暗雲
王都に着いた伊織と綾香は、早速ギルド本部へ向かった。王都はエリンと比べ人通りはそこそこだが、道行く人の服装からして裕福な家が多いようだ。
「で?ギルド本部までの道って知ってるの?」
綾香が若干不安そうな顔で伊織に問いかける。
「知るわけ無いじゃん。始めてきたのに」
まあ、綾香の不安は的中してしまうのだが
綾香が、はーっ…と大きなため息をつく。またしても道を知らないのだ。このやり取りも何度目になることか
「とりあえず道に沿って歩いてこうぜ。もしかしたら着くかもだし、最悪他の冒険者でも見つけて聞けばいいだろ」
運任せにも程がある。
「そんなわけには行かないでしょ。もしギルド本部が王都の反対側だったらどうするのよ。私がその辺の店の人に聞いてくるから伊織はここで待ってて」
伊織の無計画さに苛立ちながら近くの店に入っていく綾香を、なんなんだ?といった顔で伊織は見送っていた。ここまで鈍感だと呆れを通り越して尊敬の域に達している。
道の真ん中に突っ立って居る訳にもいかないので端により、綾香が戻ってくるのを待っていると、小さくだが子供の泣き声が聞こえた。
「ん?あっちか」
声のする方へ歩いていくと、道端で蹲り泣いている女の子がいた。着ている服を見る限り、少なくとも裕福では無いようだ。
「どうしたの?お母さんとはぐれちゃったかな?」
伊織が声をかけると、その子は一瞬ビクッと怯えた顔を見せたが、涙を拭いながら、うんと答えた。
すると、回りからひそひそ声が聞こえてきた。
「…見ろよあれ、貧困街のやつだぜ」
「…分不相応にもこの道を通りやがって、貧困街に引きこもってろよ」
「…ちっ、あのガキがいなけりゃ裏に連れてって憂さ晴らし出来るのによ」
本人達はよもや聞こえているとは思いもしなかっただろう。しかし、強化された聴力を持つ伊織には筒抜けだった。
「少しまっててね。ちょっと用事があるからそれが終わったら一緒にお母さんを探してあげるよ」
女の子の顔が、パァーッと明るくなったのを見て思わずこちらもニコッとしてしまう。そして、その用事を済ませるために陰口を叩いていた二人に向き直った時には、その表情からは笑みが消え、殺意を宿していた。
男達は気づくのが遅かった。と言っても、気づいたとしても【瞬速】で一気に路地裏に引きずり込まれたのだ。対応のしようも無いだろうが。
「な、なんだてめぇは。俺達をどうする気だ」
男の一人はまだ威勢が良かった、いや、ただ状況をよく把握出来ていなかった。もう一人は何をされるか悟ったのか、ガタガタと震えている。
「どうする気だ?いやいや、あんたらはさっきの子になにする気だったんだよ」
そこで漸く立場を理解したのか、顔から血の気がサーッと引いていく。
「ま、まさか、俺達を殺す気じゃ…」
「さぁ、どうだろうね。神にでも祈ってみたら?もしかしたら見逃してくれるかもよ?」
(ま、例え神が許しても俺が許すことは無いけどな)
伊織の顔に黒い笑みが浮かぶ。もはやさっきまでの伊織とは別人である。それほどまでに伊織の怒りを買った時点で男達の運命は決まっていた。
数分後、路地裏から出てきた伊織の服には、簡単な魔法等では消せなかった返り血の染みがベットリと付いていた。
「流石にこのままじゃあの子の所に行けないよなぁ…」
伊織は返り血の付いた自分の服を見下ろしため息ををついていた。
殺傷に躊躇いが無くなったのはいいが、手段を選ぶべきだった。わざわざ返り血を浴びないでも、フューガルで氷付けにしてやれば良かったのだ。
「仕方がないか、その辺の服屋で見繕うとするか」
そう言うと、キョロキョロと辺りを見渡し丁度少し歩いた先に服屋の看板が掛かっているのを見つけた。
「いらっしゃいま…せ~……」
店に入ると、声を掛けてきた店員が伊織の服の返り血を見て、僅かに顔が青ざめている。
まぁ、だろうなとばかりに伊織は適当な言い訳を述べる。
「いやー、すいません。驚かせちゃったみたいで、何しろ王都に来る途中で魔物と遭遇してしまいましてね、流石にこのままじゃ大通りを歩けないなーと思ってたんですよ」
別に嘘を言っているわけではない。王都に来る途中に魔物に会ったのは事実だ。別にその戦闘が原因で返り血を浴びたわけではないが…
「あ、冒険者の方でしたか。それはそれは誠に不運でしたね。こちらへどうぞ、上着やマントまで置いてありますよ」
どうやら丸め込めたようだ。
適当に服と、ついでに黒のマントも買い、さっきの女の子の元に向かう。女の子はまだそこに立っていた。
「おまたせ、ごめんね?遅くなっちゃって」
「ううん?…ほんとにお母さんを探してくれるの?」
「あぁ、約束するよ」
そう言い、女の子の手を引き辺りを探し歩く。
しかし、一向に見つからなかった。
「うーん、お母さん見つからないね」
「お買い物してくるからここで待っててって言われたの。でも全然戻ってこなかったから、探しに行ったら迷子になっちゃって」
そんなことを話ながら歩いていると、突然背後から殺気を感じた。
身を捩って反転し、殺気の正体と対峙すると、そこには般若の如き顔をした綾香が立っていた。
伊織の全身を冷や汗が伝う。
「よ、よう綾香。遅かったな…」
「遅かったな、じゃないでしょ?私あそこで待っててって言わなかったっけ?」
綾香の強烈な般若オーラと優しい口調のギャップが伊織の恐怖心を更に駆り立てる。
「それなのに、どこをほっつき歩いてたのかな?もしかして伊織って待ても出来ない犬以下なのかな?」
怖い、子供の頃に味わったお母さんの怒髪天なんて比較にならないほど…
「いや、そのだな。途中まで待ってはいたんだよ」
「へぇー、途中まで、なんだ」
プレッシャーが凄い勢いでのし掛かってくる。
「そ、そしたらさ、この子の泣き声が聞こえてさ」
「ん?この子?」
そこで漸く綾香も女の子の存在に気づいたようだ…ずっと隣にいたんだけど…
「それで迷子らしいから一緒にお母さんを探していた所存であります…」
「それなら一言位言っていきなさいよ。どれだけ心配したと思ってんの!……全く」
「はい、すみませんでした…」
漸く綾香の怒りも収まったようだ。




