魔王の従者 サラ
一同は呆気にとられていた。皆が皆ポカーンと口を開け、目の前の状況を信じられずにいた。
それもそのはず、先程まで身を削る思いで決死の戦いを繰り広げていた。その相手が突如として人間の姿へと変貌を遂げ、仲間の1人である伊織に抱きつき頭をグリグリと押し付けているのだから
「魔王様~、サラはずっと会いたかったのですよ~。今まで何処に入らしてたのですか~」
伊織の胸に頭を押し付けているその姿は、まさに親に甘える子供のようだった。
最初にフリーズから戻ってきたのは伊織だった。「え、誰?」
当たり前の疑問である。向こうが自分を知っていようとこちらが知らなければ問答無用で不審者だ。
「酷いのです~、魔王様はサラを覚えてないのですか?」
勿論伊織の知り合いがこの世界に居るわけは無い。それにこの世界に来てからも、赤髪の少女など会ったこともない。
(待て、サラという名の赤龍、覚えがある)
珍しくクリュウが反応した。
(この状態だとお前と会話出来るのな、それで?何なんだ?こいつ)
この間もサラマンドル、サラは離れる様子は微塵もない。
フリーズ状態から戻って来ても状況が分からず狼狽えている綾香達一同は、まさに蚊帳の外だった
「ちょ、ちょっと!どういう事なの!?説明しなさいよ!」
漸く綾香が正気に戻り、伊織とサラの間に割って入ろうとする、が...
「《黙るのですよ、人間》」
サラの一言により、完全に動きが止まる。
そう、止まったのだ。身じろぎ一つ無く、一瞬で
綾香自身ですら、何が起こったのか分かっていないようだった。
「へぇ、私の【龍威】をまともに聞いて意識を保てるのですね。人間風情が、生意気です」
サラの目が先程までと一転して、ドス黒い紅に染まる。その眼は、睨まれただけで圧倒される程の迫力があった。
伊織は気が付くとサラを手で制していた。
「魔王、様?どうして、止めるのですか?」
伊織を覗き込むその顔は、驚いているとも困っているとも言えるような顔をしていた。
(あぁ、思い出した。こいつは300年前俺の従者だった奴だ。よく無理難題を押し付けてこの顔をしておったわ)
(お前最低じゃん!見かけによらずドSなのかよ!そっちに驚いたわ!!)
「え~っと、とりあえずサラ?」
「はい!なんです?魔王様!」
ピシッと背筋を伸ばし、主人の命令を待つその姿は忠犬そのものだった。伊織の膝の上だが
「離れてくれる?流石にずっとくっついてるのはどうかと思うけど」
そこで漸く自分の現状を思い出したのか、顔を赤くし、ワタワタと伊織の膝から離れる。
「あ、う、嬉しすぎてつい...ご、ごめんなさいなのです~!!」
何となくクリュウがこの子をからかってた理由がわかった気がした。
(さて、これからどうしようか...)
伊織は迷っていた、目の前で顔をリンゴの様に顔を赤くし、もじもじしている椿の様な赤髪の見た目10歳程度の少女の事だ。
見た目は少女でも、人とは違い神話上の生物である神龍サラマンドルである。問題は山積みだ。
「それで、もう脅威は去った、てことで良いのかな?」
今まで蚊帳の外だったスクルドが聞いてくる。
「あぁ、多分な。この後の事は考えてないけど、どうすっかな」
「そ、それではこれで依頼クリア、ということにしておこう。どうせ上の貴族共はこんな話信じないだろうから、サラマンドルは自ら溶岩に身を投げ燃え尽きた、ということにしておく」
「それで頼む。無理な事させるようで悪いな」
(小僧、何者かは知らんが、視られているぞ)
クリュウの助言に伊織は少し辺りを警戒するが、何の気配も感じることは出来なかった。
(誰も近くにいるとは言っていないぞ。遠見の様な魔法でも使ってるんだろう。こんな姑息な手を使う辺りそこまで脅威にはならんだろうが、一応頭に入れておけ)
視られていた、と言うことは目の前のサラの正体もバレているってことか。なにかちょっかいでも掛けられたら厄介だな。




