完治
俺が目を覚ました日から更に3ヶ月、怪我も動かしても痛まない程度には治り、村人達とも話し合いある程度の交流が出来た。
「この3ヶ月は大変だったなぁ…特に…」
チラッと台所の方に目を向ける、そこにはテキパキと朝食の用意をするシスの姿がある。
3ヶ月、怪我で動けない健次の代わりに身の回りの世話をすると申し出たのだ。もちろん最初は断った、今の俺は自力で動けないとはいえ年端もいかぬ少女を一人暮らしの男の家に泊める訳にはいかないからだ。しかし、結局は許してしまった。後は察してくれ…一つ言わせてもらうと、涙目の少女に頼まれてはどうしようもないって事だ…
村人達と話し合った経緯については割愛させて欲しい。自分で言ってて気持ちの良いものでもないからな。
「健次さ~ん、朝ごはん出来ましたよ~!」
シスの俺を呼ぶ声ももう聞き慣れたもんだ。俺は手元の魔法を解除し、台所に向かった。
「今日のご飯も美味しそうだね。でも良かったのかい?もう怪我も治ったんだし、俺一人でも…」
食卓に着くと、もう何度目かの質問をする。
「良いんですよ。これは私の恩返しでもあって私のしたい事なんですから」
ヤレヤレ…と首を振る。この子の意思の強さは出会ってからの数ヶ月で十分身に染みている。
「まぁそれなら良いけどさ…それじゃ」
「「いただきます」」
食事中、シスがこんなことを言ってきた。
「健次さん、また魔法の練習してたんですか?」
「確かにしてたけど、よく分かったね」
「そりゃ分かりますよ。魔法の発動って私達にとっては凄く分かりやすいものなんですから」
獣人は恐るべき五感の鋭さを誇る。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、おまけに味覚までも人間の数倍はあると言われている。更には第六感と呼ばれる気配察知も持っており、これにより周囲の状況を常に察知する事が出来る。一説によれば、両目を失った獣人一匹が、第六感を頼りに人々を惨殺するという事件まであったらしい。
「あの一件で魔法の重要性は分かったからね、出来れば無詠唱で中魔法レベルが出せる所まではいきたかったが…」
この3ヶ月、動けない俺はひたすらにベッドの上で魔法の練習に明け暮れた。部屋の中で中、大魔法を使うわけにもいかないから簡単な属性魔法だけだったが、今では無詠唱で小手先が器用ってレベルの属性魔法にまで昇華出来た。
固有魔法も忘れていた訳では無いが、対象の動きを極端に遅くすることが出来るって俺の固有魔法は応用が難しく、結局一定時間自分の周りに纏うことで攻撃を無力化する事だけに留めた。
「それでも凄いですけどね、初めて見たときは驚きましたよ。魔法の発動を感じたから驚いて部屋に来てみたら健次さんの手の中で渦潮が出来てるんですから」
「ハハッ、ゴメンゴメン。何の説明も無く練習し始めたのは謝るよ」
謝罪と宥める意味を込めてシスの頭を撫でる。これが嬉しいらしく、毎回パタパタと尻尾が騒ぎだす。
「あっ!そういえば知ってますか?健次さん、今日村の皆が話してたんだけど、神龍の一柱が居なくなったんだって!」
照れを誤魔化す為か、シスが勢いよく話題を変えようとする。だが甘い、その程度では俺の撫でる手は止められんぞ
「神龍って言うと……確かこの世界の平衡を守っている八匹の龍…だったか?」
「そう、炎龍サラマンドル、清龍ニオン、翠龍フォルニクス、枯龍リサン、砂龍ドスクレス、嵐龍シャオロン、陰龍クフ、陽龍ニバ、この八柱の龍はそれぞれが対照的な力を持ってたから、この世界は平衡を保ってたの」
なるほどね、炎と水、樹木に枯れる、砂に嵐、陰に陽か、なんとも分かりやすい対立だな
「確かその事も本に載ってた気がするが、何だったかな…そうだ!確か炎龍は歴代でも類を見ない魔王の僕からの進化だったよな」
本の内容があやふやになったもんだ。年はとりたくないな……
「その通りです。そして今回の事も、その炎龍が突然姿を消したらしいんですよ」
「世界の平衡を保っていた龍の一柱が喪失、か。結構ヤバくないか?」
「それはそうですよ。急に影響が出るわけでは無いですが、これから天敵の居なくなった清龍が力を持つでしょう。そうなれば龍同士による世界を巻き込んだ大戦の始まり、です」
「その割にはそれほど深刻って雰囲気でも無いな」
「まぁ清龍が力を持つって言っても恐らく何百年と先の話ですからね、その間には次の炎龍が現れると思いますし」
神龍とは、八柱の絶大な力を持つ龍達であり、その力は互いに相反する力が存在する。その内の一柱が喪失しても、またどこかでその後継が龍の進化という形で生まれる。そうしてこの世界は保たれてきたのだ。
「確かにその話は気になるな、また目的地の洗い直しかな…」
そう呟くと、シスの顔に影が差す。それは避けられない事であり、俺にはどうすることも出来ない事だ。
数日前、俺の家を訪れていたサグワに前々から考えていた事を伝えた。
「俺は…この村を出ようと思う」
それを聞いたサグワも、顔色は変えないまでも、少しの動揺が見てとれた。
「何か、気に病むことでもありましたかな?」
「前から考えていた事だ。村の皆は関係ないよ」
「健次さんにも思うことがあって言われたんでしょう。儂には止める権利なぞ無いでしょうに」
「あぁ、悪いな。迷惑ばかり掛けといてあっさりと出ていこうだなんて」
「何をおっしゃいますか。黙って出ていく事も出来た筈、それをわざわざ伝えてくださるなんて十分ですよ」
「それで、この村を出られてどこに行かれるのですかな?」
「そうだな…今のところは帝都の方に向かおうかと思っている。リエル王国の方に行けなくもないが、山を幾つも越えるのはしんどいからな」
「ふむ、出発の時はその前日辺りに言ってくだされば、準備ぐらいは手伝えますよ」
「その時は頼む。荷物が少ないとはいえ、服なんかは手持ちじゃ足りないからな」
シスはこの時の会話を聞いていたらしい。それでこの話が出ると決まって顔が曇る。




