伊織の変化
まだ恩を返したりないらしい王女様を説得し、漸く町の中を一人で歩くことが出来た。それにしても…
「ずいぶん賑やかだな。何かの祭りか?」
幅にして5メートルはあるであろう大通りが人で溢れかえっていた。少し距離を歩くだけでかなりの時間が掛かってしまった。さらに両端に並んだ屋台からは、大きな声で呼び子が客寄せしている。
日本の祭りでもここまでの規模は中々ないだろう。これが日常茶飯事なら、本当に祭りがあったときはどうなるのか少し気になった。
「いくらなんでもこの人混みはツラいな。人の少なそうな路地裏を行くか…」
ある意味RPGでは定番の路地裏で絡まれるというような事が無いように祈りながら、屋台の隙間から路地裏に入った。
路地裏では、先程までの大通りと違い人は少なかったが、いわゆる貧困街らしくボロきれに身を包んだ子供やお年寄りが、道の端で寄り添っていた。
とにかく、冒険者ギルドに行かなくてはなにもできないのでまずそこを目指して道を歩き出した。ちなみに、地図など持っていないので伊織は勘に頼ることにした。
その後辺りを歩き回ったがそれらしき建物が見当たらない。諦めて大通りに出て人に聞こうとしたとき、いつの間にか数人の男達に囲まれていた。
「よぉ、ボウズ。俺たち金が無くてよー、痛い目に遭いたくなきゃ身ぐるみ置いてってくんねーかな」
これまたチンピラの定型文的な台詞で近付いてくる。余りにそのままな言葉に思わず笑いそうになり、必死に下を向いて耐えていた。俯いて肩を震わせる姿が、恐怖で怯えていると勘違いしたのか男達がギャハハハと笑いだした。
「そうだよなー。痛い目には遭いたくねーよな。だからさー、さっさと身ぐるみ置いてかねーとマジでやっちまうぞ」
調子に乗ったのか、男達はニヤニヤしながら恥ずかしい程に典型的なチンピラ臭のする台詞を重ねる。本当に痛いのはどっちなのか分かったもんじゃない。
流石にそろそろ絡まれるのもうんざりなので1つ手荒く返り討ちにでもして、噂でも流してもらうことにしようか。そうすればその噂を知りつつ近付いてくる馬鹿はいないだろう。
いつのまにか伊織の考えはどす黒く濁り始めていた。
普段大通りの喧騒とは真逆に物静かな路地裏に、今日は怒号が上がっていた。その怒号の矛先は伊織なのだが、本人は意に介していない。伊織を取り囲んでいたチンピラ達が本気で怒るのも無理はない。
先程まで、自分達の威圧にビビって震えていると勘違いしていた相手に嘲笑を向けられると共に、フッと鼻で笑われたのだ。普通それで怒らない奴はいないだろう。いたとしても、それはかなりの平和主義者でチンピラ達はそれに当てはまらなかった。
怒ったチンピラ達は、それから伊織に一斉に殴りかかっていたがそれを全て紙一重で避けられ、体力の限界に近かった。恐喝していたはずの相手に嘲られ、攻撃も全て避けられチンピラ達のプライドはズタズタに引き裂かれていた。
「なんだよ、なんだってんだよてめー」
ついに悲痛の余りチンピラの一人が泣き言を言い始めた。それまでたたひたすらに傍観を貫いていた伊織も少し馬鹿にしすぎたかとほんのちょっとだけ反省した。
「じゃあ、そろそろいいかな」
「えっ…?」
漸く口を開いた伊織の言葉に思わず呆けた顔をするチンピラ達を余所に、伊織は詠唱を唱える。
「【瞬速】」
その瞬間、周りにいたチンピラ達は一斉に壁際まで吹き飛ばされた。あまりの衝撃で気を失うものもいたが、男の一人が伊織に畏怖の目を向ける。
「くそっ、固有持ちかよ。こんなのに勝てるかよ」
男達は互いに支え合いながら逃げていった。
これだけやれば、もう手を出してくる馬鹿はいないだろう。正直やり過ぎたかと思ったが、不思議な程に冷静だった。以前の伊織であれば、このような喧嘩はあえて避けたであろう。それも異世界に来たことで起こった伊織の変化である。
その後、大通りに出て近くの屋台の呼び子に声をかけ、冒険者ギルドの場所を教えてもらった。そうして着いた冒険者ギルドは、西部劇に出てくる酒場のような造りだった。なぜこのような建物は男心を擽るのだろうか、少しわくわくしていた。
冒険者登録は比較的簡単なものだった。名前と武器種を書類に書くだけで、冒険者登録は完了した。ギルドは一時的な宿泊施設でもあるらしく、今晩はギルドに泊まることにした。部屋に入った伊織は、まずは風呂だ、と装備を外し浴室に向かった。この時伊織は気づくべきだった。
脱衣所にある鏡に写った自分の左目が、僅かに変色しているのを…




