油断
早朝、全員が起きて身支度を整えてから出発した。もう木々の隙間から外壁が見える程には近づいている。途中林から抜け街道に入ると、多くの行商人が行き交っていた。
「失敗したなぁ…これだけ人が多く出入りしてるなら昨日誰かにサラの姿を見られたかもなぁ」
今更ながら事の重大さが身に染みる。これで街に入って龍が出たという噂でも立っていたならば、100%面倒事が起きそうだ。
「もう手遅れでしょ。見てみなさいよ、あの外壁の上」
綾香に言われ外壁の上に視線を向けると、今から戦争でも起きるのかというほどの厳戒体制で、クロスボウを持った兵士やバリスタまで設置されていた。
背中を冷や汗が流れる。当の本人であるサラは何の事か分からず隣でキョトンとしていた。
「まぁ龍が人の姿になっているなんて思わないでしょうから今は大丈夫でしょ。但し、今後一切この街で龍化しないこと!分かった?」
「魔王さまに迷惑は掛けられないのです。ここは不本意ながら、人間の小娘の指図を聞くのですよ」
どこまでも強情な神龍様である。
「あちゃ~、混んでるなぁ」
前方には、街に入るための門があり、許可証を得るための行商人でごった返していた。
「こりゃ入るためにはかなり時間がいるなぁ」
諦めて時間を潰す方法を考えようかと思っていると、不意に後ろから話しかけられた。
「そりゃそうだよ。なんでもこの近くで炎龍らしき龍が見つかったってんだ。行商からすりゃ絶好の機会って訳だ」
振り返ってみると、陽気な感じの青年が立っていた。
「そんなもんかね、所であんたは?」
「おっと、すまねぇな。俺の名はカイル、主に装備品の卸しをやってる、しがない行商人さ」
そういうとカイルはカラカラと明るく笑った。
「ところでお前さん、こういった街は初めてだろ?」
「まぁそうだが。どうして分かったんだ」
まさかピンポイントで当てられるとは思わなかった。行商人には見えないとはいえ、それが初めてかは分からないと思うが…
「こういう行商人が多く集まる街では前々から許可証を発行しとくのが許されてる。それに、こっちは行商専用の門だ。お前さんらは見た感じ冒険者っぽいし考えられるのは、初めて旅に出た新米冒険者って所か?」
俺らが冒険者って事まで見抜かれてた訳か。まぁ腰に剣ぶら下げた一般人なんて居ないわな。
「大した洞察力だな。全部当たってるよ」
「洞察力ってよりは観察力って言ってくれ。そいつは行商にとって必須スキルだからな」
なるほど、観察力ね。装備品の目利きとかすんのかな?
「ってことで、新米冒険者のお前さんらに対する俺からのサービスだ。特別に中に入れてやるよ」
「えっ?でも許可証がないと…」
そう聞くと、カイルはニカッと笑い懐に手を入れた。
「許可証ってのは、コイツの事だよ」
取り出したのは、剣が2本交わった様な紋章の入ったコインだった。
「ホントに良いのか?俺たちまで」
「んー、そこまで気にするんならなぁ…代わりにって訳でもないがお前の腰の剣を見せてくれないか?」
「剣を?なんでだ?」
要求されるには不可解な条件だった。金ならまだ分かる。だが、剣を見せてくれ?どういう事だ?
「あぁ。俺の見立てじゃ、そいつはかなりの業物だ。装備品を扱う者としては興味を惹かれないってのが変な話だ」
「?まぁいいが…」
俺は腰ベルトに括り付けたフューガルの紐を解き、カイルに渡した。
「へぇ…コイツは……とんでもねぇな…」
カイルは剣を半身ほど鞘から抜くと、言葉を溢した。
「こいつは俺の予想を遥かに上回るもんだな。最上大業物、いや…こいつは……神器に匹敵するもんか…初めてみたぜ」
鞘から全て引き抜くと、軽く切り下ろす動作をして、そこまで言い当てた。
「あんたがそこまでべた褒めする程のもんか」
「あぁ、そうだな。こんな良い剣……」
「素人にゃあ勿体ねぇよなぁ…?」
カイルはかざしていたフューガルを地面に突き刺すと、教えてもいない詠唱を唱えた。
「『凍てつかせろ』!!」
瞬間、視界を氷壁が迫ってくる。迷っている暇は無かった。咄嗟にサラと綾香を抱え、後ろに大きく跳んだ。
間に合わないかと思った寸前で、氷壁は止まった。
「くく、大した反射神経だな。お前が新米かどうかが怪しくなったぜ」




