渡瀬京子
「変な夢、ですか?普段からどこか抜けてるような先輩がしんみりしてるなんてどんな夢なんですか」
運ばれてきたもんじゃ焼きに手をつけながら、聞いてくる。
「おいこら、さらっと暴言吐きやがって、勘定お前にも払わせるぞ?」
「いやぁー、今日も親父さんのもんじゃ焼きは美味しいですねー」
この野郎話逸らしやがって…
「それで?どんな夢だったか覚えてないんですか?」
「ん、あぁ…何だったんだろうな、思い出せねぇや」
渡瀬の質問にも、どこか上の空で返す。俺の前に置かれていたもんじゃ焼きにもビールにもまだ手をつけていない。
これは重症ですね…気の利く後輩こと、渡瀬京子が先輩の悩みを聞こうではありませんか
「例えば先輩、昔の失恋とか思い出してたんじゃないですか?」
反応は無し、まだボケーッとしたまま。
「余計なお世話だ。失恋なんざ高校以来一度たりともねぇよ」
ちゃんと話はきいてるんですね。う~ん…他に悩み事ってなんだろ…
「もう単刀直入に聞きます!最近悩んでる事は無いですか?」
分からない時は直球あるのみ!意外とこれで解決したりするもんね!
「悩みか…そういえば、1つだけあったな……」
ほらやっぱり!相手が上の空で話を聞いてるときはポロっと本音が出たりするんですよ!
「それで?その悩みってなんなんですか?」
そこでようやく先輩は、とっくに泡の消えたビールを流し込んだ。一息ついてから吐き出した。
「なぁ、渡瀬。他人からの信頼って、どう判断して受け取ったらいいんだろうな」
おおっと、予想よりヘビーな悩みを抱えてましたね。他人からの信頼?取引先で何かあったのかな?
「他人からの信頼、ですか…それはまた、難しい悩みですね」
すっかり冷えてしまったもんじゃ焼きを口に入れながら、先輩は深く考え込んでしまった。いつもこうだ。仕事中でも先輩は、深く考え込むと右手で首の後ろを触る。デスクが隣だから分かりやすいんですよね。
「俺は、無条件に誰でも信用も信頼も出来る訳じゃない。だが、相手は俺を信頼していると言う。それを、どう受け止めたら良いのか俺の中で図りかねてるんだ」
まただ、今日何度目かの先輩の沈んだ表情…普段の先輩の表情を全部見てるわけではないけど、今先輩が沈んでいるのは分かる。
「そんなの、分かるわけ無いじゃないですか」
驚いた、頭で考えるよりも早く口が動いていた。
「人の気持ちなんてそれこそ千差万別ありますよ。そんなの、考えるだけ無駄です」
ふと先輩の方を見ると、先輩もこちらを見ていた。その両目を見つめたまま、私は続けた。
「大切なのは、自分が相手をどう思っているか、じゃないですか?信じたいから信頼に応える。信じられないから信頼には応えられない。そんな風に人間関係は出来てるんじゃないですか?」
この言葉は先輩の心に届いたのだろうか。言葉の通り、他人の気持ちなど分からない。先輩が今の言葉をどう受け取ったのかも分からない。ただ確かなのは、先輩の顔が少しだけ晴れた気がした。




