健次
「…………先輩?先輩起きて下さい!」
身体を大きく揺すられる。なんだよ、俺はまだ眠たいんだ。もう少しだけ寝させてくれよ…
「もう!仕事中に居眠りなんて、今日は大事な会議がありましたよね?また部長に怒られますよ?」
…会議?……あぁ、そうか。今日は大事な会議があるんだった。また部長の説教食らうのか……
「起きてるよ、今からの事考えて憂鬱になってたとこだ」
デスクに伏していた身体を伸ばし、大きな欠伸を一つ。あぁ…嫌だなぁ…
「寝不足ですか?先輩が堂々と居眠りなんて珍しいですね」
隣のデスクで書類を作っていた後輩、渡瀬が心配そうな顔を浮かべる。俺そんなに寝不足だったか?
「まぁ、そうだな…会議の書類作成なんていきなり任されて、徹夜続きだったからな…渡瀬も悪いな、俺の仕事なのに付き合わせちゃって」
座ったまま少しストレッチをして、再度パソコンに向き直る。
「別に良いですよ。報酬は仕事が終わってから、ご飯奢ってください」
パソコンから目を逸らさずにそう要求してきた。俺の仕事を手伝ってくれてるんだ、それくらいは当然だろう。
「全く、相変わらずちゃっかりしてんなぁ。良いぞ、ただし!あんま高いとこは行けねぇからな」
これ以上俺の財布が軽くなるのを見過ごす事は出来ない。ここでイタリアンのフルコースにでも連れてってやれる程、俺は生活に余裕があるわけではない。
時刻は21時、既に他の社員は帰った後だ。俺はというと、居眠りの件で部長に呼び出されこってりと絞られてきたとこだ。偶然通り掛かった渡瀬のお蔭で、会議書類を間に合わせる為に根を詰め過ぎていた、と言い訳がたった。あの部長、女性社員には弱いもんなぁ…
自分のデスクに戻り、荷物をまとめる。帰り支度さえ終わってしまえば後は帰って寝るだけだ。
……と、そういうわけにはいかなかった。
「遅かったですね、先輩。待ちくたびれましたよ」
エントランスで渡瀬が待っていた。そういえば、飯奢るって言ってたっけ
「別に今日じゃなくても良かったんじゃないか?明日とかでも…」
「それだと先輩、言い逃げしそうでしたから。なるべく早い内が良いじゃないですか」
渡瀬が笑う。就業中には見せない、まるで花開くような綺麗な笑顔。思わず見惚れてしまう。
「あれ?どうしたんですか?先輩。顔、真っ赤ですよ?」
しくじったな…知らずのうちに渡瀬に見惚れて、顔が赤くなっていたらしい
「いや、何でもない。さっきまで部長にどやされてたからな。あの部屋暖房かけ過ぎなんだよ」
咄嗟に嘘で誤魔化す。実際暑かったしな
「そうですか。ならいいですけど、そろそろ行きましょうか。時間的に急がないとお店閉まっちゃいますよ」
「そうだな、店はいつもの所でいいのか?」
「えぇ、あそこなら金欠でも十分食べれるでしょう」
目的地も決まった所で、俺達は歩き出した。
『もんじゃ焼き 漣』
「へい、らっしゃい」
店の親父の元気の良い声が響く。相変わらず席は大半が埋まっている。
「親父、いつもの頼む」
そう言って、壁際のカウンター席に座る。この店での俺の特等席だ。その隣に渡瀬も腰を下ろす。
「あいよ!今日は渡瀬ちゃんも一緒か、また奢りかい?」
親父が注文を受け、更にからかってきた。いつもの事だから慣れたもんだけど
「今日も、奢りだ。俺の仕事手伝ってくれるのは有り難いが少しは、ボランティア精神を身につけて欲しいなぁ」
チラリと渡瀬を見やる。なに食わぬ顔で、ビール頼んでやがった。ちくしょう!注文までいつも通りかよ!
「はっはっは!そりゃあご贔屓にどうも!お蔭様でうちも大助かりだ!」
親父がカラカラと笑う。そりゃ月に5回以上通ってたら立派に売上貢献してるだろうよ
他の客から注文が入り、親父は俺達から離れていった。この店は開店から30年以上立ってるらしいが、地域に愛され続けて未だに赤字が無いらしい。それが誇りだとも言っていた。確かにここのもんじゃ焼きは旨いし、価格もお手頃だ。それにいつも元気な親父を見てると、こっちまで元気が出てくる気がする。なんだかんだで俺の行き着けだ。
「今日はやけにしんみりしてますね、先輩。何かあったんですか?」
ビールを飲みながら、隣の渡瀬が聞いてくる。
「さぁな、変な夢でも見ちゃったのかもな」




