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11.初恋は終わらない

 体温計を脇から取り出して確認する。38度2分。見事に体調を崩したみたいだ。喉は痛いし頭もフラフラするが、鼻水が出ていないのが救いか。


 時計を見て、風邪薬を飲む前にビスケットを軽く口に入れる。空腹よりもお腹に何か入れたほうが効き目が良くなるらしい。あまり食欲はないのだけど仕方ない。噛み砕いたビスケットを水で流し込み、続けて風邪薬のカプセルを飲み込んだ。


 家の中は物音一つしない。両親は仕事だし、姉は学校、当然だ。今日は木曜日……平日なのだから。


 キッチンには、母さんが作ってくれたのか、小さな土鍋に入ったおかゆが置かれていた。お腹が空いたらレンジでチンして食べろってことなんだろうけど、今はビスケットだけで十分だ。


 火曜日あたりから調子は悪かった気がする。昨日なんて動くのが億劫だったくらいだ。無理して学校なんて行けば、こうなるのは当然のことだろう。


 部屋に戻りベッドで横になり体を休める。眠りすぎたせいか目を閉じても睡魔は訪れない。おかげで考える時間だけはたっぷりあった。


 ここ数日、何もする気が起きなかった。何をしても楽しくなかった。無理矢理潰す時間の流れは嫌になるくらい遅くて、あれほど面白かった筈のゲームも、なんだか味気なく感じた。


 ようやくわかった。……いや、違う。わかってしまった。考えてみれば当然のことだ。今までわからなかったことのほうが、よほどどうかしている。


 アイツと一緒だったから楽しかった。アイツと一緒なら何をしても楽しかった。とりとめもないお喋りも、テスト勉強だって、くだらないケンカさえも楽しかった。


 一緒に出かけるときは緊張した。女の子と出かけるときは、服装にこんなに悩んだりしなかった。これかわいいでしょ? なんて冗談めかして言いながらも本当は不安でいっぱいだった。


 寒さや恥ずかしさを我慢してスカートを短くしたり、服のコーデをあーだこーだ悩んだりしたのは誰のため? 髪を洗うのが面倒と言いながら髪を伸ばし続けたのは何故?


 ……決まってる。全部、アイツに見てほしかったから。


 オレは男だと思っていた。体は女でも、中身はいつまでも男で変わらないと思っていた。でもそんなことは無かったんだ。人は変わっていく生き物だ。きっとそれは自然なことだったんだろう。気がつけばオレはアイツに惹かれていた。ここに居るのは、もうとっくにただの女の子だった。


 アイツの手に触れるのが気恥ずかしかった。自分とは違う、ゴツゴツした大きな手に男を感じた。


 自転車の後ろで触れるアイツの背中にドキドキした。いつの間にか自分の記憶の中の背中よりも逞しくなっていた。


 アイツの右隣が定位置だった。隣を見ればいつもアイツが居る。それがとても嬉しかった。


 アイツにお弁当を作ったとき、どんな顔で食べるか想像するのが楽しかった。美味しいって言ってほしかった。結局食べてもらえなかったんだけど。


 ウェディングドレス姿の自分と並んで立つアイツの姿を想像したことがあった。嫌じゃなかった。それどころかむしろまんざらでもないとさえ思った。もし並んで立つのがアイツじゃなかったら? 無理だ。気持ち悪い。そんなのとても耐えられない。


 いつから惹かれていたんだろう。最初からかもしれないし、最近になってからかもしれない。今わかるのは、アイツのことが好きだということ。手遅れになってからようやくわかった。なんて滑稽な話だろう。


「うう……うああぁぁ……!」


 嗚咽が漏れた。体を丸めて子供のように泣きじゃくる。


 初恋は実らない、なんてよく聞く言葉だ。それだけに、どこか真実が含まれているんだろう。ここに1人、自覚した瞬間に終わったヤツが居るくらいだ。


 ……終わってしまった。終わってしまったんだ。始まってすらいなかったと言ってもいい。


 それに、アイツから見れば元々男同士だ。気持ち悪いと思われても仕方ない。もしオレがこの気持ちに早く気がついて想いを伝えたとしても、アイツにとっては迷惑だっただろう。だからきっと、これでいいんだ。


 暗く締め切った部屋に、オレの嗚咽が響く。心の軋みを吐き出すように。


 今は泣こう。次会う時はアイツを祝ってやれるように。親友として、笑顔で接することができるように。


 ――思えば、物心つく前からオレとアイツは親友だった。幼稚園、小学校ときて、中学校に入る直前からオレを取り巻く環境は一変してしまったけど、アイツは変わらずそばに居てくれた。


 これからもずっと、オレの隣にはアイツがいる。漠然と、そんなふうに考えていたんだ。


『ほんとになんにもないなら……そのうち誰かにとられちゃうかもね?』


 以前、姉に言われた言葉が、今更のように重くのしかかる。


 なんで素直に認められなかったんだろう。頑なに自分は男だと言い聞かせて、変わってゆく自分の心から逃げ続けていた。


 ……そうだ。いつだってオレは逃げてばかりだ。


 知り合いの多い公立中学校には行きたくなかった。だからカウンセラーに近隣の私立校を紹介されたとき、それに飛びついた。


 中学校に入ってすぐに受けた嫌がらせにも立ち向かったりはしなかった。ただ嵐が過ぎるのを待っていただけ。全部アイツが片をつけてくれた。


 些細なところでは、ゲームの大会での出る順番もそうだ。プレッシャーに弱いことを理由に必ず大将以外にしてもらっていた。


 幸運にも今の今までそれがマイナスになることはなかった。その結果がこのザマだ。今までのツケを払う時が来たのだろう。


『響ちゃんは、それでいいの? 結城くん、取られちゃうよ?』


 認めるのが怖かったんだ。自分がアイツに惹かれていることを。


 アイツが選んだんだ。親友として、祝福してあげなきゃいけない。そうやって自分に言い聞かせて目を背けていた。


 認めてしまえば、何かが終わってしまう気がした。それは男だった頃の名残りが見せた、最後の抵抗だったのかもしれない。


 今となってはそれを考えても詮無きことだ。だってそんなこと、今更誰にもわからない。目を背けることを止めてみれば残ったのは至極単純な話で、一人の女の子が、一人の男の子に恋してた。ただそれだけのことでしかなかったんだ。


『……響ちゃんは、本当はどうしたいの?』


 ――耳にこびりついて離れない言葉。


 自分はどうしたいのか。熱で頭は満足に回ってくれないけれど、それだけに余計なことを考えずに、素直になれそうな気がした。


 ある意味これはチャンスだ。全部熱のせいにして、感情のままに自分が何をしたいかだけ考えればいい。こんなときじゃないときっと自分でブレーキを踏んでしまう。


 オレはアイツに恋してた。いや、今も恋してる。ようやく認めることができたのに、そのまま諦めていいのか? このまま終わらせていいのか? 今ならわかる。


 絶対に嫌だ。


 今までずっと逃げ続けていたこの気持に、今度こそ逃げずに向き合わなくちゃいけない。ツケなんて払ってやるものか。


 胸に手を当てて確かめる。自分は本当はどうしたいのか。どうなりたいのか。


 迷いなんて、もうどこにもなかった。


 アイツに迷惑だと思われてもこの気持を伝えたい。そうしないと自分は前に進めない気がした。少しの勇気を持って心のレバーを前に入れる。踏み出すのは今だ。


 胸に当てた手から、とくん、とくん、と刻む心臓の鼓動を感じる。生きるっていうのは綺麗なことばかりじゃない。無様に泣いて、わめいて、悩んで、そうしてはじめてわかることだってある。


 オレの隣にアイツがいる。そんな未来を真実(ほんとう)にするために。


 まずは体力を回復しよう。前に進むために、今は休むときだ。涙を拭って体を伸ばし、毛布と布団をかぶりなおす。いつの間にか嗚咽は止まっていた。


 初恋は今日始まった。まだ終わっていないはずだ。


 勢いだけで書き上げたんで、おかしなところはあると思うけど、こういう勢いって大事だと思う。

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