いたことがあるだろ?」


 たしかに聞いたことがある。男の子が女の子に変わってしまう病気。はじめて聞いたときは何かの冗談かと思ったけど……。


 中学に上がったとき、そういう噂があったのは知ってる。イジメがあったという話もあった。でもそれはある日を境に急に聞かなくなった。一人の女子生徒が急に転校したのもその頃。


 何があったのか、詳しくは知らないし、知りたいとも思わない。


 過去がどうあれ、わたしの知ってる響ちゃんは、ちょっとがさつだけど飛び切りかわいい女の子だ。そんなことで人を差別するなんてあってはいけない話だと思う。


「あいつが女になった後、あいつを取り巻くあらゆるものが変わっていった」


 男の子が女の子に変わる。言葉にすればそれだけだけど、実際はどれだけのものが変わるんだろう?


 体の作りが違うんだから衣類も違う。特に下着類やスカートなんかは抵抗も大きそう。立ち振る舞いもそれまでとは全く違ったものが求められる。周りの態度も当然変わると思うし、体力だってそう。わたしの頭でも、ぱっと考えつくだけでこれたけ浮かんでくるんだから大変だ。きっとそれこそ想像もつかないくらいに。


「おまえも変わるのか? 虚ろな表情でそう言われた。……目が離せなかった。俺まで態度を変えたら、こいつは壊れるんじゃないかと思った」


 わたしは何も言えなかった。だってその時の響ちゃんを見ていない。でも、結城くんがそう感じたのなら、きっとそれは間違ってなかったんだと思う。


「だから誓ったんだ。俺はずっとおまえの親友だって」


 なんとなく、見えてきた。


 なんて――くだらない話だろう。


 結城くんが響ちゃんを大切にしてるのはわかる。でも、結城くんは何時(いつ)の響ちゃんを見ているの? 現在(いま)の響ちゃんなら大丈夫。まだ2年くらいしか友達してないけど、そのくらいはわたしにだってわかる。


 そんな誓いにいつまでも囚われている必要なんてないんだから。


 きっと二人とも、過去にこだわりすぎて現在(いま)が見えなくなっている。


「……くだらない。ほんっとくだらない。いい? 一度しか言わないからよく聞いてね?」


 大きく息を吸い込んで、わたしは声を張り上げる。


「それがどうした!」


 結城くんは、ぽかんとしていた。


 それがどうした。響ちゃんは宇宙最強の台詞って言ってたっけ。なるほど、これは宇宙最強かもしれない。どんな正論も雄弁も、この一言にはかなわない。


「聞いていい? さっきの話の中で、現在(いま)の響ちゃんと結城くんの気持ちはどこにあったの?」


 響ちゃんも、結城くんも、結局、当の本人にだけ見えてない。


過去(むかし)の響ちゃんじゃなくて、現在(いま)の響ちゃんを見てあげてよ」


 とどのつまり、これはただのお節介だ。決めるのは自分。わたしは背中を押してあげるだけ。


「だから……現在(いま)の結城くんは、本当はどうしたいの?」


 響ちゃんの為じゃなく、結城くん自身が望んでいることはなに?


「俺は……」


 それっきり黙りこくった彼を置いて、わたしは屋内に戻る。結局リア充が贅沢にも勝手に悩んでるだけだったわけで。鍵を閉めてやろうかと思ったのは内緒だ。まあそれでも。


 頑張れ、男の子。





 プリントを押し付け忘れたことに、わたしが気がついたのはその直後のことだった。締まらないなあ……。どうしようかな? これ。

 いろいろとこねくり回してたらよくわからなくなってきた……。

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