魔王イオリ誕生?
対峙してから数分、スクルド達とサラマンドルとの攻防は佳境に迫っていた。
「はぁ...近づくのも一苦労ってのはホント厄介だね。このままじゃ埒が開かないみたいだ」
肩で息をしながらそう溢すスクルドに向かってサラマンドルがその鋭い爪を振りかぶった。
「そんなこと言う暇があるなら足を動かさんか!馬鹿者が!!」
間一髪リュシが間に入り、爪の軌道を反らす。
「ていうかさー、落ちてった伊織君はいいの?あの傷なら無事では済まないないでしょ」
スクルドとリュシの隣に立ち、ゼフが問いかける。
「問題は無いだろう。綾香君は魔術師だ、回復魔法も使えるだろう。それよりもこっちの方が無事では済まなそうだ」
剣を構え、幾度目かの対峙を味わった瞬間
山の麓、スクルド達の後方から猛烈に嫌な気配が立ち上った。
その背中が泡立つような殺気とも取れるほどの嫌な気配に一同が何事かと後ろを振り向く。そこに立っていたのは、つい数分前に大怪我を負い山道を転がり落ちていった筈の伊織だった。
しかし、スクルド達はソレを伊織とは認識出来なかった。いや、出来ないというより出来るわけが無いのだ。普段の伊織では考えも付かないほどの濃密な殺気を身に纏い、髪の色も黒から白へ、瞳の色さえ金色に変わっていた。
「ふむ、流石に2回目ともなれば身体は順応してくるか。前よりは遥かにましになった程度だが、まぁいいだろう」
その場の全員、サラマンドルさえも置き去りにしたまま1人考察を述べるクリュウ。
そこへ、息を切らしながら綾香が追いつく。
「はぁ、はぁ、何で先に行くのよ!クリュウ!」
開口一番にクリュウに突っかかる、そりゃあ傷を治している途中でいきなり立ち上り、なおかつ目にも留まらぬ速度で山頂まで駆け出していけば誰だってキレたくなるだろう。
「知らん、貴様が遅いからであろう」
傍若無人とはこんな感じを言うんだろうか。何故だか辺りに微妙な空気が漂っていた。
「全く、我は今から小僧を戻さねばならんというのに、こんな些末事に付き合っておれんわ」
そう言うとクリュウはおもむろに指を鳴らし、詠唱を唱えた。
「【消失】」
すると、そこから数メートルほど離れた地面がいきなり黒焔に包まれ、数秒ほど猛威を振るった。
焔が消え去った後には、地面に黒く魔方陣が刻まれていた。
この間でさえ、余りの唐突さに誰も動けなかった。それは神話の生物であるサラマンドルでさえ変わらない。
魔方陣の真ん中に立ったクリュウは更に詠唱を唱える。
「彼ノ者、ソノ魂ヲ尊大ナル魔王ニ捧ゲタリ、ソノ信心深サヲ称エ依リ代トシテ認メル、魔王クリュウガ命ジル、彼ノ者ノ魂ヨコノ身ニ宿リタマエ」
それは言葉ではなかった。本来人間の声帯で出せる筈の無い波長、そして言語。分かったのは、伊織が人とは少しずつ離れていっているという残酷な現実だけだった。
詠唱を終えたクリュウを中心に魔方陣が輝き始めた。その光は檻の様にクリュウを包み、少しずつ収縮し始めていた。
余りの目映さに一同は目を背けた。徐々に光が収まり始め、魔方陣が消え去っていく。その中心には1人の男が立っていた。
髪は白と黒が入り交じった色しており、片目だけ色が黒に戻っていた。姿は変わっていたが間違いなく伊織である。
目の前で繰り広げられる現状に着いてこれているのが綾香ただ1人なのだが...
(この殺気!まさか...あの方と同じ...いや、あの方は300年前に突如姿を消された。こんなところにいるはずは...)
「伊織、なのよね?身体は大丈夫なの?」
未だ立ち尽くしたままの伊織に綾香が問いかける。漸く閉じていた目を開け、伊織は綾香を見据える。
「おう、完全復活ってやつだ。むしろ力が湧いてくる位だな」
スクルド達は少しずつ状況を把握しだした。
「つまり、もう大丈夫ってことで良いのかな?伊織君の外見の変化は追々聞くとして」
まだ混乱しているのか、いつものスクルドらしくもない聞き方をしてくる。
「あぁ、問題ないぜ。今ならサラマンドルも倒せそうだ」
グッと効果音が付きそうな程、拳を強く握り元気よく答える。
「なら良かった、正直このメンバーでも手を焼いていたんだが、君と綾香君が加わるならもう少しましになりそうだ」
スクルドにここまで言わせるほどにサラマンドルは強かったのか、不思議とワクワクしてしまう。あ、別に戦闘民族というわけではない
「いや、俺だけでいい。【消失】の魔法を覚えるいい機会だしな」
「いくらなんでも無茶だ!君一人に任せることなど王国戦士長である私の気概が許さん」
ここはスクルドではなくリュシが止めてきた。
「まぁまぁ、良いじゃん。本人がやるって言ってんだからさ」
助け船を出してくれたのはゼフだ。
「そうだね、一人でやるって言ってる伊織君の手助けをしちゃったらそれこそ伊織君の覚悟を踏みにじる行為に等しいよねぇ」
「ぐっ...分かった。好きにしろ、但し...本当に危なくなったら助けに入る。それで良いか」
「あぁ、万が一があるといけないからな、そのときは頼むぜ」
腹は決まった、あとは一人の戦士の成長を見届けるだけだ。リュシは心做しか親か師匠のような感覚を感じていた。
漸く、サラマンドルと伊織が相対する。近くから見ると黒龍と比べて一回りほど小さいような気がする。それでスクルド達を追い詰めたのだから大したものだ。そう思いながら、いつかのクリュウの様に目標に向かい手をかざす。そして...
「【消失】」
パチンッと指を鳴らす。それは惜しくもサラマンドルの僅か左側で黒焔を発生させた。焼け焦げた地面を見て、見守っていたメンバーも唖然とする。生半可な火力では地面が焦げる事などない。それが、一瞬で直径1メートルほどの黒い地面を生み出す程の火力によって否応無くその威力を表していた。
(こ、この魔力は!さっきの気配、間違いない!!)
先程までこちらを睨んでいたサラマンドルが突如として光始めた。
伊織達は、サラマンドルの攻撃かと身構えたが、そんな心配は僅か数秒後に粉々に粉砕された。
光の中から飛び出してきたのは、
「魔王様ーーーーっ!!」
小さな赤色の髪をした女の子だった。




