綾香の決断
「さて、ヤバイな。この距離でも熱気で近づけねぇや...」
このパーティーで唯一の魔法使いである綾香は、伊織と共に数m下に居る。それも血だらけの伊織を抱き抱えて...
「魔法による攻撃は望み薄、か。スクルド、お前ならこの状況はどう動く」
リュシがサラマンドルから目を逸らさずに静かに問う。
「そうだね。これは世に言う万事休すって状況かな?手が無いわけじゃないけど相当の覚悟がないと無理だ」
サラマンドルは依然として動く気配が無い。じっくりと品定めでもしているかのようだ。
「伊織君の方は綾香君が回復出来るだろう。それまで持ちこたえるしか無いな」
「随分と消極的だね、リュシ」
「この状況で強がりを言えるほど傲慢ではなくてな」
そこで苦笑を浮かべ、会話をやめる。
(なんとか持ちこたえてくれよ?伊織君...)
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「伊織っ!!伊織っ!!」
綾香はポニーテールにしている髪を振り乱し、一心不乱に伊織を呼び掛けている、が...
当の伊織は綾香の腕の中でぐったりと横たわっていた。見る見る内に顔からもどんどん血の気が引いていく。
(どうしよう、また、また私のせいで伊織が..
.)
綾香は既に思考停止に陥っていた。兎に角回復させなければと思いはするが、頭が纏まらず詠唱が思い浮かばない。
その時、伊織が微かに呟いたのを綾香は聞き逃さなかった。
「...ごめん、クリュウ。少し..頼む...」
その声を聞き、綾香も覚悟を決める。
(伊織はまだ、まだ諦めてない!なのに私が諦めてどうするのよっ!!)
綾香はパチンッと頬を叩き、回復の詠唱を唱える。
「【創造・再生】!!」
伊織の身体が光に包まれ、じわじわと傷が塞がっていく。
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side 伊織
「くそっ、間に合え!【模倣・瞬速】!!」
1人反応が遅れた綾香を助ける為、無我夢中で詠唱を唱え、綾香を抱えその場を離脱しようとしたその時だった。背中が焼けるような痛みと共に、意識が遠のいていくのを感じた。痛みに気をとられ着地に失敗し、綾香を抱えたまま坂道を転がり落ちた。
せめてこの手を離すな!心の中でそう必死に唱え、背中を打つ度に走る激痛に耐え続けた。漸く止まった頃には伊織の意識はほとんど無かった。
(あ、俺、このまま死ぬのかな...)
本気でそう思った。だが、神の暇潰しの対象となった運命が伊織を死なせる訳もなく、、、
またここに来ていた。
「小僧、貴様はよく死にかけるな。死に急ぎか?」
冷徹な、死にかけの虫でも見下す様な金色の眼が見えた。
「誰が好き好んで死にかけるかよ、てかここから俺が何してるのかって見れないのか?」
「ふっ、貴様が何をしているかなど興味も湧かんわ」
「はいはい、さいですかっと。それよりクリュウ、俺ってホントに死んだ訳?」
「ほぅ?貴様が死んだのならいったいここは誰の中何だ?」
それもそうかと妙に納得する。
「そうだ、前にお前の魔眼を預けるってのはどうなったんだ?何か分かったのか?」
不意に思いだし、クリュウに聞く。別に、早く魔眼に目覚めてみたいとか思ってはいない...ということにしといて欲しい。
「あぁ、あの件か。あれは現状では無理ということが分かった」
「まじか、ん?現状って?」
凹んでなどいない、元々乗り気じゃなかったから凹むなどあり得ないのだ...あり得ないのだ...
「まだお前の身体が我の魂に反発しているようでな。いずれ慣れはするだろうが現段階では到底不可能。だから現状という言い方をした」
「じゃあ、どうするんだよ。サラマンドルは悔しいけど俺じゃ無理だぞ?」
他力本願と言われても仕方ないが勝てないものは勝てないのだ。
「あぁ、それは簡単だ。俺が出れば良い」
あっさりと言ってのけ、逆に何言ってんだ?って顔を頂戴する。この流れ前にもあったな...
「は?それじゃフキに目を付けられるんじゃないか?」
「そうだな。だったらお前が出れば良い」
は?...え?
「ごめん、こんがらがってきた。えーっと、つまりどういうことだ?」
「だからさっきから言っているだろう。俺がまず貴様の意識に入るだろう、その後に貴様の意識を戻すだけだ」
「そこまで言ってなかっただろうが!!」
割と本気でクリュウに突っ込んだ。
「それぐらい察しろ。フィーリングという言葉を知らんのか」
「ったく、それなら行けるのか?」
「無論だ。我は魔王だぞ?その程度苦にもならんわ」
「ごめん、クリュウ。少しの間だけ、頼む...」
クリュウが困惑と気持ち悪い物を見たような顔をする。
「やはり貴様妙な趣味でも持っているのか?」
「さっさと行け!誰か一人でも死なせてたらお前諸とも自殺してやるからな!!」
「ふっ、我はまだ消えるわけにはいかんからな。善処しよう」
そう言うとクリュウはいつかの様に暗闇の中へスゥッと霧散していく。真っ暗な空間に伊織だけが残されていた。
「...クリュウ。頼んだぞ...」




