嫌な予感
午前5:30、いつも通りの起床時間よりも少し早く起きてしまったみたいだ。今日は急ぐ必要はないか、朝飯を食べて少しゆっくりしてから出勤でも間に合うかな。
まだ気だるい体を起こし、洗面台へと向かう。歯を磨き顔を洗い髭も剃ったら今度は台所へ、食パンをトースターにセットし、コーヒーを入れる。食パンが焼き上がれば、マーガリンを塗って頬張る。久しぶりにゆっくり飯が食える。
いつもより30分程早く家を出る。通勤ラッシュに巻き込まれないようにだ。時刻はまだ7時前、電車に乗るサラリーマンもまだそこまで多くない。そこから一時間をかけ会社へ、着いたときにはまだ時刻は8時12分、出勤している社員はちらほらと見受けられる。その中には、昨日こってり絞られたばかりの部長もいた。
荷物を自分の机に置き一息ついていると、不意に部長に呼ばれた。まだ就業時間ではないし、怒られるような事もした覚えはないが、と不思議に思いながら部長のもとまで行くと、部長も席を立ち着いてこいと言われた。あー、これはまたお説教かな、なんて思っていると、着いたのはいつも説教を受けている会議室ではなく、談話室だった。
やべぇ、俺なにやらかしたんだ?談話室に呼ばれるなんて今まで無かったぞ。戸惑いを隠しきれなかった。着席を促され、椅子に座ると部長は出ていった。数分すると、部長は戻ってきた。後ろには、何度かしか見たことがないが常務の姿もあった。いよいよもって、背中を冷や汗が滝のように流れ落ちる。
「さて、話をさせてもらう前に君に聞かせて貰おう」
ソファーに座った常務が、俺に問いかける。
「は、はい。なんでしょうか」
「君はこの会社に貢献していると胸を張って言えるかね?」
この質問の時点で、頭の中を嫌な予感がよぎる。常務の目が、遠回しにソレを物語っていたからだ。
「失礼、単刀直入に言わせて貰おう。今月をもって君の社員契約を打ち切らせて貰う」
常務の言っている意味が分からなかった。いや、意味は分かっていた、脳が意味を理解したくなかったのだ。
「つ、つまり俺は…」
声が震える。考えもしなかった、こうもいきなり仕事を失うとは…
「君はクビということだ。上層部の方で人員の整理が提議されてね。大した実績を持たない社員から順に選抜され、こうして解雇報告をすることになった。残りの日数は有給として消化させてもらう。今日中に荷物を纏めておきたまえ」
それだけ言うと、常務は出ていった。大した実績もない?俺の今までやってきたことはそんな軽い一言で全否定された。
まだ部屋に残っていた部長も、今月分の給与は振り込まれる。今回は運が悪かったと思ってくれ、とあっさりと部屋を出ていった。残ったのは呆然としたままの俺一人。未だに状況を整理出来てなかった。自分の机に戻ると、隣の机を見た。荷物が置かれているところを見ると、渡瀬も既に出勤してきているらしい。まさか、告白された次の日に無職になるとはな…
絶望を通り越して渇いた笑いが込み上げてくる。
広げかけていた荷物と一緒に机に入れていた私物を鞄に戻し、エントランスへと向かう。通路を歩いていると前から渡瀬が来るのが見えた。今会うのは気不味い。渡瀬には悪いが、ここは遠回りをさせてもらおう。




