神龍サラマンドル 襲来
「見えてきたぞ、あれがホルン火山だ」
リュシの声に反応するように一同が馬車の先頭に集まる。
「なんだあれ、前に来た時より大分物騒な感じになったなぁ」
こんな時でもゼフの間延びしたような喋り方は変わらない。伊織達が王都を出発してからおよそ3日程の旅路の末、漸く目的地であるホルン火山が見えたのだ。多少なりとも気にはなる。
伊織と綾香も馬車から乗り出す様にして、ホルン火山を眺める。
「あそこにサラマンドルってのが居るのか?それとも下に降りてきてんのか?」
伊織がリュシに問い掛け、視線をそちらに向ける。
「あぁ、恐らくそのはずだ。何せ今は気性が荒くなってるからな、調査も遠目でしか出来ん」
どうやら相当恐ろしい強さの化け物に向かっているようだ。今更ながら伊織と綾香の間に緊張が走る。
すると、周りの風景がこれまで通ってきた森の街道から一転、殺風景な焦土となった。丁度火山から円形にでもなるかのように放射状に焼け野原と化していた。その光景を目の当たりにし、流石のスクルドも苦虫を噛み潰した様な表情を見せ、これは酷いなと呟く。
黒く焦げた街道を馬車が走る、燃え尽き炭と化した木が幾つも街道側に倒れてボロボロに崩れていた。火災からかなり日が経っているのか焦げ臭さは感じなかったが、戦地へ赴く戦士の緊張を煽るには十分だった。
「あそこが火山の麓の村だ。家などは燃え尽きているが確か井戸があったはず、ここで一時休憩としよう」
「ふぅ、それじゃ作戦の打ち合わせと行こうか」
井戸の水を飲み、一息ついた一行にリュシが告げる。ここは火山の麓の小さな村、確か名前はトロン村だったっけ?
「作戦も何も無いんじゃないか?こんだけ焼け野原にされちゃあ何をするにも丸見えだぞ?」
伊織はそう具申するが、スクルドとリュシは首を振る。真っ向勝負しかないと思ったが...
「何か仕掛けをするのならそうだろう。だが、この状況でも魔法の発動タイミング、剣による攻撃、陣形の有無と選択、それだけで戦況は大きく変わるものだよ。まぁ、伊織君の言っていることも一理あるがね」
「こいつに先に言われたが言いたい事は大体一緒だ。それに、各々で勝手に突っ込んで味方同士で邪魔し合うってのもよくある話だ。そういう事の無いように作戦を立てるんだ」
スクルド、リュシそれぞれが教えてくれた。
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「よし、作戦は頭に入れたな?これより神龍の一柱、サラマンドルの討伐作戦を開始する!皆、気を引き締めろ!!」
リュシの一喝に、全員の顔が一層引き締まる。
「ここから先は徒歩だ。馬車だと突然襲われた時なんかに対処が出来んからな」
リュシを先頭に複縦陣を組み、先に進む。
ホルン火山の険しい山路をゆっくりと登って行く。元々人が登ることが滅多に無いため道の舗装はしていないので、登るだけで体力が削られていくのだ。しかも、神龍が目覚めた影響か火山の熱自体が増しており、足元からジリジリと炙られているような感覚さえある。
火山の中腹まで登った頃、スクルドとリュシ、ゼフが何かに気付いた。
「...何かに見られているな。先を急ごう...」
ここには伊織達以外に誰も居ない。この視線の正体は神龍サラマンドルなのか、それとも第三者による監視を受けているのか。
遂に火山の頂上、火口の縁までたどり着いた。
「さて、神話通りならこの下に居るはずだが...」
リュシが火口を覗き込みながら言う。伊織も下を見るが、真っ赤なドロドロとしたマグマ以外に見えるものは無い。
その時、一瞬辺りに影が落ち背筋がぞわっとする感覚に襲われる。これを一度体験し、回避した伊織にはその先に訪れる恐怖を予知出来た。
「皆、退がれぇぇーーっ!!」
これに反応出来たのは、綾香を除く3人だけだった。突然の大声に身体を強張らせた為、反応出来なかったのだ。
「くそっ、間に合え!【模倣・瞬速】!!」
瞬速を全開にして、綾香を抱き抱えその場を離脱する。しかし一瞬遅く、上から降って来た者の爪により背中を切り裂かれる。
勢いを殺せず、坂道をゴロゴロと数M程転がり落ち、止まった時には上から続く鮮血の道が出来上がっていた。
「「伊織(伊織君)っっ!!!!」」
咄嗟の事に綾香は理解出来なかった。気付いた時には自分を抱き抱えたままぐったりとしている幼なじみの姿があった。
スクルド達も伊織の容態が気になったが、空から降ってきた者が居る以上、余所見は出来なかった。
「なるほど...最初から気付かれていた訳か」
リュシが苦々しげに溢す。
3人は目標から少し離れていても、その膨大な熱を感じ、汗が止まらない。そしてその視線の先には、赤黒く、大きな翼、尾、身体、口の端からはその熱量の高さを示すように蒸気の様なものが零れ出ていた。
「これが、神龍サラマンドル...」




