異世界転移
ふと子供の頃に読んでいた本の内容を思い出した。旅に出た勇者がドラゴンを倒し囚われのお姫様を救うという何ともありがちなストーリー、それを読んでは子供心に冒険を夢見たものだ。
その10数年後、まさか実現するとも思わずに
段々色を取り戻してきた視界を、目を擦り辺りを見回した。見えるのは、部屋着ではなくなっていた自分の服と自分の部屋とは遠くかけ離れたいかにも鉱山といった感じの岩山の景色だ。
「…せめて人の気配でもあればなぁ…これじゃ、どの方角に村や町があるのかすら分からないじゃん」
(あの神様も酷いもんだ、転移だけさせて道具らしい道具も無しか…)
(とりあえず足元に引かれていたレールに沿って歩いてみようか、鉱山なら麓の辺りに村の一つぐらいあるかも知れない)
歩きながら辺りを見渡しても、やはり切り立った岩山が写るばかりだ。少しばかり歩いていると、不意にフキの声が聞こえてきた。
(あー、あー、聞こえるかい?健次君)
「神様?何処に居るんだ?」
声のした方を探そうとキョロキョロと見回しても、フキの姿はどこにも無かった。
(その辺りを探しても無駄だよ。僕は君に念話を送っているだけだからね、つまりはテレパシーって奴だ)
頭に響くフキの声に、なるほど、流石神様って感じかと感心していると、フキは照れた様に話を無理矢理変えてきた。
(とにかく!君を転移させた時の能力付与の効果を伝え忘れといたから、説明させてもらうよ)
(そんな大事なことを忘れられてたのか…大丈夫か?この神様)
この世界の唯一神と言っていた割には、どこか抜けている神様にちょっと心配になった。
(それじゃ、話を進めさせてもらうよ?君には悪いんだけど、何故か大した能力は付けられなかったんだよね)
サラッととんでもないことを言いやがった。
(…は?)
(原因は僕にも分からないけど、まぁ何事も使い方次第って事で割り切ってくれるとありがたいな)
(なら、せめて武器でも持たせられなかったのか?)
そう、俺は武器すら持ってないのだ。身に付けているのは、青色のTシャツにベージュ色のハーフパンツのみだ。
(あー…それもだね。急に呼び出しちゃったから間に合わなかったと言うか、準備出来なかったと言うか……というか!君が死のうとさえしてなければもっと準備する時間もあったんだよ!まだ色々用意出来てないときに自殺しかけてたから慌てて呼んじゃってさ!!)
ここに酷い理不尽を見た。そんなの俺に言われても分かるかよ…
(とにかく用件だけ伝えるね。この世界には2種類の魔法が存在する。一つはある程度の魔力さえ持っていれば詠唱を唱えるだけで誰でも発動出来る詠唱魔法、もう一つは数少ない者のみが、固有魔力を使って発動出来る固有魔法だ。先に来ている子達同様に、君にもその両方の適正は付けておいた)
(やっぱり魔法もあるのか、そりゃ異世界だしな)
(それでさっきも言ったけど、大した固有魔法は付けられなかった君の魔法は【遅延】。触れた物の動きを遅くしたり一度止めてからもう一度進めたり出来る。これも使い方次第なんだけど、僕もよく分かってないんだよね。全部を把握なんて出来てないからさ)
(【遅延】、か。使って見ないことには分からないけどどうなんだろうか)
このまま自分の力も把握しないまま、村や町に行くのは少々危険な気がする。途中で絡まれても、能力を使えないなら意味がないからな。
仕方ない、ここで少し能力を試してからこの鉱山を降りるか…




